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それは、重たい荷物を担ぎながら、大学から帰路についてる途中だった。
俺は大学の獣医学科に通う二年生だ。
去年までならまだ普通の鞄一つで十分だったんだが、それが二年に進学した途端これだ。
片手に抱えたでかい鞄の中には、白衣やら長靴やら、実習に使用した衣服や器具が入っている。重い。邪魔だ。これが自分の選んだ道なのだから、この程度の苦労は仕方がないと思う。がしかし、やるせない気持ちには変わりは無い。

「くそっ」

誰もいない路地で悪態をつきながら、歩を進めた。あの角を曲がれば自宅が見えてくる。もう少しの辛抱だ。
この重労働はほぼ毎日のことなのだが、こういった面倒事とやらは中々慣れないもんなんだな。

「…ん?」

その時、目の前の道路で何やら横たわる物体が視界に入る。
最初は毛皮か何かが捨てられているのかと思った。
だけど、近づくにつれて毛並みや大きさ、形などが鮮明に確認できるようになり、毛皮なんかじゃない事に気がつく。

猫、か?どうしてあんな所で寝ているんだ?
まさか、車に…!?

そう考えたら、咄嗟に持っていた荷物をその場に放り出し、ぴくりとも動かない毛皮…じゃなくて猫に駆け寄っていた。
まだ子供なのか、その体は片手で持ち上げられそうなぐらい小さい。ぐったりとアスファルトの上に体を横たえ、腹部のみを微かに上下させている。
そっと小さな体に触れてみると、大き目の瞳が開かれて、ちらりと俺を見た。

「大丈夫か?いま、助けてやるからな」

声をかけながら、俺はその子猫をできるだけ優しく抱え上げた。
ぱっと見たところ、特に出血もしていないので、大事では無い…とは思う。だけど、抱いたとき、微かに痛がる素振りを見せた。どこか怪我をしているんだろう。

そのまま俺は猫を抱えて近所の動物病院に駆け込んだ。
俺自身も一応は獣医の卵なのだが、中途半端なままの知識で診察して、この子猫に余計な後遺症など残してしまったら、一生後悔することになってしまうだろう。
病院に入って子猫を預けると、処置が必要だと言われ、俺は診察室から追い出されてしまった。
待合室の椅子に前かがみになりながら、治療が終わるのをじっと待つ。
処置が必要って事は、やはりどこか怪我をしていたんだろう。俺が抱いたのが原因で傷が深まっていなければいいが。
なんて一人うだうだと悩んでいたら、奥の通路から看護師のお姉さんが子猫を抱えて戻ってきた。
にこにこと人好きのする笑顔を浮かべたその姿に、少し安心をする。

「もう大丈夫ですよ」

笑顔のお姉さんは、そう言いながら子猫を俺に返してくれた。
猫の左前足には白い包帯がぐるぐるに巻かれていて、しっかりと固定されている。
その後にまた診療室に呼ばれ、医師と向き合いながら延々と今後の療養についてやら、自宅ではどうすればいいかを聞かされた。
診断結果はただの骨折だった。しかも折れ口が綺麗に折れていたため、しばらく安静にしていれば元通りになるらしい。
あんな場所に寝ていた事から、車に引かれてしまったのだろうけど、この猫は運が良かった。猫は道路の真ん中で車と対峙した時、パニックになって道路の中央で静止してしまう事が多いため、犬やほかの動物に比べて車に引かれやすい。この程度で済んだのは、喜ぶべき事だ。
医師の説明も終わり、また待合室に戻される。ソファに座りながら、優しく子猫を抱きしめてやると、少し首を振る動作はしたものの嫌がる様子は無い。
柔らかい毛並みの感触に暖かい体温が、こいつが生きている証を俺に伝えてくれる。無事でよかったと、心から思う。

だが次の瞬間、名前を呼ばれ精算しようとした時、無情にも言い渡された診察料に、全身が真っ青に凍りつく。
やばい。足りないかもしれん。
ポケットに手を入れて財布を取り出そうとする。が、ポケットには何も入っていない。そうだ財布は鞄の中に入れていたはずだ。鞄は…って。
鞄、道路に置いてきた。
どうしようもなくなり、家族を呼ぼうと携帯を探す。
しかし、携帯すら鞄の中だったことを思い出し、何も知らずに笑顔で俺を見つめる看護師さんに、平謝りする羽目になってしまった。

結局、病院で電話を借りて親に連絡をし、金を持って迎えに来てもらった。
この猫の医療費は貸しで、来月の小遣いは無しだとよ。…うん、今から節約を考えておかねば。
車の中で、俺の腕に抱かれながら子猫がしきりに自分の左前足を気にしている。これは包帯を自分で噛み切らないように見ていないといけないな。
家族には何の承諾も取っていないが、こうして助けてしまったら、もう野良に帰す訳にもいかないので、こいつを家で飼おうと思っている。
家族全員から反対されても、どうにかして押し通してやるさ。
子猫のふさふさとした毛並みに指を通しながら、決意を固める。こいつは俺が守ってやらないといけないんだ、なんて根拠の無い使命感に燃えながら。

で、その日の夜のうちにこいつをどうするかの家族会議が行なわれたのだが、元々猫を一匹飼っていたこともあり、あっさりと俺の希望が通った。
特に妹と母親なんて、もうこの子猫に夢中だ。まだ小さくて可愛らしいから構いたくなるのは分かるが、そんなにこいつにばかり構っているとシャミセンが拗ねるぞ。
だが、この猫は何故か俺の傍から離れたがらず、妹がきゃっきゃと騒ぎながら子猫を抱き上げるのだが、途端ににーにーと騒ぎ出し暴れる。だけど代わりに俺が抱いてやるとすぐに鳴き止んで大人しくなるんだ。
キョンくんばかりずるいーなんて妹に文句を言われたが、悪い気なんて全くしない。

ちなみに、名前は『一樹』と命名された。
母親が好きな俳優から名前を取ったらしい。詳しくは知らん。
その数ヵ月後、包帯を解きに病院に行った時、聞いてみたのだが、まだ生まれて1歳になるかそこらぐらいの年齢だそうだ。












あきゅろす。
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