遊星は、鬼柳と一本の櫻の木を見上げていた。

鬼柳は笑った。
その鋭さを持っていた昔と比べずいぶんと穏やかで温かみを生むことができるようになった笑みだ。
時折、遊星は昔を思い返す。
出会って間もない頃から、変わってしまった鬼柳京介という人間が如何に自分を魅了していたかを。
言葉では言い表せない、人を引き付ける何かを持っていてそれに惹かれ背中を追い掛けていた幼い自分の陽炎を薄ぼんやりとした中で目を細め捕らえる。
今の彼は硝子の煤がとれたように繊細で透き通る志を胸にしていた。
それが嬉しくも少しだけ残念だと思ったことを長く伸びた髪を揺らしながら言葉を紡ぐ鬼柳は知らない。
最近行方不明者が多いと聞いたことを鬼柳は口にした。世の中物騒になったよな、俺達も物騒だったけど。悲しげな瞳をして懐かしむ彼はそれでもすぐに思いだしたようにまた新たな話題を遊星にふった。
相槌をうちながら尽きない話を聞くことが好きだ。
遊星は鬼柳といる時でも自ら話題を思い返すことが少ない。
長年、友をしてきた彼は遊星にとっては空気に等しい。
言葉を紡がなくとも隣に心地好い空間を鬼柳はくれる。彼もまたそういった。
遊星とは違うニュアンスだったことも、遊星にとっては何の意味もないと理解していたのでそれは最高の賛辞として頂戴した。


遊星は思った。
鬼柳に謝らなければならないことがあるならば、彼が先程から揚々に語る櫻の木にまつわる話について。
櫻並木道から外れ、一本だけ咲き乱れた巨木。その下で見上げた櫻はまだ6分咲きだ。
満開を誇る他の櫻に遅れたそれが、例えばもう少しだけ紅く染まるにはどうしたらいいか?どこからか得た情報により鬼柳は悪戯にそれを笑う。
死体を埋めて紅く染まる櫻の話。
人間のように熱を持つ櫻になるだろう。
鬼柳は命無き樹に温かみを求め、弱く妖しく瞳に色を宿す。それは昔のまま黄金に影が戻る刹那だった。
息を呑む。それは驚くほど短い時の中で彼を彩るには長い刹那。
犠牲を厭わないと笑う、幼い過去の記憶に生きる鬼柳の影は遊星に身震いを与えた。
声をだそうとして、それは詰まらせてしまう。苦く眉をしかめ戯れ事だと謝った彼の優しい眼差しによって。
やはり彼は変わってしまった。
風が揺らめいて流れ落ちる花弁は薄く儚いわずかな紅色を持つ。
時間がない。逃せばまた季節を超えて彼はひっそりと待ち望むだろうか。
どうやらこの桜の木の下に埋まる養分だけでは彼の望む紅色に染め上げることが出来なかったようだ。

「悪い遊星、言ってみたかっただけかもな」

違う。遊星は言いかけた言葉をしまった。
まだ足らないのだろうか。
一体、あと何人埋まればその身は赤く染まるだろう?
遊星は思いふける。
心配な面持ちで自分を呼ぶ彼の願いを叶え微笑みを宿す方が早いか、この櫻が朽ちるのが早いのか。
遊星は絶対的な自信があった。
彼が、望むなら。

「行こう鬼柳、皆が待ってる」

彼が求める紅色に染まるまで爪に染み込んだ赤は何度となく洗われ続けるだろう。




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23/6/15






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