[携帯モード] [URL送信]
 




「古泉、お前は可愛いな」

顔を合わせた途端そんなことを言われ、一瞬僕は自分の耳がおかしくなってしまったのかと思った。




「うん。可愛い可愛い。やっぱ可愛い」
「…」

いつもの部室の長机に向かい合わせに座り、彼は頬杖をつきながらじーっと僕の顔ばかりを眺め、そればかり繰り返す。
僕はといえば、慈しむような目線を向けてくる彼に耐え切れず、椅子に座りながらずっと自分の膝ばかり見ていた。
何なんですかこれ。本当に。嫌がらせにしても相当タチが悪いですよ。
いや、好きな人に『可愛い』と言われ、喜ぶべき状況なんだろうか。
ちらり、と視線を上げて、彼を見つめる。

僕と目が合って、彼がへらっと笑った。

無い、無い無いですよこれは。
ぞくっと背筋に悪寒が走り、僕はまた自分の膝に視線を落とした。
こ、怖い。いいえ、怖いを通り越して気持ちが悪い。
普段僕のことなんか便所虫でも見るような目つきで遠目に眺めてくる彼が、口を開けば気持ち悪いうざいきもい汚いしか言わない彼が。…特に昨日など、虫の居所が悪かったのか、罵詈雑言が酷かった…ああ、思い出しただけでも涙が。
いや昨日の出来事などどうでもいい。現状を考えろ。
彼が僕なんかに、まるでアイドルでも見るような思慕溢れる表情を向けてくるだなんて。
ありえない。
…うん。
自分でそう断言し、少し落ち込んでしまった。
しかし、先ほどの僕の考えのように、こんな状況あるはずがない。つまり、これはまた涼宮さんが彼に何か変化があるように望んだんじゃないだろうか。
だけど彼女が他の誰かを作り変えるならともかく、彼の内情を変化させるようなことを望むだろうか。

「…うわっ!?」

一人思考を巡らせていたら、突然がしっと背後から両肩を掴まれた。
だ、誰が…!?と上を見上げて後ろに立つ人物を確認してみたら、僕の目の前に座っていたはずの彼が、何故か背後に回りこんでいる。

「え?ええ…?」

何をするのか、と警戒していたら、がしっと頭を捕まれ、そのままがしがしがしと髪の毛をこねくり回される…いや、撫でているんだろうか、これは。

「可愛い、可愛いよお前。よしよし」

ぎゅうっと後頭部から頭を抱えこまれ、両手でわしゃわしゃと頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜてくる。
うん、これはテレビで見たことありますよ。どこかの動物王国の主がよく猛獣なんかにこんなことをしていたな。
親ばかな飼い主に必要以上に可愛がられる動物の気持ちって、こんな感じなんでしょうね。

彼のよしよしよし攻撃は涼宮さんが元気よく部室の扉を開くまで続けられた。
さすがに彼女の前だと我慢してくれるらしい。
だが。
散々彼に遊ばれてしまった僕の頭は、すっかり無重力ヘアーになってしまっている。指で梳かしてみるが、直る様子は無い。
彼に弄ってもらった事を喜ぶべきか、それともこの状況不明の事態にもっと警戒するべきか。
判断に悩む。



帰り道、いつものように五人で坂を下りていたら、長門さんが僕の隣にやってきた。
普段通りならば涼宮さんに合わせて歩いているのに、珍しいこともあるものだ。

「今日の彼は、動静に変化が見られる」
「…そうですね。あなたからそんな話題を振ってくるということは、やはり涼宮さん絡みなのですか?」

僕の質問に、長門有希は小さな頭をこくんと縦に振った。

「昨日の彼のあなたに対する態度を見て、彼女はもう少し二人が仲良くすればいいのに、と願った。その内容は、涼宮ハルヒが昨夜見たテレビから反映されている」

某動物王国の再放送でも見たんですかね。彼のよしよし攻撃を思い出す。
しかし、やはり涼宮さんの仕業か。彼が僕に対してこんなに好意的に振舞うなどと、現実にありえるはずが無い。
こうなっては、すぐにでも対策を練って彼を元に…ん?
ふと前を見ると、彼と目が合った。
へら、っと笑いかけられる。
僕も笑い返してみた。

「…このままでも、いいかもしれ」
「心配しなくても今日中には戻る。もう彼女はあなた達二人の仲の心配などしていない」

僕の言葉を遮ってそれだけ伝えると、長門さんは早足に先を歩いて行ってしまった。

今日中には戻ってしまうのか。少し、もったいないような気も…。
彼が気持ち悪いままなのは嫌だ。だけど、こんなに僕に好意的に接してくる機会などもう無いかもしれない。もう少しくらいこの事態を楽しんだっていいんじゃないだろうか。
なんて妄想に思考を傾けていたら、別れ道に到着してしまった。
しまった、夢ばかり見続けて実際にどうやって行動に移すか、考えていなかった…。
ばいばい古泉くん!と手を振ってくれる涼宮さんに笑顔で手を振り替えして、僕は踵を変える。
はぁ、もうちょっとよい思いをしておくんだった…。
少し頭を垂らして歩いていたら、ばしん!と背中を強く叩かれた。

「いっ…!」
「よっ」

僕の隣から、先ほど別れたばかりの彼が顔を出してきた。

「あ、あれ、涼宮さん達と帰ったんじゃ」
「んー…今日は、お前ん家に寄ろうかと思って」


今日は お前ん家に 寄ろうかと 思って 

彼の台詞が脳内でリフレインした。
なんですかこの展開。なんという送り狼フラグ…いえこの場合送る方が受身な訳だから、送り猫か?いやいや俗に言う「お持ち帰り」というものなんじゃないだろうか。
先ほど儚く消えそうだった夢が、現実に。
はぁ。動悸が激しくなってきた。ドキドキする。手のひらには汗が。
突然息遣いの荒くなった僕を心配してか、彼が顔を覗き込んできた。

「どうした?熱でもあるのか?」
「い、いえ…はぁはぁ、な、ないです、よ…」
「そうか。熱っぽいお前も可愛いなぁ」

そっと彼の手が、また僕の頭に触れる。
今度は乱暴に混ぜられることはなく、ゆっくりと撫でられた。
恥ずかしいのや嬉しいのやなんやらかんやらで、色んな場所から色んな物が噴出してしまいそうです。






部屋に入ると、彼は真っ先に僕のベッドに腰掛けた。
そして上目遣いに僕に笑いかけながら、

「部屋も可愛いんだな」

まぁ可愛いは余計ですけど、それはわざとやってるんですか?そうですよね。それ以外考えられない。僕は誘われている。
そう確信して、ベッドの隅に座った状態の彼に突進するように押し倒した。

「うわっ」

僕に圧し掛かられるままに柔らかい布団の上に横たわる。
ああ、脳内でしか見られなかった光景。
幸せを噛み締めながら、彼にキスでもしようと顔を近づけたのだが、その前に両手で頭をがしっと掴まれてしまった。
な、殴られる?
そう思って警戒したのだが、そんな様子は無い。むしろ、ぎゅっと胸へ抱きとめられた。

「びっくりしたじゃないか。このやろう」

僕の頭を抱きしめながら、またしても優しく頭部を撫でる。
本当に僕の頭を撫でるのが楽しいんですね。でも、これ以上撫でられてしまったら、はげが出来てしまいそうで怖いんですけど。
だけど、これはこれで幸せ、だ。
しばらくそのぬくもりを堪能しようかと思ったのだけど、いつまでもこうしている訳にもいかない。
彼の腕の中から抜け出して、布団に身を沈める彼を見下ろした。
彼は、まっすぐな視線で僕のことを見返してきてくれる。
今なら、聞けるかもしれない。

「あ、あなたは僕のことを、どう思っていますか?」
「好きだぞ?可愛いし」

好きだぞ。
またしても彼の言葉が脳内で再生された。
僕、こんなに幸せでもいいんでしょうか。

「じゃ、じゃあ、僕になら何をされても…い、いいですよね?」
「そうだな。死んだりするのは勘弁だけど、それ以外ならいいかもな」

そ、それ以外なら、ということは他なら何でもOKなんですね!?
随分と自分に都合のよい解釈だが、いままで幻でしかなかった彼の姿が現実となって現れているのだ。
冷静に考えろという方がおかしい。
僕は遠慮なく、彼の制服のボタンを外し始めた。
彼は僕の行動をじっと見ながらも、抵抗する気配なんて無い。
ありがとう神様。僕にこんな幸運を与えてくれて。
…ん?幸運?
自分で出した単語に、なにか引っかかるものを感じた。

いいのだろうか、これで。
ここで致してしまったら、彼が正常に戻った時、僕らの関係はどうなってしまうんだろう。彼が戻る前にすべてを終わらせ、後があまり残らないように行為を進めれば、いままで通りの関係でいられるだろう。
しかし、好きな相手とは言え、真っ当な判断のできていない状態を襲って、僕だけその記憶を有するなんて。
たしかにその場限りの欲望は満たされるだろう。
だけど、これじゃ虚しすぎる。
一方的に与えられたチャンスを僕だけ掴んでも、仕方がない。

僕は彼の制服から手を離した。

「…どうした、やらないか?」
「はい。今のあなたに手を出しても、無意味ですから」

不思議そうに僕を見上げる視線を無視して、外したボタンを逆につけてやる。

「今の俺には…って、どういう意味だ?」
「涼宮さんの手を借りて、あなたと結ばれてもそれは僕の望みとは違う、って事ですよ。今のあなたは僕の好きな彼じゃない」

制服を元通りにしてやると、はぁ、と大きなため息が聞こえてきた。

「お前、本当に俺のことが好きなのか?」
「と、当然ですよ!だから今…!」

ぐい、とネクタイを引かれ、身体が彼に向かって倒れこむ。
あ、と思った時には、既に僕の唇が彼のそれに重なっていた。

「じゃあ、気づけよ。馬鹿」
「は…?」

顔を赤くして至近距離で僕を見つめる彼を見ながら、今の発言について考える。
気づけ、って、つまり…?

「あ、なた…いつから元に戻っていたんですか?」
「…お前と別れた辺りからかな。長門から俺がどんな様子だったか聞いて、からかってやろうと思って追いかけてきた」

背中を叩かれたときは、既に彼は正常に戻っていたのか。全く気づかなかった。

「で、でも酷いですよ、だますだなんて…!」
「気づかないお前も悪い。…で」

ネクタイを引かれたまま、耳元で囁くように続きを口にする。

「つ、続き…やんないのかよ?」

ぼひゅ、っと頭から何かが蒸発していった。気がする。
やります、やりますなどと騒ぎながら、僕はゆでだこのように顔中真っ赤にした彼を抱きしめた。












あきゅろす。
無料HPエムペ!