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《Monster Carnival#2・サンプル》


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 [昼]と[夜]――二つの顔を持つサーカスでは、求められるエンターテインメント性も異なる。
 より過激で、より刺激的で――
 それは、暇と金を持て余した者たちの傲岸不遜な望み。
 だが、それを叶える為に存在する以上、求めには応じなければならない。
 ――それが、己らの矜恃をへし折ることであろうとも……苦しみを伴うことであろうとも。


「あ、ぐ――うぅ、あ……!」
 ステージの中央で、開かれた天窓から差し込む光を浴びて苦しげな呻きをもらしながら、小さな体がたてるのはぎしぎしと骨を軋ませる音と足と檻へと繋がる足枷の鎖の金属音。
 装飾過多の衣装は舞台の照明には映えるが、その身を覆う布地は少なくて、剥き出しの細い小さな足を食んだ武骨な金具はただでさえ背徳的な雰囲気を醸し出すというのに、檻の中に捕えられた見目の良い子供が苦しむ様は妖しげな退廃の香りすら漂わせ、案の定、観客の目は、苦しみ藻掻く子供の姿に釘付けになっている。
(あさましい)
 苦しむ子供を閉じ込めた檻の傍らに立ちながら、政宗はこみ上げる気持ち悪さに顔をしかめた。
 なんて醜悪だろうか。人の苦しむ様を肴にする者たちの顔というのは。
「あ、あぁああ、あ……」
 だが、人々が目を奪われているのは苦しむ様だけではない。小さな手が骨張り、爪と指が長く伸びる。やわらかそうな肌に筋が浮き、固く引き締まる。変化が顕著になれば、観客のどよめきはいっそう大きくなった。若い女などは悲鳴をあげている。
 ああ、そうだろう。いくら『異能』とはいえ、その身を見る間に成長させる者など今まで見たことも聞いたこともない。
 どよめきの中で、苦しみ喘ぐ子供は頭身が伸びて――一人の青年の姿へと変化していく。
 その不可思議な光景に人々は身を乗り出すようにして魅入っていた。


(中略)


 熱いほとばしりに絶頂の余韻を引きずれば、放出が止めば徐々に夜の冷気と共に理性が火照った体を包み込む。
「…………」
 深く息をつきながら、己の下に組み伏せた肢体を見遣れば、ぐったりとして、政宗の腕に腰を預けたままに上体をベッドに沈めてしまっている。
(トんだか……)
 快感の絶頂はそのまま意識を奪ったらしい。
 政宗の掌中にある幸村の雄はやわらかく垂れ、手に吐き出された灼熱はあっという間にその熱を失ってしまった。
 腰に絡めた腕を抜き、その掌の白濁を見遣れば、それはとろりと流れて手首から肘へと流れ出す。
(……なんで)
 ――幸村が吐いたそれに、嫌悪感はなかった。
 それよりも当惑するのは、その事実とこの情況に至った衝動と得た快楽だ。
 政宗はその美貌故に女性と関係することは多かった。『夜』のサーカスを観て興奮した女性客から声をかけられ、そのまま事に至ることも少なくなかった。サーカスの観客にはそういうアバンチュールを望む者も少なからずいる。それに応えるのもサーカスの一芸――仕事の内でもある。
 元親など「俺たちは売春婦じゃねえ」と拒むが、政宗は特に拒むこともなく応じてきた。
 己らを下賤と虐げる者たちが、己に跨がり快楽に耽る様はいささか滑稽だった。
 ――だが、今は全く違う。
 貪り尽くしたいと、体の奥底から沸き上がる欲求が抑えられなかった。



(中略)



「最近、放火が流行ってるらしいぜ」
 舞台の上で柔軟体操をしながら元親が声をかけてきた。
「へえ……」
 サーカスの団員は、あまり外と交流がない。松永によって買われてきた者ばかりで、自由に出入りができないからだ。
 しかし元親は特殊な境遇で、舞台の予定がなければ好きに街に繰り出すことが出来た。
 外界に切り離された孤島のようなサーカスの中で、元親は一種の接点であり、世間で何が流行っているのか、巷の話題はなんなのか――そういった情報は主に元親によって仕入れられていた。
 なので、元親が街の情報を口にするときは、団員たちは自然と耳を傾ける。
 それは政宗も例外ではなかった。
「火事か。やべえな」
「ああ。ここんとこしょっちゅうだ。昨日も焼かれたらしいぜ」
 ターゲットにされるのは普通の家であったり、商家だったり、蔵であったり、ゴミ置き場であったり――幸いにして、今のところ死者こそ出てはいないが、狙い所もなく繰り返されるそれに、取り締まる者たちも手を焼いているらしい。
「随分時期外れで傍迷惑なCamp-fireだぜ……」
「まったくだ。おかげで最近、やたらピリピリしてやがる」
 うんざりとした表情で肩を竦める元親は小さく溜息をもらした。
「じゃあうちも気をつけないとなあ」
 そんな声が団員からあがる。それに元親は頷きを返した。
「まあ、うちは放火するには敷地に入りこまねえとだから、簡単に火はつけられねえだろうけどな」
 このサーカスはテントの傍らに住居施設にあたるトレーナーを複数並べた上に、全体を囲いで囲っている。火を付けやすいのはテントだろうが、トレーナーには人が多く居る上に、多方面の周囲は遮るものも少なく、人目に付きやすい普段から念のために見回りも当番でやっていて、今まで金目当ての泥棒を何度も捕まえたことがあるのだ。
「まあ油断は禁物っていうからな。見回りの回数も増やした方がいいかもしれねえ」
 元親が言うのに、政宗は頷いた。




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……続きは本でお楽しみいただけたら嬉しいです!(>_<)/


あきゅろす。
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