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近所のスーパーの買い物袋を片手に、玄関のドアノブに手をかけて勢い良く開く。
「ただいま!」
そう元気良く挨拶しても、返答など何も返ってこない。やはり何事も無かったかのように、僕の声はテレビの音で溢れているリビングへと消えていく。
玄関から見える廊下の先に、今日もソファに座っている同居人…もとい飼っている猫の姿が見えた。やはりちらりと僕のほうを一瞥してから、すぐに視線をテレビ画面へと戻す。
何も言わずに靴を脱いで、玄関から上がりリビングへ移動する。買い物袋をテーブルの上に置いて、本日購入してきたものを取り出して並べた。冷蔵庫に入れなければいけないものと、そうでないものを仕分ける。
今日はクイズ番組を見ているらしい。司会のアナウンサーの間の取り方が上手く、ブラウン管の中に存在するスタジオに緊張が走る。そのぴりりとした雰囲気が、こちらにも少なからず伝わってきた。彼は相変わらずじっとテレビを見つめている。もう何年も一緒に暮らしているが、未だに彼の見るテレビ番組の趣向がよくわからない。毎日違う趣旨の番組を見ているから、その日の気分によって選んでいるのかもしれないな。
不意にちらりと視線を向けられた。尻尾がソファを叩いて、乾いた音が鳴る。
「なんですか?」
そう彼に問いかける僕は、まるで従順な召使のようだ。本来ならばどちらかと言うと逆であるはずの立場なのだが。
「…メシ」
一言呟いてから、また視線をテレビに戻す。画面の中では回答者が問題に正解したらしく、歓声が溢れていた。彼の尻尾がふよふよと空を泳ぐ。喜んでいるのかな。
テーブルの上に並べられた製品の中から、彼のために買ってきた刺身を手にとった。賞味期限を確認してから、パッケージを破く。ずっと前から使っている猫柄の皿に盛り付けて、自分用に買っておいた弁当を取り出した。
そして、二人分の夕食を持って彼の隣に座る。いつもはきちんとテーブルの上で食べているのだけど、今日は特別だ。
僕が隣に座った事で、ソファが大きく沈む。彼がテレビを見つめたまま嫌そうに眉を寄せた。
以前の僕ならば、この時点でああ嫌われてしまった、と落ち込んで彼から離れていっていただろう。でも、もう違う。
自分の弁当をソファの上において彼の刺身の皿を持つ。箸で一切れ取り上げて、彼の口元へと向けた。
「…なんだよ、何やってるんだよ」
うわあ、しかめっ面。すごい機嫌悪そう。しかし言葉とは裏腹に僕の差し出した刺身に、ぱくりと食いついた。うっとおしそうに僕を見ながら。
「美味しいですか?」
「店で買った物なんだから、美味いに決まっているだろう」
まぁそうなんですけど。素直に『美味しい』と言ってくれればいいのにと思う。
皿を手に持ったまま少し移動して、ぴったりと彼の身体に寄り添ってみた。そしたら僕が近づいた分だけ離れていき、追いかけようとしたら、さらに離れてソファの隅にまで移動してしまう。少し残念に思う。だけど、彼の髪の毛の隙間からほんのりと紅潮している頬が見えた。
……今はまだ、このままでいいか。













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