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《Love Potion・サンプル》


 仲の悪い二人を指して、『犬猿の仲』と言う。
 犬や猿には迷惑な話だろうが、だがそれよりももっと酷い仲の場合はどう呼べばいいのだろう――と佐助は最近考えている。
 寄ると触ると喧嘩する――なんて可愛いもの。罵るくらいですむのなら、別に何ら構わない――が。
「どうしてそれが撃ち合い殴り合い殺し合いに発展しちゃうかなあ……」
 荒野と見まごうばかりの焼け野原。これがつい数刻前までは極々当たり前の草原でしかなかったのだと知れば、人は驚愕に目を瞠るだろう。
 しかしながら佐助にとってはこれは現実であり、見慣れた光景でもある。
 溜息をついた佐助の隣で、傷だらけ煤だらけの男は、ぐい、と頬を袖で拭って言った。
「仕方なかろう。あの男の顔を見ると、無性に腹立たしくてかなわんのだ!」
「開き直らないで!」
 胸を張って言い放たれたそれへ反射的に返した佐助は、いっそう重みを増した肩をぐったりと落として項垂れた。



(中略)



 日ノ本の統一という流れは、長きにわたる臥薪嘗胆を耐えた三河の若虎・徳川家康によって整えられた。争いに溢れた世から、人と人が領地の隔たりなく手を取り合う『絆』を重んじる世へと移ろう潮流には伊達も武田も逆らうことができず、その渦の中へと呑まれていく。
 といっても、元々政宗も幸村も、戦いは好むが争いを好んだ訳ではない。むしろ、人々が争うことのない世を求めて立ち上がった部類だ。故に、家康のもたらした太平の世は――己の手で為し得なかった口惜しさはあるものの――歓迎すべきものであり、その平和を支える力となることに異論はなかった。
 しかし、そうなっても、互いに抱く好悪の感情が変化することはなく――今まで戦場でぶつかることで発散できていた分が果たせなくなってしまったが故に、顔を合わせる度に小競り合いを始めてしまうようになってしまったのだった。


 政宗や幸村は、互いの存在に露骨なまでの不満顔を晒す。
 相手を嫌いだと公言して憚ることがない。
 だが、その事実に頭を抱える者たちがいる。
 片倉小十郎、そして猿飛佐助――それぞれの従者たちである。

    ◇    ◇    ◇

「あのね、仲良くしろ……とまでは言わないよ。だけど、せめて、もうちょっと抑えてくれない?」
 佐助は主の前に膝を詰めて、こんこんと語りかけた。
「大将も判ってるでしょ。今は争う時代じゃないの。その時代じゃないの。闘魂絶唱ー!ってのは、もう時代遅れなの!」
 ぺんぺん、と佐助は主との間の板敷を平手で打つ。その音が響く度に、ちょこんと正座した幸村は身の置き所がなさそうに肩を竦めた。
「……そうは言っても、俺の取り柄といえば槍働きぐらいしか……」
 ぼそぼそとした反論の呟きは、ぎろり、と見据える暗褐色の瞳に、ぎくりと首を縮込めた。
「俺様も誰も、大将に政治的な働きなんて期待しちゃいません。肉体労働向きの脳筋だってことぐらい、俺様が一番良くわかってます!」
 『一番』を『いっちばん!』と力を込めて言い放った佐助に、流石に酷いと思いつつも幸村は言葉を飲み込んで項垂れる。
 佐助と幸村の間には、複数の紙がうず高く積もられ、その裾野を広げていた。
「……ほんと、もう、これ、どうすんの」
 佐助は深く溜息をついた。
 幸村が暴れたおかげで壊れたものや荒れた土地に対しての請求や苦情の山である。
「ちゃ、ちゃんと俺が詫びを入れに行くぞ!」
「当たり前です」
 幸村は意気込んだが、佐助にはぴしゃりと返されてしまう。あまりにつれない態度に、幸村は再び項垂れた。


(中略)


 小十郎と佐助、伊達家の家老と忍隊の長という、主に仕える者としては表と裏な彼らであったが、同じ苦労を背負う者同士思わぬ親交を深めつつあった。
 堅物で生真面目な小十郎と飄々として主に対しても軽口をたたく佐助は、当初水と油のようで、主ほどではないにしろいけ好かない相手だと思っていた。だが、互いの苦労性とその裏にある主への忠誠心を垣間見るに、同情と、同志に向ける仲間意識のようなものが自然と芽生るのも致し方がないことだろう。
 もし、相手がいなければ、この状況に耐えられただろうか――そんな思いに駆られることすらある。
 特に、こうやっていくら諫めようとも止まらぬ主達が、殺意を全面に押し出し、周囲をも顧みず暴走している様を眺めていると――。
「Fuck you! I hate you!!」
「おのれ畜生道に堕ちて臓腑を貪られるがいいわッ!!」
 凄まじい剣戟と轟音の合間に聞こえてくる罵り声に、二人は同時に頭を抱えた。異国語と母国語、通じているのか居ないのかわからないが、その言葉の品格の無さは等しく、育ててきた側としてはその言葉の下劣さに情けなくなる。
 そのような言葉を一体どこで覚えてきたのか、と二人は同時に思った。
「あんな子に育てた覚えはないのに……!」
「俺もだ……」
 共に嘆き合いながら、もう何度目か判らない溜息を吐く。その合間にも視線の彼方ではぶつかり合った炎と雷がどごんどごんと爆煙を噴き上げていた。
(ああ、あれでこの土地の持ち主へどれだけの詫び代を支払うことになるんだろうなあ……)
 どれだけの資財があっただろうか、とすでに底をつきかけた財を思い、はああ、と佐助は溜息を吐きながら、小さく洩らした。
「……もういっそ、薬でも盛ってやろうかな」
 ぼそり、とした呟きは低く、爆音にまぎれるはず――だった。
 だが、そんな僅かな声を拾って掬い上げる者がいた。
「本気か」




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……続きは本でお楽しみいただけたら嬉しいです!(>_<)/



あきゅろす。
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