「・・・」
「・・・」
「・・・そうだねー、そういうのも楽しいかもね。それよりさ、ここってやっぱ()無視したらまずいんだよな」
あーもうぐだぐだ。計算式がどんどんどんどん連なっていくだけで終わりに行き着く気配が少しもしない。logとかeとかsinとかほんとやめてほしいよ。これって数学だろ?なんで英語が出てくるんだ。
「・・・俺真剣なんだけど。」
「俺も真剣にこの問題わかんないよ。」
「・・・」
「どうしても数学って好きになれないんだよねぇ。」
結局数学は好きになることも得意になることもなかったなぁ。まぁ幸いにも数学はセンターでしか使わないしまだましなのかな。阿部がやってる数VとかCとか俺にはもう暗号にしか見えないもん。はーやだやだ。ふと気付くと、むぅっと難しい顔して考えこんでた俺以上に阿部が渋い顔をしていた。
「あーべっ、眉間にすっごい皺よってるよ。」
「栄口ってさ、なんつぅか・・・」
深く刻まれている皺を解かせように撫でてみるけど浅くなるどころかますます深くなってしまったうえにはぁーとため息までつかれる。
「いつでも準備してる気ぃする。」
「ん〜、なんの?」
ダメだこりゃ。ぐりぐり撫でてみてもこのシワどうしたって浅くなる気配がない。もはや阿部の体の一部みたいなもんだからしょうがないのかな?
「俺から離れる。」
「なに言ってんの。」
危うく止まりかけた指先と心臓を無視して間髪入れずに返事をする。続けてやんわりと笑いかけるも阿部の表情は少しも緩まなかった。
「やだなぁ、もしや寝不足?勉強しすぎじゃない?俺阿部のこと凄い好きだよ。」
「知ってる。」
「あはは、なにそれ。」
「でもお前、先の話しないよな。」
「え?」
「せいぜい口にするのは半年後の話くらい。まだ俺らがギリギリ高校生のうちの話だけ。卒業後、二年後、五年後、その先になると、笑って誤魔化すよな。なんの約束も想像すらしねーじゃん。」
殆ど当たってるけど、少しだけ、違う。想像はしてる。何度も何度も。きっと阿部以上に考えてるよ。こんなとこ行きたいとか、こんなことしたい、とか。
でも、それ以上に怖いんだよ。
「俺は・・・ずっと栄口が好きだよ。」
投げかけられた言葉が、声色が、眼差しが酷く優しくて泣きそうになる。けど、こぼれたのは涙じゃなくて。乾いた声。
「軽々しくそういうこと言うなよなー。」
「軽々しく言ってるつもりはねぇ。」
「[ずっと]なんてそんなの分かんないだろ。」
「分かるよ。」
「あのねぇ、今は高校生で、まだガキで。簡単に一緒にいられるけど、大学行って、就職して。どんどんどんどん一緒にいるのが難しくなって。一緒にいることをいちいち言い訳しなきゃなんなくなって。周りの目だって厳しくなって。[阿部くんきみ結婚しないのかね?私の知り合いの娘さんにすごく気立てのいい子がいてね]とかなんとか言われるようになるんだよ。」
「誰だそれ?」
「阿部の上司?」
「いつの時代だよ、そりゃ。」
「そうかなー、有り得ない話じゃないと思うけど。」
「今時結婚しない奴なんて珍しくもなんともないだろ。」
「まぁ、そうかもね。」
「それに俺には高校からずーっと付き合ってる恋人がいるからんなお節介やかれる筋合いはないな。」
「・・・高校卒業って一つの区切りだと思うんだよね。いい機会っていうか。」
「[いい]機会なわけ?お前にとって。」
ふいっと視線を逸らし、投げやりに言い捨てられたそれにぐっと言葉に詰まってしまった。
「[いい]機会?」
「・・・」
沈黙に、阿部が、安心したかのように、笑っている。
「あのなぁ、悪いけど、お前が本気で俺のこと嫌いにならない限り、一生離す気なんかねぇよ。」
「阿部は・・・」
「んー?」
「けっこーなバカだよねぇ・・・。」
「なんとでも。・・・よく聞けよ。俺は、栄口が好きだ。これまでもこれからもその先もずっと。2年後も3年後も5年後も10年後もその先もずっとずっと俺はお前に同じこと言うからな。その度にお前は無駄なこと考えてたって思い知って恥ずかしくなるわけだ。お前の方がよっぽどバカだよ。」
「・・・」
「感激した?なんなら泣いてもいいけど?」
「・・・遠慮しとく。」
本当に、阿部はバカだ。けど、一番バカなのは阿部にこんなことまで言ってもらわないと安心できない俺なのかもしれない。阿部に、あんな顔をさせてしまった俺なのかも。クルリと阿部が、器用にペンを回した。
「で?返事は?」
「・・・なんの?」
「・・・おっまえほんといい性格してるよな。あのこっぱずかしい台詞をもっかい言えってか。」
「大丈夫。だって阿部はこれからずっとずっともっと恥ずかしい言葉を俺に言い続けてくれるんでしょ?それに比べたらこんくらいちょろいよ。」
「はぁ。・・・栄口。」
「・・・うん。」
「卒業したら、一緒に住まない?」
頷いた拍子に、一滴。涙が転がり落ちてしまった。
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