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夕方になっても、一樹の姿はどこにも見当たらなかった。
やはり外に出たんだろうか。
もしやと思って、外で干していた洗濯物を見てみたら、吊るしてあったはずの俺の服が一式無くなっていた。
俺が『出て行け』なんて言ったからか?だがそれは俺の部屋から、って意味で言ったのであって、別に家出をしろと言った訳じゃない。
勝手に勘違いした、あいつが悪い。俺は悪くない。
そのまま玄関から外に出て、家の前の道路を見回してみるが、人の影すら無い。どこに行ったんだ、あの馬鹿。
…って、なんで俺が勝手に出て行った奴を心配しなきゃならんのだ。
自室に戻って、勉強机に座る。他にすることも無いし、暇があるのなら少しでも試験に向けて勉強をしなければならない。
そうだ、俺にはやらなければならないことがある。あんな奴一人…いや一匹か?を気にしている時間なんて無い。
だけど、参考書を開いていても家の外が気になって、ちらちらと窓から下の道路を何度か確認してしまった。

そんな動作を何回か繰り返していたら、日がだんだんと沈み、夕方になる。
時計を眺めながら、そろそろ家族が帰ってくる時間か…なんて考えていたら、見計らったように玄関から妹の「たっだいまー!」と威勢の良い声が聞こえてきた。
がたがたと慌しい足音が聞こえてきて、俺の部屋の扉が乱暴に開かれる。

「キョンくんいっちゃんはー!?」

第一声が、それか。
妹は目をきらきらと輝かせて俺を見る。また人間に変化してることを期待しているのだろうか。

「…外に出てる」

これまでの経緯を説明するわけにもいかず、それだけ答えた。
俺は間違ったことは言っていない。
だが妹は眉を寄せて、訝しむように俺を見上げた。

「いっちゃんがこんな時間まで外で遊んでるの?おかしいねー」

たしかに一樹はあまり外出しない上に、少しでも日が落ちるとすぐに帰ってくる。
こんな時間まで家に帰ってこなかったことなど、過去に一度も無い。

「…おかしいもなにも、しょうがないだろ。そうなんだから」

じと目で俺を見る妹から視線を外してしまう。

「もしかして、キョンくん何かしたの?」

びくり、と身体が跳ねそうになった。
我が妹ながら、なんでそんなに勘が鋭いんだ。
別に俺が何かした訳じゃないが。

「酷い人だねー」
「な、なんで酷い人になるんだよ!悪いのは俺じゃないぞ!あいつが先に俺に酷い事をしたんだ!」

俺の必死の抗議なんざ聞き入れようともせず、妹は呆れたように俺を見上げてきた。

「何言ってるの、いっちゃんがキョンくんに酷い事なんてする訳無いじゃん。キョンくんの事、大好きなのに」

…なんだよ、それ。
そう言いかけて、喉元で止まる。
妹は俺が何も言い返してこないのを見ると、ため息をつきながら部屋を出て行ってしまった。
あいつは何があったか知らないからあんな事が言えるんだ。誰だって同じ事をされたら怒るだろう。

―キョンくんの事、大好きなのに。

妹の言葉が繰り返される。
知らない、あいつが俺の事をどう思っていようが、どうでもいい。
ふと、初めて一樹が家に来たときのことを思い出した。ずっと俺の膝の上に居座っていて、そのまま寝てしまって…足が痺れちまって大変だったな。
それからもずっと、いつも気がつくと俺の足元に、まるで寄り添うように座っていたな。
本当に変な猫だった。

…くそっ、なんで帰ってこないんだよあいつ!

壁にかかっていた上着を取って、羽織ながら外に飛び出す。
背後から母親がこんな時間にどこに行くのかと俺を呼び止めてきたが、無視をした。

夕日も落ちて、街頭の光と交差する車のヘッドライトしかない夜道を走る。
頬を掠める風が冷たい。

あの馬鹿猫、どこに行ったんだ。俺の許可も無く勝手に側から離れやがって。
あんまり外に出たことが無いから、迷子にでもなっているんじゃないか。また交通事故に巻き込まれたりしていないのか。
考えれば考えるほど、不安になってくる。
自宅での自分を思い出すと、その映像には常に一樹がいた。
もっと猫らしく自由気ままに振舞えばいいのに、俺を親だと思っているのか、恩返しでもしたかったのか…。
今日のあれだって、あいつなりに俺の役に立ちたかったんだろう。
そうだ、あいつはいつだって…。

ふと、視界の隅に見慣れた服装が映った。
一樹だ。
道路を挟んで向かいの歩道に俯きながらぼんやりと立っている。

「一樹!!」

大声で叫んでみると、我に返ったように頭を上げて、俺を見る。

「お前っ!何してたんだよ、こんな時間まで!さんざん心配かけやがって…!」

思わず走り出して、一樹に駆け寄ろうとした。
その時、驚いて俺を見ていた一樹の瞳がさらに大きく開かれる。

「危ない!!」

一樹の声と、耳障りなブレーキ音はほぼ同時だった気がする。ふと横を見ると、強烈なヘッドライトが俺を照らしていた。
しまった、と思ったときには既に遅い。
身体に衝撃が走って、地面に飛ばされ腰を打ちつける。
あ、俺、死んだ?
自分の不注意で交通事故だなんて、俺こそ馬鹿みたいだ。
…いや、まだ俺は死んではいないらしい。
腕が動くし、身体も…腰は痛いが。
目を開けて、コンクリートに横たわっていた身体を起こす。どうやら元いた歩道に飛ばされていたらしい。
何かおかしいな。横から跳ね飛ばされたはずなのに、こっちに戻されるだなんて。しかもそんなに身体に痛みが無い、し…。
ふと目の前の道路を見ると、ハンドルを切ったらしい車が、路線から外れて対向車線にまで乗り込んでしまっている。
そして、俺の立っていた場所には茶色い毛並みが横たわっていて…。
三年前の光景が、頭の中でフラッシュバックした。










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