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俺は急いで一樹に駆け寄り、抱き上げた。
このままここに寝かせていたら、また車に引かれかねない。
ハンドルを切って歩道に乗り上げていた車は、人を引いてしまったとでも思ったのか、バックして道路に戻ると、そのまま対向車線に沿ってどこかへ走り去ってしまった。
しかし今はそんな車なんぞを気にしている場合ではない。
俺はまた一樹を抱きかかえたまま、走り出した。

数年前にも、似たようなことがあった気がする。
しかし、そのときと決定的に違うのは、俺が今抱えているのは見ず知らずの野良猫ではなく、大切な家族の一員だということだ。
こいつ、本当に何がしたいんだよ。勝手に勘違いして、勝手に出て行ったと思ったら、勝手に俺なんか庇って…これで本当にいなくなりでもしたら、絶対に許さないからな!

病院内に駆け込むと、受付の看護士の人が俺の様子を見て事態を把握したのか、すぐに対応してくれた。
一樹を抱えたまま診察室まで入り、促されるままに診察台に一樹を下ろした。先生が一樹に触れる。
一樹はぴくりとも動かない。でも、抱き上げた一樹の身体は暖かかった。傷も特に見られないし、大丈夫なはずだ。大丈夫に決まっている。
先生がペンライトを片手に、一樹の瞳を見た。…瞳孔を見ているのか?その動作に緊張が走る。
俺は自分では一樹の状態は一切診ていない。自分で生死の確認なんて、できなかった。
だって、もしも、……ていたら…なんて、想像すらしたく、ない。
だが、考えないようにしていた最悪の事態が脳裏を霞める。怖い。
そう自覚してしまったら、ぼろぼろと目から涙が溢れてきた。
嫌だ。こんな所で、こんな事で一樹を失うだなんて…嫌だ、嫌だ…!
流れる雫を拭うこともできずに、俺は両手を握り締めながら、一樹を見る。
先生が、ペンライトを消して胸ポケットにしまった。
ふう…と、ため息が聞こえる。
俺は、黙って次の言葉を待った。















一樹を抱えたまま、病院を出た。先生と看護士の人に頭を下げて、通路に下りる。
少し振り返って、この病院の診療時間が過ぎていたことに今気がついた。迷惑だっただろうな。
腕の中の一樹を見る。
診察結果は、気絶だそうだ。
その単語を聞いて、俺の涙は一気に止まった。
気絶?目を回してるだけって事か?
どうやら特に外傷も無く、一樹はいたって健康そのものだそうだ。
つまりまぁ、俺は診察時間をとっくに過ぎた後に、気絶しただけの猫を抱えて突然院内に飛び込んできた挙げ句、診察室でみっともないほどボロ泣きしてしまった訳だ。
なんてピエロだ。先生にはさぞかしみっともない姿を披露してしまった事だろう。
俺に抱かれたままの一樹を見る。こいつのせいでとんだ赤っ恥をかいたぜ。
…でも、無事で良かった。
安心した途端、また目元に涙が溜まってきた。いつからこんなに涙脆くなっちまったんだよ、俺は。

自宅に帰ると、心配していたらしく母親が玄関で俺を出迎えてくれた。
夜にいきなり飛び出した上泣き腫らした目で帰ってきたことを問い詰められて、何とか言い訳を考えるのが大変だった。
俺の必死の言い逃れが通じて、なんとか親から解放されてから、自室に戻る。
先に俺のベッドに寝かせていた一樹は既に目を覚ましていて、猫の姿のままぐったりと顔を伏せている。その姿はどことなく落ち込んでいるように見えた。 

「一樹」

名前を呼びながら、小さい頭を撫でてやる。

「少し話がしたいんだが、大きくなってもらってもいいか?」

一樹は頭を上げて俺を見ると、身軽な仕草でベッドから飛び降りた。
すとん、と着地すると同時に、またあの空気が抜けたような音が聞こえてきて、でかい方の一樹が姿を現す。

「あれ、お前…自由に変われるようになったのか?」
「…人間になる方なら、ですけどね」

一樹は元気の無い表情のまま、その場に正座をした。何でそこまで畏まってんだか。
俺は立ち上がって一樹の側に近寄る。

「…ごめんな」

そう言いながら、色素の薄い色をした頭を撫でた。驚いたように、一樹が顔を上げる。
その仕草が何となく可愛いらしく見えて、一樹の頭を引き寄せて抱き締めた。

「どんな姿になっても、一樹は一樹なのに…酷い事言って、悪かった」

ぎゅうっと少し腕に力を込めてから離してやる。一樹は何が起こったのか分からないのか、呆然とした顔をしている。

「なんだよ、俺がこんな事を言うのはそんなに驚くようなことか?」
「あっ……あ、い、いえ…」

気がついたように俺を見上げながら、顔を紅潮させる。
俺は後ろに下がり、そのまま倒れるようにベッドに腰掛けた。

「じゃあ仲直りの証って事で、今日は一緒に寝るぞ」
「…………ふぇ?」

一樹が間の抜けた声を上げる。

「ほら、こっちに来いよ」

ここに来い、という意味で、ぽんぽんと布団を叩いてやった。

「ぇ、えっ……で、でも」

一度追い出された事を気にしているのか、歯切れの悪い言葉を続ける。

「ふ、二人だと……狭いですし、僕は床でも」
「少しぐらいなら我慢してやる。俺がいいって言ってんだから、来い」

座り込んだままの一樹の手を引いて、ベッドへ引き寄せる。

「お前、でかいから隅に寄れ」
「………は、はい」

しぶしぶとベッドに上がり込んだ一樹は、俺の言いつけ通り、隅で身体を丸める。
そんな一樹に布団をかけてやり、俺もその隣りに潜り込んだ。
恐る恐る俺の身体に一樹の腕が回される。男同士でベッドの上で密着して就寝、だなんて冗談じゃないが、一樹とだったらそこまで不快感は感じない。
身体の大きさはかなり変わってしまっているが、接している場所から伝わってくる体温は、たしかに一樹のものだ。
猫だった時と何ら変わりなど無い。どんな姿をしていようとも、こいつは俺の猫なんだ。
心地よい温もりに、俺は一樹の胸に顔を埋めるようにすり寄る。

「……お前を抱いて寝るのも気持ちいいけど、こんな風に寄り添って寝るのも、落ち着くな…」

ぽつりとそう呟くと、俺の背に回された一樹の腕に、力が込められた気がした。









おわり







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