「あ、阿部くん。」




おずおずと、遠慮がちにかけられた声。ほわりと上気した頬。熱っぽい眼差しが真っ直ぐに阿部へと向けられている。・・・こ、れはもしかしなくても呼び出しというやつじゃないだろうか。うっわー・・・いいなぁ。そうだよな、俺らいっつも夜遅いから呼び出すチャンスなんてミーティングの後くらいしかないもんなぁ。きっと今までドキドキしながら待ってたんだろうな。待ってる間もやっぱ止めようかとか帰ろうかとかいっぱい悩んだんだろうなぁ・・・こんな事ならさっさと出てきてあげればよかった。ついつい阿部と話し込んじゃったし。あ、でも逆にギャラリー減ってよかったか。怪我の巧妙的な。
あぁ、でもこの子。周りなんて見えちゃない。阿部だけを一生懸命見つめてる。どこの少女漫画だよ。なんで阿部ばっかこういう素敵イベントが起きて俺には起こんないんだろ?いいなぁー、ずるいなぁー。




「・・・・なに?」




あぁ、もう。もうちょっと愛想いい声出せないのか!そう歯噛みするもこれが通常運転の阿部なのだから仕方ないといったら仕方ない。
あんまりじろじろ見るのも失礼だろうからチラッと女の子を見やる。少し垂れた目は同じたれ目でも阿部とは全然違う。きつさなんて少しも感じさせないそれは潤んでて関係ない俺までドキドキしてしまう。かわいいなぁ。そういや肌も真っ白で綺麗だし。[肌が綺麗な奴]っていう阿部の好みもばっちりクリアしてんじゃん!うぐぐぐぐっ・・・見れば見るほどかわいい・・・いーなー。阿部ずるいっ。ずるいっ、羨ましい・・・。
そんな羨望とも妬みともつかない思いのまま阿部を見やってギョッとした。なにせ阿部は非常にめんどくさそうな顔をしている。それは間違っても女の子に、ましてや自分に好意を寄せてくれている子に向けるような眼差しじゃない。うーわ、すんごいやな予感が・・・




「あ、の。ちょっ、ちょっといいかな?」

「や、よくっ!!?」




気付かれないよう阿部の背中をばしりとはたき。何だか言葉を止めるという目的だったはずが諸々の雑念が入り混じったせいで若干力が入りすぎた気もする。具体的に言うとなんで阿部ばかりとか羨ましいとかずるいとか羨ましいとか羨ましいとかなんだその反応は、というところだ。




「ごめんね、ちょっとだけ待ってて。ほんのちょっと。」




にっこり女の子にそう告げてずりずりと声の届かないとこまで引きずっていく。だってさっき阿部絶対[よくねぇ]って言おうとしてたし!これだから野球しか頭にない奴はっ!余裕かっ!




「んだよ?」

「んだよじゃないよ、んだよじゃ!何言おうとしちゃってんの!!?」

「だってめんど「わざわざ待ってくれてたのに、失礼だろっ!」

「・・・俺が頼んだわけじゃ「ちゃんと聞いてこいよ!羨ましい!」

「・・・本音漏れてるぞ?」




女の子に聞こえないように声を潜めて説得するも相変わらず阿部の感度は悪い。阿部はいい奴だとは思うけどこういう所は全く理解できない。俺だったら余裕で空飛ぶくらいに浮かれまくるのに。なんでそんなテンション低いんだよ?血圧は人一倍高いくせにっ。




「もうミーティングだって終わったし時間ならあるじゃん。」

「ねーよ。買い物付き合えっつったじゃん。」




一瞬何のことを言われたのか分からなかったけれどそういやさっきまでそんな話してた。そだそだ。新刊買いに本屋行くから一緒行こーって言ったわ。女の子の出現にころっと綺麗さっぱり忘れてた。だって本屋より女の子。買い物より告白のが断然インパクトあるだろ。




「あー、もうっ!んなことどうでもいいから!」

「あぁ、そう。」




阿部は変なとこ律儀だからなぁ・・・。俺に気ぃ遣う暇あったらちょっとは女の子に気ぃ遣えよ。そう、思って言ったのだけど、阿部の返事に、一瞬言葉に詰まった。え?あれ?[あぁ、そう]その短い言葉には収まりきらないくらいの大量のトゲが含まれているように感じた。あれ?なんか、阿部怒ってない?さっきから機嫌がいいようには見えなかったけれど。怒ってはなかったよな?




「まー、そうだよな。お前にとっちゃどうでもいいよな。そりゃそうだ。」

「え、え?ちょっ、なに怒ってんの?」

「怒ってねーよ。行けばいいんだろ行けば。」

「ま、待った待った!んな怖い顔してったら女の子かわいそうだろ。」




いつもの倍ほどに深く眉間にシワ寄せ眉はこれ以上ないくらいの角度につり上がっている。なにがそんなに気に障ったのかは知らないけど。この顔はまずいだろ。こんなんじゃいくら阿部の事を好いてくれてるといっても流石にびびるって。むにむにと解かすようにして阿部の眉間を撫でた。すると返ってきた深い深いため息。あ、ちょっとだけシワが浅くなったかも。




「これで少しは・・・。阿部、ただでさえ目つき悪いんだから怖がらせちゃ駄目だよ。」

「もういい。分かったから離せ。」

「ん。じゃまた明日ね〜。」




背後でそわそわしている女の子を微笑ましく思いつつひらひらと阿部へ手を振った。何か言いたげに俺を見た阿部は結局何を言うでもなくくるり背を向けてしまった。
さてと、んじゃ俺も帰るか。予定と違って一人になっちゃったけど本屋寄ってこ。そう頭の中算段を立てていたのに。一歩足を踏み出したとこで阿部がこっちを振り返った。




「なにしてんの?行きなよ?」

「や・・・。」

「・・・へ?うわっ!?わっ!!?」




阿部の視線をたどり、行き着いた先に唖然とした。阿部のYシャツの裾がぴんっと伸びてしまっている。それはぎゅぅぅっと力いっぱい阿部のシャツを掴んでいる俺の手のせいで。
え?えぇ!?何しちゃってんだ!?なにしちゃってんだ俺?




「や、いや、その・・・」




離そうと、離せと頭から命令が出ているのに右手が少しも動かない。あ、やだ。止めろ。縋るように阿部のシャツを引く自分の手に、突きつけられてしまう。必死で目を背けて、必死で考えないようにしていたのに。
阿部のことを真っ直ぐ見つめる潤んだ目。阿部の好みド真ん中の白くて綺麗な肌。阿部のことを呼ぶ高い声。凄く可愛くて、全部俺にはないもので。
あ、やだなやだなやだな。胸の奥で噴き出る真っ黒なもやもやに焦点があたる。
平気なふりをして、全然平気なんかじゃなかったことに蓋をして。平気なふりをして、苛立つ阿部の態度にどこかで安心してる。真っ直ぐに気持ちをぶつけようとしているあの子と大違いのへそ曲がりだ。
あの子を可愛いと思うのもそんな可愛い子に好意を寄せられる阿部を羨ましく思うのも嘘じゃない。でも、それ以上に、嫌だ。ちゃかさないとやってられないくらいに、嫌だ。凄く凄く嫌だ。だって、怖いじゃないか。
じぃぃぃっと阿部からの視線を感じ。全ての意識と力を右手に集中させることでやっとこさシャツから右手が剥がれた。ふぅっと息を吐き、にこっと笑みを浮かべる。




「あ、ごめんごめん。なんか俺ぼーっとし「5分で終わるから駐輪場で待ってて。」




はい?や、せめて15分くらいかけてあげてよ。というか何分で終わるのかとかあっちが決めることであって阿部が決めることじゃないだろ。そう思わなきゃ駄目なのに。そう言わなきゃ駄目なのに。それなのに、こくり頷くことしかできなかった。





阿→←栄。
なんで栄口はこう面倒くさいんだ!って思いつつも阿部は三分くらいで戻ってくると思われる。しかも全力ダッシュで(笑)



あきゅろす。
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