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《  魂喰い・サンプル  》




 戦いの終わった戦場に、政宗は立った。
 一人である。
 常に身傍で控える近習も護衛もいない――むしろ人を寄せ付けない雰囲気をその身から濃厚に醸し出しながら、政宗はその場にたたずむ。
 その戦場は、伊達とその地方領主との争いに因ったものだ。結果は伊達の圧勝。政宗の振るう六爪の前に領主は敵にもならず、引き際を誤った彼の軍は――全滅の憂き目に遭った。
 大将首を挙げて勝ち鬨をあげ、軍を引き上げればれば、戦場に残るのは行き場を無くした数多の魂たち。
 戦勝を祝う宴を抜け出した政宗は、目の前をふわりふわりと行き過ぎる青く燃える火の玉を表情のない眼で捕らえた。
 突然奪われた命。絶たれた肉体との繋がり。
 己が死んだのだと自覚することすら出来ない魂は、行く先も判らず彷徨うばかりだ。
「――……」
 政宗は無言で腰の刀を抜いた。
 鞘から放たれた刃は燐光のような蒼い光をまとう。それは美しくも寒々しさを感じさせる光だ。
 政宗は薄い唇を引き締めると、息もつかせぬ鋭い一振りで眼前の青い魂を両断した。その軌跡はさながら蒼い三日月。冴え冴えとした光にぱくりと割られた魂は、断面からゆらゆらと輪郭を失うように炎をゆらめかせながら霞へと転じていく。
 すう、と政宗は小さく呼吸した。すると、呼ばれたかのようにその霞は政宗に近づき、触れたところから消えていく――まるで吸いこまれるかのように。
「………」
 霞を完全に取り込んだ政宗は、今度は目を閉じて、まるで酒を飲み干した後のように深く息をついた。その息を、腹からも全て出し切った後、閉ざされた隻眼がゆっくりと開かれる。
 そして現れるのは――夜目にも鮮やかな、金の瞳。
 その輝く虹彩と縦に伸びきった瞳孔は人の持つそれではない。まとう気配も冴えたそれから獰猛なそれへと転じた政宗は、蒼い刃を携えて、未だ漂う数多の魂へとじりりじわりと足を進めていく。
 それは、さながら獲物を狙う獣のごとき姿。
 近づいた魂を次々と割り、刺し、切り裂く伊達家の家宝『六爪』――それは正しくは妖刀。人の魂を砕くもの。
 そしてそれを屠り喰らう政宗は――まさに、鬼と呼ばれる存在に他ならなかった。



(中略)



 数多の死体がそこらじゅうで転がったままになっている戦場跡。月の明るさも星の安らぎも感じられない濁った空気に満ちたその場を、ふわふわと蛍のように揺らめくのは、行き場を失った魂たちだ。
 一息吸うごとに、体に穢れが染みついていきそうなその空気。
 死体と魂だけしかないその場は生きた者には耐えがたい世界だろう。
 だが、政宗にとってはとうに慣れ、馴染んでしまった空気だ。
(さあ)
 Dinnerの始まりだ――そう独りごちながら、腰で期待に震える六爪に手を掛けた時、突然、戦場のど真ん中で火の手があがった。
「!」
 夜目にも鮮やかな炎は魂の寒々しい蒼とは逆に、灼熱を思わせる紅だ。
 それは一度空を突き上げるように火柱をあげた後、ゆるやかに火花を夜の闇に溶け込ませるようにちらちらと舞い散る。それはまるで、色鮮やかな夜桜のようだった。
 花びらは地面に落ちる前に消え去るが、新たな炎が再び産まれる。今度は地上でくるりと円を描くような軌跡を残したそれは、続けざまにもう一つの円が重なるように描かれる。くるり、くるり。既に描かれた円が消える前に描かれるそれはいくつもの円の重なりとなって、空虚な戦場を彩った。
(あれは……)
 明らかに自然発生的なものではないそれ
 闇の中で舞う炎は、まさに篝火。亡骸と彷徨う魂ばかりの底冷えのする戦場で灼熱を思わせるそれに生気を感じたのは決して気のせいではない。
 円を描くその中心には、人影があった。
 炎の明かりに描き出された輪郭は決して大柄ではない。すらりと均整のとれた体つきだがあくまで細身。だが力強くしなやかな動きで、くるりくるりと回っては両腕に携えた松明で炎の円を描き続ける。
 それは、まさに炎の演舞だった。
 よく見れば、炎が描く円の軌跡は決して同じではない。真円に見えるそれも、どこか歪な時もあり、見事な円を描く時もある。模様を描くように波打つ時もあれば、勢いの良い太い線で描かれる円もある。
 その舞を、政宗は離れたところから静かに眺めていた。
 邪魔をしてはいけない――何故かそう感じられて、気配すら断ち、ただ見つめるばかりだった。
 だが、ふとあることに気付いた時、政宗は顔色を変えた。
(魂が――)
 灯りに誘われた小虫が火に近づきその身を焼くように、ふわふわと魂が舞う炎に寄っていき、触れた途端にその魂が消えていくのだ。
 目の錯覚などではない。鬼の感覚が告げる――あの炎によって、この世から消されたのだと。
(浄化――!?)
 彷徨える魂を彼岸へ送る力。それは、政宗の鬼の力とは対極の存在だ。
 魂を糧と喰らう政宗にとって、まさに噴飯ものである。
 しかし、そうこうするうちに、浄化は進み、次々と、政宗が喰らうはずだった魂が消されていく。
「Damn it!」
 獲物が奪われていくのをみすみす見逃すわけにはいかない。
 政宗は腰から妖刀を抜き放つと、刃に蒼い闘気を乗せて稲妻のように撃ち放った。



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……続きは本でお楽しみいただけたら嬉しいです!(>_<)/



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