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とりあえず俺は自分の携帯を手に取った。
何故かって?平和な日常を取り戻すためさ。

「…あの」

さぁプッシュボタンを押して正義の味方を呼ぼうって所で、男が恐る恐る俺に話しかけてきた。
なんだ。悪いがお前と会話なんてしている暇は無い。

「そんな事言わずに、聞いてくださいよ」
「何をだよ?お前が元々猫だったとかいう世迷い言は聞かないぞ」
「はぁ…」

大きな溜息をつきながら、がっくりとそいつは頭を垂れた。
そしてちょっと顔を上げて、上目遣いに俺を見る。

「じゃあ、僕とあなたしか知らない事を言ったら、信じてくれますか?」
「俺とお前しか知らない事?」

初対面のくせに、馬鹿じゃないのか。
だがこいつが何を言ってくるかは興味がある。

「例えば、高校の時に使っていた体操着、洗わずにまだベッドの下に放置してますよね?」
「ここに侵入した時にベッドの下を覗いたのか。嫌らしい奴だな」

確かにベッドの下には高校時代に使っていた体操着一式が埃だらけになったまま転がっている。
卒業して持って帰ってきた時に、洗って寝間着代わりにするか捨ててしまうか悩んでいたら、いつの間にかそんな所に入り込んでそのままなんだ。
親にバレたら洗濯するか捨てるかどっちかにしなさいと怒鳴られてしまうだろう。

「ええっと…あなたは勉強する時に30分に一度は欠伸をしています!」
「そんなの意識したこと無いから、わからん」

言われてみれば、そんな気もする。が、それが真実かどうかは分らない。
そんなものが証拠になるか?
これでネタが切れたのか、あーあーうあーなんて唸りながら頭をかいている。
もうこれ以上こいつと話しているつもりは無い。
さてそろそろ心強い市民の味方様でも呼ぼうか。
携帯に三桁の数字を入力して、通話ボタンを押す。

「あっ」

耳に携帯を当ててコール音を聞いていたら、隣の男が何やら思いついたのか、声をあげる。
だがもう遅い。俺の耳元では、電話対応のお姉さんが、鈴を鳴らしたような可憐な声で俺にどうしましたか?なんて話しかけてきた。

「週に三回ぐらい、夜遅くなるといきなりそわそわし出しますよね!」

家に、変な男が居座っているんです。なんて言おうとした所で、思わず言葉を呑んでしまう。
な、な、何の話をしようとしてるんだこいつは。すごく嫌な予感がする。

「それで枕元のティッシュの箱を手にとって、ベッドサイドに移動したかと思うとズボンを下ろ」
「うわあああああああーっ!!」

思わず携帯を放り投げてそいつに飛び掛って口を塞ぐ。
なんでそんなこと知っているんだ!!

「お前まさか俺のストーカーか!?」
「ぷはっ、す、すとーか…?」

そいつは俺の言った単語が分らないのか、首を傾げた。
くそ、一体どこからこいつは覗いていたんだ!?いつも扉にはちゃんと鍵かけてたし、カーテンもしっかりと閉めてからしていたってのに…!!ああああもおしばらくやんねえ!!

「僕はずっと同じ部屋で、あなたのしていることを見ていたんですよ」

ずっと、同じ部屋で、おれのしていたことを見ていた…。
ぐるぐると言葉が頭上を回る。

「あっ、あとあなたがアレをするときによく見ていた映像に出てくる女の人のタイプも知ってますよ!僕がお家に上がらせてもらった時は幼い顔の女性が好みだったようですが、最近はもっと大人びた方の方が良いみたいですね。前はどちらかと言うと…」

目の前の男の声がどこか遠くに聞こえる。
もう、いい。お前が一樹でいいから、頼むからこれ以上人の聖域に踏み込まないでくれ…!








「ご理解いただけたようで、嬉しいです」

ちょこんと正座をした自称一樹が満面の笑顔を浮かべる。
ちなみに、いつまでも裸でいてもらう訳にもいかないので俺の服を貸してやっている。
同じぐらいの体格だから問題は無いかと思ったのだが、服を着た後の一言目が「足の長さ少し足りないようです」だった。
そのときは本気で殴りたくなったな。

「せっかく人間になれたというのに、あなたに認めて貰えなければ意味がありませんから」
「そうか」

部屋の壁にかかった時計を見上げる。家を出ないといけない時間までまだ余裕があるな。朝飯どうしようか…。
と、軽く流してしまおうとしたのだが、そいつは俺に構わず言葉を続ける。

「僕、あなたと対等になりたかったんです」
「…対等?」

聞き捨てなら無い単語に思わず反応してしまった。
俺と同じ立場に立ちたかったとでもいうのか、こいつは。猫のままでは不満だったと?

「あの日、あなたに助けていただいて、ずっと恩返しがしたいと思っていました。ですが、猫の身ではあなたの傍にいることしか出来なくて、辛かったんです」

…個人的には、猫のままのほうが嬉しかったんだが。
口には出さずに、そう考える。

「ですが、今こうして願いが叶い人の身体を手に入れることができました。あなたのために何かしたいんです、なんなりとお申し付けください!」

と、言われても。
きらきらとした輝かんばかりの瞳で見つめられ、思わず視線を逸らしてしまう。
なんなりと言われてもな、元猫に何ができるって言うんだ。
俺のために何かがしたかったのなら、人間になりたいって願いを叶える前に、俺の進路先の安泰でも願ってくれていればよかったのに。そっちの方が断然有難いんだが。

「じゃあ、…とりあえず、朝飯食いたい、かな…」
「はいっ」

なんとか搾り出した『命令』に、でっかくなってしまった一樹は元気良く返事を返した。











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