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俺がベッドから抜け出すとその衝撃で目が覚めたのか、ゆっくりとした動きでそいつは眠たそうに目を開いた。
年の感じは俺とあんまり変わらない…いや、少し下ぐらいか?見た所20歳前後ぐらいの男性だ。

「いま何かいったー?」

ぱたぱたと廊下から妹の足音が聞こえてくる。俺の情けない悲鳴でも聞き付けたのか、こちらへ向かっているようだ。
ここで、ベッドに横たわっていた男がむくりと起き上がる。
その拍子に掛かっていた布団がずり落ちて…うぐ、その下はやはり全裸だった。

「あけるよ?」

がちゃりとドアノブを回す音が聞こえた。
まだうら若き乙女である妹に男の裸なんて汚いもんを見せるわけにはいかねえ。
俺は床に落ちた布団を持って、そいつに圧し掛かった。目覚めたばかりで状況の判断もろくにできていないらしいその男は、ふぎゃっと情けない声を出すと、布団を挟んで俺の下で暴れる。くそ、大人しくしやがれ!
そいつとベッドの上で地味にもみ合っていたら、いつのまにか開かれた扉の向こうで妹が呆然と俺達を見ているのが視界に入った。

「…キョンくん、朝から何やってるの?」
「昨日の変質者がいたんだよっ!俺が抑えてるから、早く警察に電話を…!」
「っ、ち、違います!」

こいつ、喋りやがった。
なんとか俺と布団の間から顔を出して、息も絶え絶えにセリフを続ける。

「僕は変質者なんかじゃありません!あなたの猫ですよっ!」
「アホか!うちで飼ってる猫はシャミと一樹の二匹しかいねえよ!だいたいお前猫じゃないだろうが!」
「だ、だから僕がぁっ…!」

もみ合っているうちに気がついた。そういえば、一樹の姿が見えない。
いつもなら俺が起きる頃には一樹も目覚めて、おはようの挨拶代わりに頬に擦り寄ってきてくれるのに。
…まさか、こいつが。

「お前、うちの一樹に何かしたのか!?」
「僕が一樹です!!」

何を言っているんだこの変質者は。
頭がおかしいんじゃないか。いや、全裸で人の家に忍び込む人間にまともな奴がいるわけがない。

「いい加減なことを言うな!おい、見てないでさっさと警察を呼べ!」

ベッドの脇にしゃがみこんで、俺達の取っ組み合いを見物している妹に向かって叫ぶ。
しかし妹は、じーっと俺の下にいる男の顔を眺めたまま動こうとしない。

「何やってんだよ!」
「この子、いっちゃんじゃない?」

はぁ?こいつまでおかしくなってしまったのか?
妹のすっ頓狂な発言に一瞬力が緩んでしまったらしく、その隙をつかれ男が布団から完全に顔を出す。

「ほら、よく見たら雰囲気とか、いっちゃんにそっくりだよ」
「雰囲気が似てるってだけで、こいつの言うことを信じるのかよ」

妹がにこにこ笑いながら、男の頭に手を乗せて、撫でる。
すると気持ち良さそうに目を細めて、妹に擦り寄ろうとした…所を、首を掴んで阻止する。そんな格好で人の妹に近寄んじゃねえ。
だけど助けてやったはずの妹に、ぱしんと手を叩かれてしまった。

「キョンくん、いっちゃんに乱暴なことしちゃだめだよ」
「…だから、何でお前はこいつを一樹だと言うんだ。ありえんだろう」

きっぱりと否定してやると、男が振り返って俺を見た。
色素の薄い茶色い髪は、たしかに一樹の毛並みを思い出す。だがしかし、猫が人間になっただの、そんな非科学的なことを信じてたまるか。

「じゃあ、これで分かってもらえますか」
「…んあ?」

真面目な顔で見つめられたかと思うと、男が俺に顔を近づけてきた。
は、え、な、何だ!?
軽く頭が混乱して、すぐに対応できなかった。固まっている俺に、そいつはべったりと身体をくっつけると、すりすりと頬擦りしてきた。ぞわぞわぞわー…っと背筋に鳥肌がたつ。

「ぎゃあああー!!」
「もぶっ!」

思わず手元にあった枕で、そいつの頭をぶん殴る。
ちっ、もっと固いものを掴めばよかった。

「な、なんだよ今の!?」

ごしごしごしごし、必死にシーツで触れられた頬を拭う。擦りすぎてちょっと痛い。
俺に殴られた男は、布団に絡まりながらも体制を整えて、そこに座りなおした。

「…いつもなら、嬉しそうに受け入れてくれるじゃないですか」

少し下向きな視線で、拗ねたように呟く。
たしかに今のは、一樹が毎朝してくれる動作に似ている。だからって、猫である一樹にされるのと自分と同じぐらいの体格の野郎にされるのじゃあ訳が違う。

「まぁまぁキョンくん、もう少し落ち着きなよ」
「これが落ち着いていられるか!?朝目が覚めたら変な男が自分のベッドで寝ていてそれがうちの猫だった、なんて冗談じゃねえよ!あの可愛い一樹が変態して変態になる訳ないだろうが猫は無変態の部類に入るから過変態しましただなんていやそもそも哺乳類は変態なんてしないしそんな大変なことが起こっ」
「ヘンタイヘンタイうるさい」

冷たい視線と共にすぱっと切り捨てられて、思わず黙り込んだ。
いつからそんなに冷たい目ができる娘になってしまったんだ。お兄ちゃんは悲しい。
そんな俺を無視して、妹が男に話しかける。

「いっちゃん、何でいきなり人間になっちゃったの?もしかして魔法使いとか?」

ありえん、ありえん…なんでこいつが一樹だと前提して話を進めるんだ。信じられん。もうどこから突っ込めばいいのか分からない。
とりあえず、昨夜持ち出してベッドの下に置いていたフライパンを取り出しておく。この男が暴れだした時のために。

「ずっと、お願いしていたんですよ」
「お願い?誰に?」

男が、視線を妹からカーテンのかかった窓に映す。いつも満月の夜に一樹が座っている、あそこだ。

「お月様に、ですよ」

どこか遠い目線で窓を見つめるその男に、昨夜窓の外を一生懸命見つめていた一樹の面影を見る。
…まさか、な。
男のメルヘン染みた返答を聞いて、妹が笑顔で俺に振り返ってきた。

「ほら、いっちゃんじゃん!」
「…どこがだよ」

納得はしていないが、たしかに妹の言うとおり、なんとなくだが一樹に似ている。
だからって猫が人間になるだなんて…認めたくない。

「キョンくんは本当に頭が固いねー」
「…」

妹に憐れなものを見るような視線を向けられる。
これは俺が悪いのだろうか。いや、そんなはずは無い。そんなはずは…。
ぶつぶつとそんな事を呟いていたら、突然妹が俺の手からフライパンを奪った。

「あっ」
「そろそろ学校行かないと遅刻しちゃうから、わたし行くね!これは台所戻しておいてあげる!」

軽い足取りで俺の目の前を通り過ぎて、部屋から出て行く途中で振り返り俺を見た。

「いっちゃん苛めちゃだめだからね!」

…俺がいじめっ子なのかよ。
じゃあねいっちゃん!なんて元気良く手を振りながら、妹は去っていった。
やけに静かになった部屋の中で、残された俺と自称猫男が互いに視線を交わす。
目を細めて睨んでやったら、ぎこちなく笑いかけてきた。
そろそろ通報しても良いだろうか。








―――――

年齢なんですけど、キョンが大学五年で23歳。
妹が5歳差で18歳…になるんだっけ?




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