「……」
「……」
「…き、」
「……」
「きゃ―――――!!」


昼下がり、あいにく空はご機嫌斜めで朝の晴れ間は嘘のようだった。
その日遊星は頼まれた修理の仕事に追われ、昼過ぎにようやく一段落ついたところだ。
時間の経過は恐ろしい。そういえば昼食もまだだということに気づく。
ただ残念なことに冷蔵庫は空っぽで、こんな時に限ってインスタントも切らしている。
割と食欲には無頓着な遊星はそこら辺にあった水を飲んで適当にすまそうと考えて軽くのびをした。いってはなんだがしょっちゅうあることだ。
しかしなんといいタイミングなことだろう。
大きな袋を抱えずぶ濡れのアキが現れた。
降り出しに運悪くひっかかったのか傘もない。遊星は急いでタオルを渡すと入れ代わりに持っていた袋を渡された。

「?」
「きっとまた昼食抜いてるんじゃないかと思って。サブレも買ったから後で皆と食べて」
「よく、わかったな」
「そう?普通じゃないかしら」

すっと微笑んだ彼女に遊星は少し罰が悪かった。前にもこういうことがあったせいだろう。
会話をぽつりぽつりしながら水分を拭うアキの髪からはまだずいぶんと水が垂れている。
いつも外側に跳ねた髪はしっとりと伸び、重みを増して肌に張りついていた。
春といえどまだ冷える。遊星は少し待っていろ、そう告げると自分の部屋から適当に服を持ってきてアキに手渡した。

「風邪をひく。風呂場は奥の扉だ」
「ありがとう。パン食べてね」

少し言葉足らずな説明にも不服はないアキは礼をいって風呂場に消えていった。
作業場に香ばしい匂いが漂う。
遊星はありがたくまだ暖かいパンをいただくことにした。
幸い珈琲はあったので合わせて遅めの食事にありつく。
一口入れたとたんに空腹だということを思い知らされた。
徐々に満たされる至福はあっという間になくなって3つあったパンは早々と胃袋へ落ちていった。

珈琲を飲みながら窓の外をみる。
雨はさらに強くなったようであまり人を見かけない。
ジャックはどこへいったか知らないがクロウはそろそろ帰る時間だ。そういえばブルーノはいつの間にいなくなったのだろう。
そんなことをぼんやり考えていると賑やかな声が扉を開けた。

「いやーまいったまいった!すっげー雨強ぇーもんなぁ」
「僕傘持っていったけど夕立みたいだね」
「二人ともおかえり」

噂をすればなんぞや。クロウとブルーノだ。
ブルーノは傘を持っていったがクロウは仕事上傘はあまり意味をなさない。
カッパを着ていたらしいが靴はぐっしょりと濡れている。

「うぇ気持ち悪ぃぜ全く」
「あ、そうだ遊星部品のことなんだけどさ」

ブルーノはどうやら部品関連で出かけていたらしくすぐに遊星にその話をし始める。
ちょうど聞きたいと思っていた内容だったので遊星も何気なく耳を傾けた。元来遊星は話かけられたら返事は薄くとも必ず意識をそちらに集中させる。
そのせいか、最中クロウがつぶやいた独り言には全く気づかなかったのだ。
わざとでは、なくとも。




「え、何、悲鳴!?」
「!」

次の瞬間、家中に声が響き渡った。
おどおどするブルーノはともかく、遊星はすぐにそれが誰のものかわかった。
こういう時頭の回転がいい為かどういう現状なのかもすぐに予想出来る。

「アキ!」
「お、俺わざとじゃ…!」
「いや俺が言いそびれたせいで…!」
「……と、も」
「その、見れるもんなら…じゃなくて!み、見る気なんて」
「そんなことより二人とも早くドアしめて!!」

バタン!
耳を貫く高い声に身を縮こませ、二人は廊下に転がるスリッパやタオルを拾いそそくさと不思議がるブルーノのもとへと帰った。
だいぶ筒抜けだったらしくあの現場に居合わせなかったあたりブルーノはずいぶんと利口である。
対称的にクロウは自分が風呂に入ったわけでもないのに湯気がでるほど顔が火照っていた。
少なくとも遊星が見てしまった時、アキはこちらに背中を向けていてズボンは履いていた。
ただ前は勿論隠していたが背中は、まっさらそのものだった。

「クロウが…悪いと思うよ僕は」
「まさか居るなんて思わなかったんだよ!わざとじゃねぇ!!」
「でも結果的に見てしまったんだし…」
「見て…!見……」
「ちょっ!鼻血出てるよ!?」

クロウの中で、3分前の光景がフラッシュバックしたらしい。
申し訳ないであろう気持ちと運良く遭遇した得(?)が入り交じったなんとも複雑な表情である。

「ゆーせー!」
「こんにちわ」

そんなことをいい合いしたのち、また来客だ。今日はずいぶんと来客が多い。
午前授業だけだったアキと違い午後授業を終え制服姿の龍亞と龍可が訪れた。
二人の持つ傘はぬれていたが外はいつの間にか雨があがっている。

「遊びにきたぜー!遊星デュエルしようぜ!!」
「もう龍亞ったら」
「あれ?遊星どうしたのすんげー顔怖いけど…」
「別に。何でもない」
「なんだぁ?遊星がそんなんなんて珍しーなぁ」
「……クロウ」


そして気がつけば空は赤く夕暮れを迎えていた。
小さな水溜まりに虹が、かかって。




*

22/2/18







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