※京介くん




「ふんふんふ〜ん」

鼻歌を奏でながら上機嫌に動く手にはクレヨン。
画用紙いっぱいに少年の世界はひろがる。


「鬼柳、それは?」
「あ!ゆーせいかっこいいだろ!さいきんゆめのなかによくでてくるんだぜ」

珍しく京介が一人遊びに没頭していたので、手の空いた遊星はその隙に洗濯物を物干し竿から室内に移し終えた時だった。
聞き慣れた歌を耳に、あまりにもふいに視界に入るカレンダーの月は12。
世間ではもうすぐクリスマスだ。

「クリスマス、か」
「くすります!さんたのおっさん!さんたー!」
「鬼柳、おっさんはかわいそうだ」
「はやくこねぇかなー!ケーキにほねつきにくたべてからの〜ぷれぜんとーぷれぜんとー!!」
「…ちなみにプレゼントは何が欲しいんだ?」
「ぬいぐるみ!」

そう。クリスマスといえばチキンもといご馳走にワンホールケーキ、光輝くイルミネーション。さまざまなものが連想させる中で一際別格なのはプレゼントだ。
まだ幼い京介とて例外ではない。
しかし、そんな意気揚々と京介がいいはなったご所望のものは遊星の予想をはるかに凌駕させるには十分だった。
てっきりいつもノリノリで見ていた戦隊物の変身ベルトかと思い確認の意味をこめさりげなく問いただしてみたのだが、見事に的外れな答えがかえってきて遊星は顔にはださないが内心少しだけ慌てた。

「どうして、また」
「んー、ほしいものいっぱいあるけどジャックにいえばかってくれるし!オレ、こいつのぬいぐるみがいいなぁ!」
「?この黒い…」
「そ!コカパクアプってなまえなんだぜ!」

バっと画用紙を遊星の目の前にかかげると得意気に語りだす京介はいつになく楽しそうだ。
それはいつもなら目ざとく3時のおやつの時間になれば5分前からスタンバイをしているほどのに、今日は5分遅れでようやく中断するほどの熱の込めようだ。
だが今度はおやつのホットケーキにくらいつくのに夢中で早々と話は切り替わったが、その様子を見つめ傍らで聞いていた遊星は、一方でまた自分の知らない間に物を買い与えていたジャックに静かなる怒気を微笑の裏にかかげた。



「と、いうわけなんだが」
「んんー…?」

夜もふけ、騒がしい京介がようやく寝静まったころにクロウは栄養の偏ってそうな二人の食事に気を使ったおかずを持ち、遊星の家に訪れていた。
バイト帰りのクロウに差し出したお茶は彼の喉を潤したが、頭はどうにも捻らせて首を傾げる。
一部始終を聞きながら京介自慢の画用紙いっぱいに描かれた問題の絵を端から端に目にやった。
遊星は次にクロウがいいたいことがとてもよくわかる。

「なんつーか…、いやこれ…何だ?」
「本人は大きくてかっこいいとしかいわないからな…、多分巨人か何かだと思う。…多分」
「多分、ねぇ…」

飲み干したコップを机におき、さらにまじまじと見返したその絵は子供心にしたら大変よくかけていた。
豪快に着彩されすぎたせいか所々に手垢がついており京介の力作具合を物語っている。
だが・それとこれとは別。
力作といえど子供の画力だけではそのものの細部までは残念ながら読み取れない。
京介オリジナルであろうそれの正確な完成形は京介の頭の中だけだ。
あれから増えた数枚の絵も角度は全部同じなだけにこれらを資料にぬいぐるみを作れ、ということは正直無謀だとしかいいようがなかった。

「無理か?」
「つったってなぁ…」

遊星の珍しく上目で不安な瞳は唸るクロウの良心にゆっくりと突き刺さった。
そりゃあできるならクロウだって京介の願いを叶えてあげたい。
明らかに既製品でないのだから自作する他ない。
遊星は裁縫する技術はおろか、この絵から型紙を展開出来る発想力がない。
当たり前といえば当たり前だ。 それを唯一こなせれるのが器用なクロウだけなのだから、彼が出来ないのならこのサプライズは必然的に企画倒れに終わる運命だ。
頼られる責任を拭えないのが悲しきかなクロウという人間である。
それが例え無謀であっても彼はトライをせずにはいられない性格の持ち主だ。

「あー!考えたって仕方ねぇ!!とりあえずやれるだけのことはやってみるわ」
「!ありがとうクロウ」
「いいってことよ。とりあえずコイツの情報入ったらまたすぐに教えてくれ」
「ああ、連絡をいれる」
「で、ジャックにはゆっとくか?」

なんとか意見が固まったところでほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、遊星は出された名前にぴくりと反応をする。
今日もまた連絡がつかなかったジャックはバイトもせずにどこをほっつき歩いているのか、生きていく上での危機感の欠片もない。
そのくせ仲間にいれないと文句をたれるのだからときどき面倒である。
普段わりに寛大な遊星も意外と薄情な面を持ち合わせているので前科があるジャックに今さらながら容赦はない。

「あいつはお喋りがすぎる。しばらくは黙っておこう」
「違いねぇな。秘密を盛大にばらしかねぇもんだ」

「ぶぇくしっ!!」
「だ、大丈夫ジャック?」
「ふっ…、誰かが俺について語っているのならば仕方あるまい」

そんな噂をされているとはつゆしらず、悠々と頼んだブルーアイズマウンテンを口にしているジャックは遠く離れた場所で同じようにクリスマスソングをBGMに呑気なものだった。



そして迎えたクリスマス当日。


「ゆーせいゆーせいゆーせいゆーせい!!!」

寒くなってからはいつもぐずついて中々布団から出てこないというのに、今日は朝一で飛び起きてきた京介の頭には寝癖がくっきりと残っていた。

「おはよう鬼柳、どうしたんだ?」

一体いつ寝ているのかがわからないことが定評な遊星はすでに身支度を終え、昨夜のクリスマスパーティーの片付けの合間で朝食の準備にいそしんでいた。

「アプがオレんちに!オレのとなりでねてた!!!サンタがオレにアプをくれた!!」
「よかったな鬼柳」
「おう!」

興奮がさめぬまま抱っこして連れてきた念願の巨大ぬいぐるみをさらにぎゅーっと抱きしめる京介は幸せな笑顔に満ちていた。
もはやパジャマを着替えることすらせず一生懸命ぬいぐるみの手足を動かしては夢中で喋りかけている。
その純真で微笑ましい光景を目の当たりにして遊星は思わず緩んだ口許をに手をあてた。
若いながらも京介を育てる中で苦労が多い反面、こうしたことが素直に嬉しい。
少なくとも親心を抱いている彼には拭いようのない喜びだ。

「はは、よかったな鬼柳」
「フン、忙しい中来たサンタとやらに感謝するんだな」

そしてまたここにも二人、ソファーにてそれらを見守っていたクロウやジャックも似た胸中だ。
色々な約束を蹴って、昨夜から泊まり込みでクリスマスパーティーを盛り上げたし、散々悪態をつくジャックの手にもいくつもの絆創膏がはられていたことが彼なりの努力を物語っている。
まぁ始めはハブにされてはいたが。

「ゆーせいありがとう!クロウありがとう!ついでにジャックもありがとう!」
「ああ」
「おー!」
「ついで呼ばわりするな!」
「やっとまんぞくできたぜ!」
「それはよかったな」
「よーし!じばくしんごっこするぜ!!」
「は?」
「こうらいせよ!コカパクアプ!」

窓の外はいつの間にか雪がちらついて、部屋の温もりを彩るようだ。
クリスマスツリーのイルミネーションは光り、賑やかな声が響いた。



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25/12/21







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