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威勢の良い返事を返した割には、一樹の料理の腕前は酷いものだった。
料理の経験が無いのだから仕方が無いか。
結局、俺が自分の飯と一樹のものも作ってやった。さすがに人型の相手に猫の餌をやるわけにもいくまい。
適当に作った何種類かの料理を机の上に並べてやると、一樹は目を輝かせた。

「わぁー…」
「なんだよ。料理に対する苦情は聞かないぞ。俺は専業主婦じゃないんだからな」

別段特別なものを用意した訳じゃない。
味噌汁に目玉焼きに…一般的な朝食一式だ。
一樹が来客用の器を手にとって、興味深そうに中身を覗き込む。
やはりいつもの餌を与えていた方がよかったのだろうか。

「あなたが開けてくださる缶詰も良いのですが、やはり手作りの方が嬉しいですね」

本当に嬉しそうな顔をして俺を見る。
…なんだか、むず痒いな。

一樹は箸が上手く使えないようだったので、フォークを用意してやった。
それでも食べ方が拙くて、皿から溢すわ口から垂らすわで、食ってる途中に何度か口元を拭ってやる。そういえば昔はよく妹にも同じことをしてやったな。懐かしい。

昼からは大学へ向かった。
一樹も付いてくるだの何だの言っていたが、留守番させておいた。さすがにあんなのを連れ回しはできない。一応チャイムが鳴っても親が帰ってきても、絶対に俺の部屋から出るなよ、と伝えておいたのだが、大丈夫だろうか。

今日の講義が終わると、少し就職指導室に寄ってから大学を出た。
帰り道に、歩きながら就職指導の講師から貰った資料に目を通す。
そこには来年の新卒者の募集事項が載っているのだ、が…難しいな。
動物病院に就職するか、企業で研究員になるか…やはり小動物診療へ進みたい気持ちではあるが、倍率高そうだしな…。細かく項目を見てみると、何故か一般企業の営業の募集までウチに来ている。まぁ、これは論外だな。
やはり学んだことが生かされる職場で働きたい。だが、それは同じ学科に通うだいたいの学生が望んでいる事だろう。
やっぱり、小動物診療は厳しそうだな。俺はあまり成績の良い方でも無いし。
用紙を眺めたまま溜息をつく。
これからますます忙しくなりそうだ。

自宅に到着し鍵を開けようとしたら、鍵穴を差し込む前にドアノブが開いてしまった。
妹はまだ学校だろうし、一体誰が……まさか。
急いでリビングを覗いてみると、母親が大きな荷物を開いてる所だった。
あらもう学校終わったの?なんて上機嫌で俺に話かけてくる。

「あ…へ、変な奴が、家にいなかったか…?」
「誰も見て無いわよ?何を言ってるの」

どうやら一樹は見つかってはいない、らしい。
そうだよな、鍵のかかった自宅に見知らぬ男がいました、なんて事態になっていたら、今頃大騒ぎになっているだろう。
少しばかり安堵しつつ、階段を上って自室へと帰ろうとする。

「あっ、ちょっと待って!」
「な、なな…なんだよ?」

呼び止められてびくびくしながら母親の前まで行ってみたら、包装紙に包まれた四角い箱を渡された。

「お土産よ」
「…ありがとう」

こんなことで大声出して呼び止めないでくれ。
心臓が止まるかと思った。



部屋に戻ってみると、一樹の姿は無かった。
もしかして、外出したのか?と思ったのだが、あいつに貸していた俺の服一式が床に放置されている。
まさか全裸で外に、なんて……ないよな。
街中を生まれたままの姿で歩く一樹を想像しながら、頭を抱える。

「にゃー」

足元で猫の鳴き声がした。視線をそちらへ向けてみると、足元には猫の一樹がいた。にーにー鳴きながら俺の脛にすり寄っている。

「…お前、猫に戻ったのか?」

抱き上げて問いかけてみても、返事なんて返ってこない。
あれは夢だったのか?それにしては、妙に鮮明に覚えている。なにより床に転がった衣服が、あれが現実だったと物語っていた。
もしくは本物の変質者だった、とか。だが一樹のふりして朝飯だけ食って、あとは全裸で逃亡?なんだそりゃ。

「不思議なこともあるもんだなぁ」

呟きながら、椅子に座る。
夕食の時間までまだかなり余裕があるから、今日の講義をまとめておかねば。

その後学校から帰宅した妹が、騒ぎながら俺の部屋に特攻してきたのだが、一樹の姿を確認すると何故かがっくりと肩を落として自室へ帰っていった。
夕飯を済ませてから風呂に入って、自分の部屋に戻る。今日はもうなんだか疲れてしまったので、すぐにベッドに入ってしまおう。
ごろりと布団の上に横になると、いつものように一樹が隣へ滑り込んできた。
なんとなく、その柔らかい肢体を抱き上げてみる。いつもと変わらぬ一樹のままだ。
ごろりと寝返りをうちながら、ぎゅっと抱きしめてやる。ここまでべったりとくっつかれては、普通の猫なら嫌がりそうなのだが、一樹は大人しく俺にされるがままだ。
だけど、俺の髪の毛がくすぐったいのか、少し首を横に振って嫌々している。

「っくち!」

耳元で一樹がくしゃみをした。猫でもするもんなんだなぁ、なんて思っていたら。
ぼんっ、と音がした。…ような気がした。
そのよくわからない効果音と共に、ずっしりと全身に重みが。
見上げてみると、すぐそばに一樹(大)の顔―…。

「っ…〜っ!!?」

驚いた。心臓が口から飛び出すかと思った。
だがしかし、昨夜と違って叫び声は我慢したぞ。よくやった俺。

「いつまで乗っかってんだ!どけっ!!」

俺にのしかかったまま、驚いた表情の一樹を蹴ってベッドの下に落としてやる。
ふぎゃ、なんて可愛くもないうめき声が聞こえてきた。
ああ、やっぱり猫のままがいい…。って、いやそれどころじゃない。
何で猫が人間に変身するんだ。くしゃみか?くしゃみが原因なのか?漫画じゃあるまいし、そんな理屈が通るか!

「…いえ、原因はくしゃみだけではないみたいなんです」

床に顔を打ち付けたらしい。
一樹が鼻頭を押さえながら起き上がった。

「昼間なんて、転んだだけで元に戻っちゃいましたから」

転んだら戻るのか?じゃあいますぐ転べ。ほら!
座ったままの一樹の背中を軽く突き飛ばしてやる。俺の望みどおり一樹はごろりと床に転がった。
しかし、変化する気配は無い。

「戻らないじゃないか」
「な、なんででしょうね…」

困ったように笑いながら起き上がる。
何か他に条件でも必要なのか?転ぶ条件…直前に食ったものとか、した行動が引き金になっているんだろうか。たとえば朝はこいつ卵と味噌汁をくったよな、あの食材の中になにか特別なものが入っていて、物質交代する際に細胞が何か…いや、だいたい猫と人なんて染色体自体違うっつうのに、どうやって…うーん…。
顎に手をあてて考えてみるが、考えがまとまらない。今まで学校で学んできたことの大半が覆された気分だ。

「はぁ…」

本日二回目のため息をつくと、一樹が不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
もうこれ以上考えても仕方が無い。思いつかんもんは思いつかんのだ。明日また調べるとしよう。
あっさりとあきらめて、俺はまた布団の中へもぐりこんだ。
無駄に頭を使っちまった分、余計に眠気が襲ってきた。もう寝てしまおう。
しかし。

「…なにやってんだ、お前」

一樹が俺の布団をめくって、何故か自分も入ろうとしていやがった。

「何って、いつも一緒に寝ているじゃないですか」

たしかにそうだな。いつもなら、な。
だが今日は別だ。シングルサイズのベッドに男二人並んでおやすみなさい、だなんて想像しただけでも鳥肌モノだ。死んでも嫌だね。

「お前はそこで寝ろよ」

ばさりと俺のベッドの布団を一枚分けてやる。
もう暖かい時期にもなってきた事だし、一枚掛け布団が減ったぐらいでは大した違いは無い。
だが、俺が恵んでやった布団を握ったまま、一樹はきょろきょろと視線を泳がせた。

「え、えっ?」
「うるせえな、さっさと寝ろ」

座ったまま動こうとしない一樹に背を向けて、俺は目を閉じた。
でかい図体して甘えらてんじゃない。放っておけば勝手に寝るだろう。










あきゅろす。
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