思えばあいつは白雪よりも白く、凍てつくように鋭くまた脆く、儚かった。


アスファルトを蹴る脚は鈍さを増して首に巻いたマフラーに口元をまた埋めた。
吐息は凍えるほど白く浮き上がり身をさする零度の空気は体の自由を支配してゆく。
まっさらな道の途中で誰かの足跡に重なるとほんの少し安堵がある。
その夜空の下忙しなくゆくのは自分だけじゃなかったと。
ポケットにいれた指先が感覚の緩みを知らせる。
早く、帰らなくちゃ。
揺れる髪が針のように頬を突き刺した。
街灯に照らされた影は黒く、しんしんと今なお閉ざされたこの世界は孤独。それでも優しい。
鼻をすすって踵に力を込めた。

ああ、逢いたい。
誰に?わからない、でもきっと誰かに逢いたい。
寂しい道の真ん中でそんなことを考えて頬がゆるんだ。
もう少しで家族の待つ暖かいところへ帰れる。だからきっと気持ちが急かしてる。
ポケットの中で握り締めた携帯がひどく熱を奪うんだ。

「あ、」

それなのに足元から顔を上げた時、その思いを見抜かれたのかと思った。
曲がり角で交差してきたのは雪よりも無機質な白。風にゆるやかになびいた髪。
ゆっくりと振り返った双眸に足を、止めてしまった。
言葉が詰まる顔を見られた。
重なり合う視線はそのままで口元がいやらしく釣り上がる。この光景がデジャヴだった。
鼻で笑う仕草はどこか焦燥がつのって、でも何も口にしなくて。

「よォ」

もの言わぬ相手にお構い無く、こいつは声を空気に震わせる。
ああ、やっぱり。彼を期待して裏切られたはずがこうなることを何故か当たり前のようにとらえていた自分がいる。
姿ではなく、存在が。彼ではなく奴そのもののような気がして。

「何だァ?俺様にはご挨拶もなしってか、杏子」
「…また獏良くんの体で何してるのよ」
「宿主がこんな夜更けにシュークリームが食べたいだとかでコンビニ行くついでに“借りた”までよ」

時々、こうして入れ替わるこいつにどうしてか構えることを覚えた。
隙につけこんでくる口達者だけじゃなくて私はこいつそのものが苦手だった。
優しくて穏やかな彼とは違い、無礼で高飛車の破天荒をあわらしていてつまりは逆なのだ。
そのくせどこか気に入られているのかやたらと逢うことが増えて一体何がしたいのか、今日こそは確かめたかった。

「杏子」
「気安くよばないで」
「杏子」
「…、な」

一歩が近づいてくる。
さくっ、さくっ、
音を出して距離が殺される、鋭い眼差しがすぐそばに。
きゅっと心臓が痛んで頬に熱がにじみだす。
近づくものだから後退ったら腕を捕まれた。
咄嗟が全て一瞬すぎて眩暈がする、真っ直ぐに強くもう一度呟かれた名前がひどく切なく思う。バカみたいだ。
なんでこんな、

「、何なのよ」
「いいねェその目。お前が返事しねぇから俺様がわざわざ来てやったぜ」
「…もういいでしょ!さっさと獏良くんに返しなさい!!」
「ヤダね。どうしようが俺様の勝手だ」

不意に近づいた吐息が顔をかすめた時、舞い降りる雪がその白い髪に溶けていった。
まばたきする間が足りなくて強く引きはがれて拳をかざした時、目を細めたこいつはもういなかった。
開眼された瞳に移るのは幼い目。そこにはいつもの見慣れた彼。

「あれー?僕…コンビニの途中だったんだけど…なんでだっけ?」
「、」
「ん、杏子ちゃん?どうしたの」
「なんでもない、じゃあね獏良くん」
「?うん」

彼のもとから逃げるように過ぎてゆく。
全てはあなたのせいじゃないけれど、この騒めく鼓動を知りたくないから。
あのさみしそうな白を思い出してしまう雪道が私は嫌いになった。


『お前に逢いに来た』

声も瞳も髪も同じなのに、離れない言葉がいつまでも響いて胸が熱かった。





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