かわいいよなぁ、としみじみ思う。くりっとした大きな目。ふわふわした柔らかな毛並み。湿った鼻先。プニプニむにむにと独特の感触の肉球。ピクリと動く大きな耳。ぺろり指先を舐められる。はぐはぐと一生懸命におやつを平らげたアイちゃんは次は?次は??と期待に満ちた顔でこっちを見つめてくる。やばい、もっともっと食わせてやりたい。けどあれだよな、前監督がよそに預けるとアイちゃんがぷくぷくして帰ってくるから困るって言っていた。
肥満は万病のもとだっつーし。まだまだまだまだおやつを食べるアイちゃんを眺めたい気はするが我慢だ。そんなことを思って甘やかすのを我慢していたらいきなり体に衝撃が走った。ランナーとホームを争った時のようだ。まさしく体当たり。うおっ!?何とかかんとか態勢を整え、頭を強打するのだけは避けられたが手に持っていたデジカメはゴトッという鈍い音と共に床に転がった。ついでに床に肘を強打してジーンとしびれが走る。なんだなんだと見やった腕の中にはアイちゃんとはまた毛色の違う茶色。
「いってー・・・何すんだ!?いきなり飛びつくなよ。」
「えへへ〜。」
・・・ん?不満に帰ってきたのは妙にふやけた笑い声。
・・・んんん??ついと顔をのぞき込んでみたら赤く染まっている頬。うぅん?よっと体勢を立て直し腕の中の体を抱え直す。大人しく抱えられたままの体。とろんとした目。熱い体温。振り返ると机の上に乗っかってる酎ハイ(おそらくは空)。んで右手に握り締められていたビール缶。取り上げてみると全く重さを感じない。振ってみても何一つ音もせず。俺のために出してくれていたであろうそれは既に空だった。・・・おい!
「え?おまっ・・・後で飲むっつったのに!?」
「らってあべアイちゃんアイちゃん忙しそーらったから。」
ぶーと舌っ足らずに文句を言う栄口。常にはない拗ねた口調にうっかり騙されてしまいそうになったが確か買い置きのビールはこれが最後だったはずだ。そりゃアイちゃんに夢中になっていたのは確かにその通りだが。それは栄口にも言えることであり。あぁーっと肩を落としてため息。
「あー・・・、たいして好きじゃねぇくせに。俺のビール・・・」
「すきだもん。」
ぷんっと頬を膨らました栄口がじとっと俺を睨む。また適当なことを。この酔っ払いめ。いつも俺がビール飲んでるとよくそんな苦いの飲めんねとか美味しさがわかんないとかそんな美味しいならちょっとだけとか言って自分から手を出したくせにもの凄い顔をして突っ返すくせに。
「あぁ?いっつも苦「阿部すきー。」
・・・は?
「あべぇ、すきぃすき。だいすきー。」
えっ・・・とー、栄口?
へらへらと笑いながら回らぬ口で好きだと繰り返されている。うっわー・・・これは、まずい。
あれだ、これ普段を考えたら十年分くらい好きと言われた気がする。冷静に考えるとその事実はかなり切ないが幸いというかあいにくというか冷静な思考は今この状況において自分とは対極に位置している。なにせ照れ屋な恋人からの大盤振る舞い。やばい、可愛い・・・。物凄い可愛い。可愛いすぎる。ごくりと喉がなるのも仕方がない。とりあえずにこにこと緩い笑みを浮かべている栄口の頭を撫でると更に嬉しそうな顔をする。
うわ、これ永久保存しときてぇ。そう思い、ハタと気がついた。ゴロリと寂しげに転がっているデジカメ。・・・今この状況においてこれがあるということはつまりはそうしろってことだよな。というかこんな状況においてその選択をしないやつはただのバカだ。俺はそんな勿体無いことはしない。一度ふにゃふにゃと力の入っていない体をどけて手を伸ばした。自分から視線がそれたのが不満と見える栄口が腕をくいくいと引っ張る。
「あべーきーてるー?」
「ん。」
「なにしてんの??」
「や、なんでもないから気にするな。」
「分かったぁ。」
拾い上げたカメラを栄口に向けても気にする様子はない。この様子だとカメラの存在に気づいてなさそうだ。ちょいちょいとピントを調節。せっかくなので解像度も限界まで上げておく。だぼっとしたTシャツに短パン。夏の部屋着定番の格好で無防備に笑っている酔っ払い。
「で?なんだっけ?」
「すきぃー。」
にぱぁっと笑う恋人に軽いめまいすら感じてしまったのは致し方ないことだと思う。自分はただでさえこの同年代の恋人に弱いというのに言われなれてない[好き]それをなんの躊躇いもなく告げられているのだ。贅沢を言えば素面にて言ってもらいたいところだが今のように酔っ払いならではのテンションで連発されるのもこれはこれで悪くない。悪くないどころかかなりいい。
その可愛いのを引き寄せようとしたら視界の隅で茶色が揺れた。丸い目がもう一組、俺のことを見ていた。・・・あ。すっかり忘れていた。さっきのさっきまで俺の頭の大半を締めていたアイちゃん。栄口のインパクトある行動のせいでその存在がすっぽりと頭から抜け落ちてしまっていた。
「アイちゃん。悪ぃけど今日は遊ぶの終わりな。」
そういうとパタリ尻尾をひとふり。俺らが用意した簡易ベッドの方へとてけてけと足を進めている。ほんと頭良いなこいつ。なんて空気が読めるいい奴なんだ。そのスキル、少しでいいから[み]で始まって[き]で終わる某クソレに分けてやってほしい。そう感嘆の眼差しを送っていたらふいにアイちゃんが振り返った。
・・・・ん?
まん丸な茶色の目。それが、あぁ、ったくしょうがないわねぇ。これだから男は。そう言いたげに見えたのは多分、気のせい・・・だよな。呆気にとられていたらぶにょりと両頬を掴まれる。あだっ!グイと力任せに首を回された。
「ぬぁによそ見してるんだよー。」
「あぁ、悪い。」
「アイちゃんアイちゃんって・・・」
唇尖らせ丸い頬をぷくぅっと膨らませている。さわり心地抜群のその頬は今はほんのりどころではなく酒のせいで赤く染まっている。しかしその表情はえらく子供っぽい。俺は拗ねてんだぞ!そう言わんばかりだ。自分からアイちゃんへ、再び意識がそれたのがご不満だったらしい。三白眼気味、おまけにつり目にも関わらずまん丸の、柔らかさを湛える瞳が、こちらを見上げた。
「阿部はー?俺のこと・・・好き?」
じぃぃっと真っ直ぐに、視線を反らすことなく尋ねる栄口。子供っぽい表情が一転。酔いのせいで赤い顔と潤んだ瞳がちょっとこれまずくね?というくらいの色気を醸し出している。こんな顔をされて、こんな顔で尋ねられたらどうしようもない。普段栄口がそういうことを言わない意趣返しに返事をじらしたり別にとかアイちゃんのが好きとか言ってからかう気にもなれない。そんな余裕さえ奪われる。
「好きだよ。」
「俺もすきーだいすきー。」
「ん。」
ぱぁぁぁぁっと顔を輝かせた栄口の鼻先が首筋に触れる。柔らかな髪が顎を擽る。満足そうに首元にすり寄られているこの状況。俺の幻覚などではない証拠にデジカメにもしっかりとその様が映っている。あー、これマジで永久保存決定だわ。
「あべアイちゃんよりもすき?」
ふわふわとたどたどしい口調でこてりと首を傾げる様に思わず言葉が零れ落ちる。
「かわいー。」
いつもなら真っ赤に顔を染め上げて、意味わかんないとか頭おかしいとかはいはいとか。とにかく必死で流し誤魔化そうとしてくるくせに。えへへ。と首を傾げて嬉しそうに笑うだけ。え、マジでなんだ?
もうどうしようもなく可愛くて。その顔に声に仕草に引き寄せられるかのように手が伸びる。火照った頬、熱い首筋、赤い耳。するすると思いのままに撫で上げていくと首をすくめくすくすとこれまたいつもより赤く見える唇から笑いが零れ落ちていく。
「くすぐったい?」
「ううん、きもちー。阿部に触られんのすきー。もっとー。」
ぐらりと、冗談ではなく目眩がした。ぶわっと一瞬で、体温が上がった。自覚がないだけに、たちが悪いその言葉。うわっ、うわっ。やばい、やばい。これは、やばい。やばいというか、これは、あれか?俗に言う据え膳というやつなんじゃないだろうか。おまけに右手には未だ淡々と栄口を撮り続けているデジカメ。・・・うん、ここで手ぇださないのも撮らないのもただのアホだな。や、ただのアホじゃない。救いようのないアホだ。
ふんっとアイちゃんから鼻を鳴らすような音が聞こえたけれど無視をして。ほわほわと言葉を紡いでいるその唇に噛み付いた。
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