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《  MonsterCarnival#3・サンプル  》


 ――まるで芝居のような火事の一夜のあと。
 夜毎、欠けていく月の元で、二人は暗黙のうちに体を重ね続けた。
 月が消えれば幸村は幼い姿に戻ってしまう。時間は月が痩せていくほどに減っていく。それを惜しむように体をぶつけ合えば、自然と行為は激しさを増し、その疲労は幼子に戻った幸村の小さな体をさいなんだ。
 白みだした空の薄い明かりが窓から差し込み、ぐったりと意識と体をベッドに沈めた幸村の白い顔を照らす。その頬を指の背でそっと撫でてやりながら、政宗は幸村に寄り添い、そして眠りに落ちる。
 つかの間の、休息だった。
 街を震撼させていた放火魔が捕まり、そしてその放火魔の従者がさらにサーカスに火を放ったニュースは衝撃と共に大きな話題となっている。今、外を出歩けば、サーカスの関係者と判るや否やあっという間に人に取り囲まれての質問責めにあってしまうほどで、買い出し担当はちょっとした変装を纏って出て行くのが常となった。サーカスが蒙った被害も大きく、頑丈に作られていた猛獣のテントが全焼してしまった。檻は無事なものも多かったが、猛獣の鋭い嗅覚には焼けた臭いがこびりついた檻に戻るのは恐ろしいのだろう、かつての己の住処には戻ってくれはせず、新しい檻とテントを用意せねばならなかった。
 それらが準備出来るまでは営業もできないし、移動もできない。猛獣使いである政宗の《異能》によって猛獣たちが人を襲うことはないとはいえ、それを理解し赦してくれるほど世間は甘くはない。結果、サーカスは一時的に閉園。特注の檻とテントが出来上がるまで営業停止の措置となった。



(中略)



「――もう一度言ってみろ」
 しかし、その松永の命令に逆らう者がいる。
 一座筆頭の演者であり人気を誇る、政宗だ。
「ほう……?」
 隻眼が放つ反抗的な光に、松永は面白そうに目を細める。真っ向から逆らう者は彼にとっては珍しく、興味を引く存在だった――今のところは。
 団長にだけ許された広い個室に据えられた木製の机の向こうで、深々とチェアーに腰掛けた壮年の男は悠然と両手を組むと、口を笑いの形に歪めて開いた。
「そう問い返すということは、聞こえていない――ということではないようだが……」
 政宗の憤怒を正面で受け止めながらも、彼の悠然とした態度と表情は変わらない。むしろ、いっそう面白いものを見るように、口許の笑みを深めている。
「あまりに馬鹿げていて、下劣すぎて、頭が拒否ってんだよ!」
 ガン!と机を割ろうかという勢いで、政宗は拳を叩きつける。机の上のものが跳ねて、がたがたと音を立てて崩れ落ちた。
 ――最近《夜》の刺激が足りないな。
 そう言って松永は歪んだ微笑を向けてきた。
 ――なに、簡単なことだ。卿のパートナーは最近とても人気があるのでね……卿らが、『普段』していることを披露すれば、随分喜ばれると思わないか? なんせ、愛し合う姿は美しいものだからな……
 《夜》の演目――それは、松永の認めた客にだけ許された、もう一つのサーカス。昼では見せることのない危険で際どい舞台は、命と道徳観念を投げ打った刺激的なものだ。
 これまでも見目の良い男女がしどけなく衣服を脱ぎ捨て、絡み合い――所謂本番行為を見世物にしたこともある。
 だが――。
(幸村を、だと?)
 普段は幼い姿で無邪気に笑っている彼を、舞台に引きずり上げて苦しみ藻掻かせながら変身させるに足らず、挙げ句、そんな色欲にまみれた見世物にしようというのか。
 ――ま、さ む、……ね
 幼い姿と同じくらいに、稚い表情で、熱に酔いながら口にあがるのは、己の名。一つ一つの音を、大事そうに紡ぐその響き。
 伝えられる愛情に、その時、胸にせり上がってくる愛しさや切なさといった甘い痛み。
(それまでも)
 見世物にしよう、だと?
(――ふざけんな!)
 激昂する政宗に対し、松永は机の上の物が床に落ちたことに眉を寄せた。ふと表情を曇らせると立ち上がり、落下した小物をそっと拾い上げる。
 彼には収集癖がある。骨董品と呼ばれる古い物が好みらしく、サーカスには似合わない小物や道具が彼の回りには置かれていた。
 拾い上げたそれに、ふっと息を掛けながら傷がないかを確認した松永は、それを大事そうに掌中に収めながら椅子へと戻る。そして未だ机に拳を叩きつけたままの政宗に視線を投げると「まだいたのか」と口にした。
「――ッ!」
 彼の興味は既に政宗、そして幸村の扱いから掌中の小物へと移っている。
 幸村の人としての尊厳や政宗との関係などよりも、彼にとって大事なのは手にした骨董の傷の有無だ。
 突き上げるような怒り。だが、同時に沸き起こる空しさがそれに水をかける。
「……そんな真似はしねえ。あいつにだってさせねえ。……いいな」
 相反する二つの感情に胸中を荒げながら、しかし結局呻くように伝えると、政宗は震える拳を収め返答を待たずに背を向ける。
 そして、結局松永からの応えは返ることはなかった。


(中略)



「旦那!」
 叫んだ声に、幸村が振り返る。幼い顔に驚愕を広げて、ただでさえ大きな瞳を丸くした。
 知り合いなのか、と仲間たちが二人を見比べる中、幸村は表情を崩す。
「佐助、どうしてここへ」
「どうしてじゃないよ旦那! 俺様がどれだけ心配したと思ってるのさ!」
 細身の彼は駆け寄ると、稚い姿の幸村をぎゅうっと腕の中に抱きしめる。
「連絡も取れないわ、行方もわからないわで、俺様、あちこち探しまわったんだよ。そしたら、新聞にここのサーカスの火災の記事が出ててさ。そこの写真に旦那らしい人が写ってるのを見て、飛んできたんだよ!」
「そうか……心配をかけてすまなかったな」
 幸村は屈みこんで抱きついてくる彼の頭に手をのばすと、なでなで、と固そうな赤髪に触れる。
「無事でよかったよ……!」
 彼は幸村を抱き込んだままで耐え切れなくなったのか泣きだしてしまった。そんな彼を、優しい表情で幸村は抱き返す。小さな子供が大人を包み込む、一見ちぐはぐな組み合わせではあったが、それは妙にしっくりとした空気を漂わせていた。
「…………」
 ほのぼの、としたそれを、厳めしい表情で連れの男は見つめている。いや、視線の鋭さは『睨んでいる』と言うべきか。まるで人を視線で殺しそうな鋭い眼差しに、周囲の仲間たちはすくみ上がる。
 誰もが遠巻きにする中で、彼は薄い唇を開いた。
「――政宗様は」
「……は?」
「政宗様は、いずこにおられる」
 見た目を裏切らない低い地鳴りのような声に、声をかけられた者は「ひいっ」と縮み上がった。
「――おい兄さん。挨拶もなしで質問たぁ、ずいぶんな礼儀だな」
 迫力に押されて震える者たちの間をかき分けるように、姿を表したのは元親だ。
「アンタお探しのマサムネサマかどうかは知らねえが、その名前の奴なら確かに俺達の仲間にいる。だが、名乗りもしねえ野郎に仲間を引き合わせるわけにはいかねえ。アンタも知っての通り、ここは『異能』の集まりだ。外の世界では生きにくくて、随分傷つけられてもきた連中だ。政宗だって例外じゃねえ」
 筋骨隆々とした元親だが、男の前に立つと幾分線が細く感じられる。だが、その男に歩を詰めて、元親は睨め上げた。
「――答えろ、アンタは政宗の何だ。何をしに、ここに来た?」
 男の持つ迫力に一切の物怖じをせず、背で仲間を守る元親は、まさに『兄貴』と呼ばれるにふさわしく、頼りがいのある姿に一同はほっと息をつく。守られている、という安堵感に落ち着きを取り戻し、まるでにらみ合いさながらの二人へと目を向けた。
「――確かに失礼した」
 衆目の中、男はふと視線を落とすと、首を前へ傾けた。会釈程度――だが、それは紛れもなく元親を始めとしたサーカスに向けての詫びの礼である。
 そして顔を上げ直すと、切れ長の目を鋭くしながら、名を名乗る。
「俺は片倉小十郎。伊達家の家令を務めている者だ。ここにいらっしゃる政宗様――伊達家嫡男、伊達政宗様に家にお戻りいただきたく、願いにあがった」
 ぴり、と空気に緊張感が走る。
「――伊達家、だと」
 元親が眉をしかめて低く唸る。
「伊達家といやぁこの国屈指の名家だが……政宗がそこの嫡男だと?」
「そうだ。幼い頃に出奔され、行方知れずとなっていたが――そこの男と同じ、火災の記事に幼い頃の政宗様によく似た面差しの男が写っているのを見てきてみれば、あのお姿はまさに政宗様。ようやく見つけたと、駆けつけた次第」
 そう行って男はぐるり、と一同を見やった。
「政宗様にお会いしたい。誰か、案内してくれないか」
 頼む形を取りながら、まるで脅されているかのような鋭く眼差しと低い声に、皆は逃れようとするように顔をそむけた。その中で、元親だけが「はん」と鼻を鳴らした。
「あの気まぐれ野郎は雲隠れ中だ。こっちだって探してるんだがな」
「しかし、この中にはおられるのだろう」
「多分な。だからって部外者にあちこち探られるわけにはいかねえ。ここには刃物もありゃ獣もいる。怪我でもされたら大事なんでな。悪いが、出直してくれ」
 元親が首を振る。そこに男が食い下がろうとしたところへ――
「それには及ばねえよ。面倒事を先に伸ばすのは趣味じゃねえ」
 そこに切り込むかのような美声。思わず反射的にサーカスの一群は場所を空ける。まるで割れて出来たかのような道の向こうに立つのは――話題の主だった。
「政宗!」
 元親が声をあげる。傍らで細身の男に抱かれながら幸村も顔をあげた。
 だが政宗は二人に――仲間たちに視線を向けることもなく、強面の男を見つめている。
「……何をしに来た。小十郎」
「政宗様……!」
 厳しい声を向けられながらも、男は感極まったように名を呼びながら、政宗の足元へと駆け寄り、跪いた。
「お久しゅうございます……この小十郎をご記憶くださるとは、恐悦至極――!」
「テメェの凶悪な面構えを忘れるほど耄碌はしてねえよ。――質問に答えろ、何をしに、こんなところまで押しかけてきた」
 小十郎は顔をあげて、政宗を見上げた。決然とした眼差しが政宗を見上げる。
「政宗様、どうか家へお戻りください。伊達家にかつての権勢はなく、今や家名存続の危機。力ある者を中心とまとまって、お家の再興を図らねばなりません」
「――それに俺が頷くとでも思ってるのか」
「……いえ」
 小十郎は首を横に振る。だが、彼の眼差しの力は衰えてはいなかった。
「しかしご当主として相応しいのは政宗様以外には考えられません。――これは小十郎一人の考えではなく、伊達家中、伊達家に仕える者皆の総意。政宗様にはどうか、我らの意を組んでいただきたく、伏してお願い申し上げます」
 そう言って小十郎はたくましく隆々とした背を深く倒した。その様子に、政宗は「Shit!」と露わな舌打ちをこぼす。
「総意だと……ふざけるなよ小十郎。あの女が――あの人が、それを許すわけがねえだろうが!」
 政宗は吠えた。自分の中で、心の奥底で殺していたはずの記憶と感情が息を吹き返して唸りをあげる。
 煌めいた刃先。鬼の形相。散った血潮――地鳴りを轟かせた落雷。
 忘れようにも忘れられない。過去はこんなにもまだ鮮やかだ。
「俺は伊達の穢れだ、災厄だ。テメェだってその身に染みて知ってるだろう。その頬が何よりもの証じゃねえか……!」
 男の顔立ちに凄みを与えている頬の傷――深々と残るその傷跡。ああ、どうして忘れられる――この身を庇い、傷を負った男を!
 それを黙って一撫でした彼は、ふっと表情を和らげた。
「……何を仰せか。これは小十郎にとっては政宗様を守った勲章、そして政宗様にお守りいただいたという誉れ」
「……なんだと……」
 政宗は思わず顔をしかめた。だが、小十郎は臆すること無く「はい」と頷く。
「政宗様、よくお聞きください。政宗様が出奔された原因となったあの火災――あれは、政宗様の『お力』ではございません」
「!?」
「あれは――御方様、母上様のお力です」
 政宗は隻眼を大きく瞠った。
「なに、を……」
「政宗様のお力は母上様から継いだものです」
 小十郎はきっぱりと言い切ると、衝撃に揺れる政宗の瞳を真っ直ぐに射抜いた。




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……続きは本でお楽しみいただけたら嬉しいです!(>_<)/


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