ん・・・ぐっと真上に腕を伸ばす。ふぅ、今日はちょっと風が強い。こんだけあるとフライが結構流れるかもな。守備練っときは気ぃつけねぇと。うしっと気合いをいれ、グラウンドへと足を踏み入れた。
一番かと思ったがトンボが一つ、出ているところを見ると既に誰か来てんのか。
お、アイちゃんがいる。っつうことは監督か?ふぃっと見回して思わず[げっ]と声が出てしまった。つんつくの真っ黒頭。他に人影は見当たらないので監督は校舎の方にでも顔を出しているのかもしれない。
仕方ない。とっとと俺もグラ製手伝うか。と、その黒にふわふわの茶が飛び付いた。ぶんぶんとこれでもかというくらいに尻尾を振っている・・・なんだ?やつは茶色に好かれる要素でもあんのか?あぁ、なるほどな。その要素のせいであいつは血迷ってんのか。
すりすりと足元にすり寄っているアイちゃん。すっと腰を落とした阿部がわしゃわしゃとその頭をかき回してやっている。垂れ目を細め、非常ににこやかな表情をしている。ああゆう顔で三橋ともしゃべりゃ・・・余計に怖いか。余計にダメか。余計に三橋が怯えるな。アイちゃんは文句なしに可愛いがアイちゃんと戯れる阿部は不気味以外のなにものでもない。きもい、気持ちが悪い。これが田島や三橋、沖あたりなら微笑ましいだろうに。[ちょっと泉っ!!俺は!?]勝手に脳内に出てきた金髪バカは黙殺しておこう。
ぶんぶんと尻尾を振っているアイちゃんは非常に嬉しそうだ。あいつ同様いまいち趣味がよくないのかアイちゃんは阿部によく懐いている。


「はよー。」

「おぉ、うす。」


ふわりとした笑顔と共に三人目がグラウンドに顔を出した。現在絶賛血迷い中であり趣味の悪い栄口だ。あ、こいつがアイちゃんとじゃれあってても微笑ましいよな。


「泉いちば・・・あ、阿部がいる。アイちゃんも。」


1人と1匹を見た栄口の頬がふんわりと緩んだ。こいつも動物好きの犬好きだ。アイちゃんは部員全員から可愛がられてんからな。・・・いまいち花井のことはお気に召していないようだが。


「かわいいよな。」

「へ!?」


ふくふくの尻尾を見ながらそう述べると返ってきたの間抜けな声。声同様なんだかおろおろというか、おたおたというか・・・?・・・あ、ちょっと待て。やめろ栄口。それは違うぞ。そうじゃない。非常に不快且つ不愉快な思い違いをされている気がする。


「う、ん。かわいい、よね。な、なんかいつもと雰囲気違って癒やされるっていうか。い、いらいらしてる時とかたま、にこっそりアイちゃん撫でて落ち着こうとしてるし。」


止めるのは間に合わず。そのせいで世界一いらねえ知識を得てしまった気がする。一ミリも興味をそそられねぇ。どうでもよすぎる。無駄知識とはまさにこれのことを言うんだな。ついでと言ってはなんだが無駄知識に補足。阿部がイラついてるとき、そのたれ目が真っ先に探すのは栄口だ。


「あ、あー。でも泉がんなこと言うなんて意外というかそ「俺犬好きだし。」」

「犬?」

「かわいいよな、アイちゃん。」

「・・・アイちゃん?」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・・あぁ、うんうん!そう!!アイちゃん!アイちゃんかわいいよね!」

「・・・」


パッと頬を染め、ひっくり返った声でうんうんと頷いている。アイちゃんと阿部がいて。[かわいい]その単語が出たときに何故敢えてふわふわもこもこ、愛くるしい小型犬ではなく短気で野球バカ、目つきの悪い高校男児と結びつけんだ?やはり、血迷っているとしか思えねぇ。そして間違いなく趣味がおかしい。おかしいどころじゃなく破綻してんのかもしんねー。栄口はいい奴なのになぁ・・・よりにもよって阿部。何故に阿部。敢えての阿部。・・・不憫だ。


「い、泉!その顔止めて!」

「あ、悪い。俺顔に出やすいから。」

「だ、からアイちゃんの話なんだろアイちゃんの!!」

「あー、うんうん。そうな、アイちゃんな。」


わたわたと未だテンパっている栄口の肩を思わずぽんと叩いた。


「栄口。」

「な、なにさ。」

「お前の趣味が悪くても俺は気にしねーぞ。不憫だと思うだけで。」

「え!?俺趣味悪くないから!普通にかわいいしかっこい・・・」


はっと慌てて口を抑えた栄口。[普通]一度、辞書にてその言葉をひいてみることをお勧めしたい。しかし不憫は不憫だがなんとも正直な反応はかわいくて。そうだ、かわいいとはこういう奴に遣うのだ。断じてあれに遣うような形容詞ではない。
ぐしゃぐしゃと頭をかき回してやったら、栄口曰わくかわいいらしい男から非常に鬱陶しく且つうざったい視線を背中に浴びせられることとなった。





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