古泉がハルヒに笑いかけているのを見ると、苛々する。
朝比奈さんに優しくしている所も、長門に無視されている姿でさえ、見ていると苛立ってくる。
美形で頭も良い完璧野郎だから、気に入らないんだろうと思っていた。
だけど、それは間違っていたらしい。
ある日、古泉とボードゲームに勤んでいる時に、なんとなく気付いて自覚してしまった。
俺は、こいつが好きなんだと。
自覚してしまえば開き直るのは早い。だって好きなもんは好きなんだから、仕方ないだろ。同性だって壁はあるが、宇宙人や未来人や超能力者が普通に存在しているこの世界だ。同性愛なんて大した事ではない。
だから悩んでいたって先には進まない。行動あるのみ、だ。
という訳で今俺は古泉の後を尾行している。ストーカーとかじゃないからな。ただ住んでる場所や、私生活が気になるだけだ。
部活が終わって、古泉は電車に乗って真直ぐ家に帰るようだった。
帰りにコンビニに寄ったりしないのだろうか。一人暮らしらしいから、晩飯は自炊か?古泉はどんな料理作るんだろう。俺も料理の練習でもしてみようか。いつか古泉の家で作る機会が来るかもしれないし。
電車を降りて、改札を通り駅から出る。
住んでる場所をつき止めたら、それからどうしよう。取り敢えず朝にここの駅で待っていれば古泉が来る。そこで偶然を装って挨拶すれば、一緒に登校できる。
古泉と一緒に登校…か。朝の満員電車で身体が密着してしまったりするんだろうか。列車が揺れて、俺が転びそうになった所を古泉が肩を抱いて助けてくれて、「大丈夫ですか?」なんて事があったり。
ああ、胸がどきどきしてきた。
色々と妄想していたら、古泉が角を曲がる。見失う訳にはいかないので俺も走ってその後を追って角を曲がる。
「………あれ?」
古泉の姿が無い。
ここから一本道だから、見失う訳が…。まさか尾行がばれて走って逃げられた?
ひたひたと同級生の後を付ける俺を気持ち悪いと思ってしまったのだろうか。
この想いを自覚して、一日目で俺の恋は挫折してしまうのか。
…古泉に、嫌われてしまったんだろうか。
まだ古泉に尾行がばれたと決まった訳でも、嫌われてしまったという確信も無い。
だけど、もしかしたら…と考えただけで、目元に涙が溜まってきてしまう。
泣くな、泣くな俺。こんな道端ででかい図体した野郎が泣いてても気持ちが悪いだけだ。
尾行も失敗してしまったし、今日はあきらめて帰ろう。古泉に後をつけていた事がばれてしまっていた時の言い訳でも考えながら。
そう思って踵を返し、また駅の方へと戻ろうとした。
その時、足元にちらりと段ボールで出来た囲いが見える。こんな所にもホームレスの人が住んでるのか。寒空の下大変だな。
そう思ったら、その段ボールの住人がひょこっと頭を出した。そして俺と目が合う。
「………あっ」
「……………」
それはとても見知った顔だった。いや、見知ったどころではない。しっかりと俺の脳裏に焼き付いていて、常に俺を引きつけている…。
「…古泉、お前ここで何してんだ」
「あはっ」
笑って誤魔化そうとするな!
あんな段ボールハウスで話す訳にもいかないので、俺たちは近くの公園へ移動した。
「…で、どうしてお前は段ボールの中にいたんだ?」
「あはははは。……説明しないと駄目ですか?」
当然だ。
と、俺は毅然として答える。
もちろんそれは古泉が心配だから。…なのだが、その実ただ俺が古泉の事をもっと知りたいからだ。
「…そうですね。貴方には説明しても良いかもしれません」
そうして、古泉がぽつぽつと理由を語り始めた。
最初は、普通にマンションに住んでいた事。だけど、時が経つにつれて機関の経営が危ぶんできて、余計な予算は最低限削られる事になり、現在古泉は一か月の食費分の給与しか貰っていないらしい。その為以前のようにマンションを借りる事もできなくなり、今に至る。
「だからって野宿は無いだろう。森さんとか、お前のこの状況を知っているのか?」
「たぶん知らないと思います」
「だったら、言えば住む場所ぐらい手配を…」
言いかけた俺の口は、大きな手のひらに塞がれた。見ると、古泉がふるふると横に首を振っている。
「機関に所属する人間の中には、家庭がある者もいます。…僕の住家なんかにお金を使う余裕があるならば、そういう方達に回して欲しいんです」
「………古泉」
その思考は、立派な事だとは思うが、何かおかしいような。
それ以前に古泉の手が俺の口に…古泉の体温がっ………い、今はそれどころじゃないのだが。
「だから」
古泉がにっこりと笑って、手を離す。
「いいんです、僕は。このままで」
自虐的とも思える笑顔に、胸が熱くなる。
お前は、なんでいつもそう自分を犠牲にするんだ。まだ高校生なんだぞ。少しぐらい大人に甘えたって許される年齢だろう。
「古泉……」
「はい?」
俺の呼び掛けに、首を傾げながら応えてくれる。
「…俺の家に、来い」
「…え……そ、そのお誘いはとても有り難いのですが、あなたのご家族に迷惑をかける訳には」
「家族なら大丈夫だ。俺の部屋の押し入れの中にでも住めばいい」
「お…押し入れですか」
「それでも、こんな所よりはマシだろ!?」
感極まって、思わずぽろりと涙が流れる。
古泉がこんなに大変な生活をしているのに、黙って見ているだけなんて俺には出来ない。むしろ今までこの事に気付いてやれなかった自分自身が不甲斐なくてしょうがない。
「なにも泣く事は、」
「うるさいっ…お前が悪いんだ!」
みっともない程泣き出した俺を、古泉が諌める。
「そこまで僕のことを気に掛けてくれているとは、思いませんでした」
ぎゅっと俺の両肩を握る手に力を込めた。そして、真剣な顔をしながら、背中に手を回して俺を抱き締める。
突然包み込むように胸を押し付けられ、俺の心臓が異常な程激しく鼓動を刻みだす。そしてだんだんと頭に血が上ってきた。やばい。熱が出たかもしれない。
「あなたは、僕の最高の友人です」
最高の友人。
その言葉に喜んでいいのか、悲しむべきなのか全く分からない。
心臓がばくばくして息苦しい。頭部から間欠泉でも噴出してしまいそうだ。
同性相手にここまでなってしまうだなんて、俺、頭がおかしいのかもしれない。
黙ってされるがままになっていたら、古泉が腕を俺から離した。
だが熱の昇った頭はそう簡単には治らず、くらくらする。
「…すいません。では、ご好意に甘えて、暫くあなたのお家で御厄介になります」
ぺこりと頭を下げる古泉。こいつが、今日から俺の家に…。
思わずガッツポーズを決めたくなる衝動を押さえつつ、ふらつく頭を支えた。
「じゃあ、さっさと荷物をまとめろよ。案内してやる」
「はいっ」
元気の良い返事を返しながら、古泉が立ち上がって段ボールハウスへと戻っていく。
その背中を見送りながら、これからの生活を考える。
…これってある意味同棲、だよな。
風呂に入ろうとしたら、古泉が先に入っていて裸同士でランデブーなんてことも有り得る訳だ。低血圧な俺を、古泉が起こしてくれる訳だ。寝る前におやすみ、が言えたり、もしかしたら同じベッドで寝てしまったり、ある日古泉が突然俺を押し倒して「もう我慢できません」とか言いながら嫌がる俺を無理矢理とか有り得る訳だ。
「…あの、準備できたんですが」
「はっ!?」
我に返ってみれば、両手に荷物を抱えた古泉が不思議そうな顔で俺を見つめていた。
うあ、変な所を見られてしまった。ニヤニヤしてなかっただろうな、俺。
「どうしました?」
「い、いや!なんでもないっ。さっさと行くぞ!」
照れ隠しに大きめの声を出しながら、駅に向かって歩き出した。
古泉も俺の後をついて来る。
同級生を押し入れに住まわすだなんて、親には気付かれないようにしないとな。妹にもバレてはいけない。つまりこれは、俺と古泉だけの秘密だ。
二人だけの秘密……か。
思わずニヤけてしまいそうな頬に力を込める。いかんいかん、変な人になってしまう。
これからの生活が楽しみだな。
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