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《ねこのこの・サンプル》

   《 序 》

 状況が飲み込めなかった。
 何が起こっているのか、さっぱり理解できなかった。
 ここはどこだ。
 一体どうなってるんだ。
(俺は)
 ――どうしてこんな姿に?
 呆然としながら、己を抱き上げて柔らかく微笑む男の隻眼を――その隻眼に映り込む茶色の毛玉を見つめながら声にならぬ声で呻く。だが。
 にゃあ。
 呻くと同時に耳に届いた音――鳴き声に、本格的に気を失いそうになった。


(中略)


 奥州と甲斐は天下を巡って対立している。かといって、常に戦闘状態にあるわけではない。時には手を結ぶこともある――といっても古豪である甲斐と新鋭であり独立不羈の気性が強い奥州とは性格が違いすぎて同盟を結んだり共同戦線を張るとまではいかないのだが。しかしながら政宗も幸村も、顔を合わせればその刃を抜き放たなたずにはいられず、周囲の制止が入るまで至宝である六爪と二槍をぶつけ、己と相手の技量を確かめるのが常だった。
 敵対していなくとも相手を凌ぎたい、打ち負かしたいという気持ちや気概は本物なので、繰り出す技は必殺の一撃。それ故、決定的な一打が繰り出される寸前に止められるのが常だが、それに至るまでの真剣勝負は本当に心昂ぶらせてくれる。
「決着をつけられねえのは残念だが、アンタとまた遣り合える機会があるってのは楽しみなもんだぜ」
 六爪を腰の鞘に収めながら政宗がそう言ったことがある。それは幸村とて同意するところだった。
 ――だが。
 彼との関わりはその真剣勝負のみだ。
 それ以外の交流はない。
 だから、彼のことをよく知っているわけではない。
 人づてで耳に入る、極々一般的な情報のみ。
 それを不満に思ったことはなかったが――どこかで物足りなさを覚えていた――と言えなくもない。
(と、思うけれど)
 ――だが、だからといって。
 彼を知りたい、と思わなかったわけではない、とは言っても。
(これは!!)
「なんだ、手足縮込めて。警戒してんのか?」
 ん?と尻上がりの問いかけはやたらと甘く優しげで。その美声と相まって、思わず胸がどきり、としてしまう。
 気の迷いだと思いたいのだが、どきどき、と高鳴りが続いてしまえば、それを事実と認めざるを得ないだろう。
(いや!)
 これは、別に、声にときめいたとかそういうわけではなくて!
 この状況が、あまりに、あんまりだから!!
「なんだ、震えてんじゃねえか」
 ぴるぴる、と揺れる耳の辺りの毛を探るように指先が掻く。こそばゆいのに気持ち良くて、思わず体の力が抜けそうになった。
「ん? ここが好きか?」
 その様子に気を良くしたらしい指は先ほどよりも大胆に動く。強くなった刺激に耳がぴくぴくとしてしまうが、その指に頭をこすりつけて、もっともっと、とねだってしまう。かゆいわけではないが、そこをこすられると何とも心地よいのだ。
 よしよし、と甘い声でささやきながら、指先が掻いてくれる。剣を扱う無骨な武人の指だというのに、その動きはまるで箏の弦を爪弾くように繊細だ。
 ああ、そういえば、政宗殿は楽器も数々嗜むと聞く。
 ならばこの心くすぐられる指も納得いくというものだ。
 指は片耳にかける一本から両耳への二本に増えていた。小さい頭に見合った小さな耳を扱うのには彼の手は大きくて片手で十分らしい。
 無意識にゴロゴロと喉が鳴る。掻く位置の微妙なずれを己が動くことで調整しているうちに、指に飽きたらず手のひらに頭をこすこすとすり付けてしまっていた。


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……続きは本でお楽しみいただけたら嬉しいです!(>_<)/



あきゅろす。
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