深夜一時、町のネオンはまだ光々輝いていて生温い風だけは辺りを揺らす。
人混みも途絶えた道を切って本日も午前サマ。
バーで飲み潰してきて頬は熱いが素面は保たれている。
キーケースからそのままマンションの鍵を取り出して仮住まいに到着・と思ったつかの間。
目をこらした先、高級大理石のエントランスににつかわしくない背中の塊がある。
顔をうつむいていても垢抜ける金髪はすぐに隠せない。

「城之、内?」

まさか。なんで。舞は口に出すよりも早くソレに近づいて揺さ振る。
もしこれがただの人違いだったら単なる赤っ恥だ。
昔の自分ならきっと顔見知りだろうが何だろうが関係ない。問答無用で見てみぬふりを決め込んだはず。
変わったなぁ色々あたしも。

「あ…」
「やっぱり。ちょ、アンタこんな時間に何してるのよ?今何時かわかってんの?」

それでもゆっくりと見上げるのは捨てられた仔犬の目をした城之内。とりあえず意識があることには安堵の息がもれる。
しかし深夜帰りをした身ではあまり説得力もない気がするが、彼はまだ未成年で法に触れれば補導もある。
昔聞いたヤンチャな時期を責めるつもりはないが、すっかり力抜けた顔ではこちらも強く出ざるおえない。

「…喧嘩でもしたの?」
「……」
「黙ってちゃわかんないだろ」
「いてててて!痛ぇって!!」
「元気でた?」
「舞…」

つねった頬をさする城之内の引き上げて背中を一喝する。
じっとりとした目で文句を言いたげな姿はいつもの城之内だ。

「男がいつでもなよなよすんな!ほら!」
「え、?」
「いつまでつったってんの。家帰りたくないんじゃないの?」
「そうだけど……って、へ?」

一息おいてマヌケな声を出す城之内になんらお構い無く舞はさっさと自動扉の中に消えてゆくもんだから反射的に城之内もへっぴり腰で後ろを追い掛けた。
綺麗なオ姉サンに続くだけの少年とは何とも情けない構図である。
それでも幸なことにマンションの住居人とはスレ違わなかったことは唯一の救いだったのかもしれない。
だが無駄にだだっ広い室内に通された時の少年は、期待半分不安半分という実にわかりやすい表情。
勿論、早々と気が付いた彼女は腹を抱えて笑い飛ばすのも無理はない。

「もーやだ…っぷぷ、城之内ったら…!おかしったらありゃしないよ!くくくっ」
「わ、笑いすぎだっつーの!」
「まぁそんなことより座ったらどう少年」
「……」
「どうぞ?」

すっかり、男としての立場がない。肩書きは一応オトコなのだが。
目に入るガラステーブルにおかれた香水にくらくらとなってしまいそうだ。
完全にペースをのまれては今だに口元に笑みを浮かべる舞に正座をしていたのがますます馬鹿らしくなって、結局城之内は普段どおり胡坐をかく。
なるべく平常心であることを願い。

「てかさ、アンタあたしが帰って来なかったらどうするつもりだったんだい。ま、こんな夜中に遠慮なく誰かしこお構い無く家に行く神経は持ち合わせてなかったことには安心した」

冷蔵庫から取り出した缶ジュースは弧を描いて城之内うちの手元へと落ちた。
改めて彼女は問い詰めるタイミングが唐突でズルいと思う。
頭に血が昇りそうな気分は落ち着きを取り戻したがざわざわと残る心は消えないまま。

「何も、聞かねぇのか?」
「親父さんだろ?生憎私には両親がいないかわわからなくってね。ただアンタはまだまだ餓鬼だし一人前にもなっていない。どうするかは自分で考えな」

時々舞がとても大人で自分がひどく子供な気がする。
些細なことで拳を奮って声を張り上げて考えることを放棄する。
拳を奮うことは簡単でも理解することはとても難しい。だからこうして何度も繰り返すんだけど。

「さんきゅな、舞」
「ん。」

ただ微笑を向ける舞に城之内はくすぐったさを覚える。
何故かはわからない、それが温かい気持ちになるのは確かということだけで。
かえりなくない、という気持ちが左右する。

「……俺帰るわ」
「泊まってかないの?」
「え゛?」
「やだ城之内ったら顔真っ赤!!かわいーなぁ」
「か、からかうな!」
「仕方がない送ってってあげるわ」
「な、いいってお前の方が危ねぇだろ!」
「何だって?」
「ちょ、ギブ!ギブギブギブギブ!!くるし……ぐぇ!!」
「アンタが虚勢を張るにはまだまだってことよ。ふふ、精々私を送れるくらいになってからいいなさい」
「…ハイ」
「アタシは高いわよ」


そして自分より小柄な彼女を前に城之内は苦笑して、夜の星空の下を二人で抜けていった。






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H22/2/4






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