砂に混じる血の匂いが鼻をつく。
無機質な空き部屋でくぐもった声を震わせて肌に擦れ合う時、いつもざらついた砂が滑りの邪魔をした。
傷口を舐める女の舌は粘液でねっとりして掻き毟るように化膿し麻痺するソレ。
汗ばんだ背筋の傷痕が疼いては喉元に噛み付き欲望を裂いて弓張りのごとくしなる女の腰を持て余し果てた。
滲む生暖かな赤はいつでも興奮と安堵を与える。

生まれてから今までまるで快楽の為に生きてきた。
欲望にまどろむそれらを孕み食いつき吐き出して、恍惚は募る一方。それを得て腐乱に漂う屍を蹴り歩く。
一度伏せれば甦るおぞましき記憶の残骸は冷えることもなく増幅しいつしか彩色はにび色となった。
生は死か。死は生となる。
今も尚、修羅はただ妖しく笑う。


「女ァ」

滴る返り血を拭い進む中、通り過ぎるには朧げで儚い影が場違いなほどくっきりと在る。
止まることで身をひそめた肢体は暗がりの中でも青白く浮き上がっていた。
真夜中の砂漠で凍えるは身だけではない。それが死を写す牢なら尚更に。
脅えたその瞳、それは鮮やかな紺碧で貫く眼差しとなりどの宝物や黄金よりも強い光を放つことがにわかに込み上げ失笑となる。

「てめぇは逃げる気もねぇのか」

ただひっそりと静寂を保つことは呼吸をするにも在り処を示す。
それほど桎梏に繋がれた女は存在をかすめていながら確かに存在した。
嗚呼、一縷の可能性などに期待し焦がれているか。皆無だということに気づけぬわけでもないだろう。
浅はかな行動を選ばずにいる利口と愚かさはそれを物語っていた。
見下ろす先の女は痩せ切った足で枷を動かすことも外すこともできず困惑と恐怖を宿した蒼の瞳で目先に彩る鮮血を見つめた。

「この口は黙る為にあんのか?アア?」
「っ、!」

男は詰め寄った鉄格子の間から女の顎を掴み引くと息かかる距離があらわとなる。
自身に血生臭い腐敗臭がまとわりつく中で女にはそれすらも狂わす糧となるほど真っさらで無知を語る。
ひどく胸自棄を起こす希望と破滅を混ぜた眼球の色彩は同時に命を請う覚悟ではなく、死を追う覚悟を秘めたもの。
肌をまとう白き異色、それ故か。
男は一つの持論を描いた。

「一つ聞かせろ。てめぇならいつでも死の覚悟があるだろうに何故生きる。何故まだ生きようと思う」

単純に女を動かすもの何か、戯れに好奇は煽る。
死の覚悟をして尚、生きる覚悟は矛盾の巣窟だ。
汚れた欲望を晒せばいい。
醜い本能に従えばいい。
運命を呪い怨めばいい。
生きるとはそれですなわち死ぬことはつまり敗者の血路だった。

「……た、めに」
「ハァ?」
「一度、亡くした命に…再び光を与えて下さったあの方に、逢う、ために」

ぬるりとした指先の歪力にも屈せず女の声は弱く囁かれた。
飢えた男の視線を貫いて唇を噛み締めて。
循環はとうに冷めた。望みは失せた、それでもなおこの女は馳せた。
不意に沸き上がるこの高揚はなんだ?
渇いた空気が男の笑みを吸い牢獄にくちなわの目が妖しく光る。
女は全身を震わせた。咄嗟に見を引いて体を抱きわずかに後方へ下がる。
男が腰から抜いた鋭利な切っ先が月明かりににぶく煌めくと同時、女を繋ぐ枷に短剣は突き刺さる。
声にする間も与えない。力任せに二、三前後すると、もとより老朽化していたそれはなんなく破壊された。
つまり女は自由は易々と与えられた。

「どう、して……」
「さァな」
「っ、待って!」
「聞きてぇならそうだな、精々くたばる前に聞きにこい。だが次会う時――」


「そん時は俺がてめぇのその眼をえぐる時だ」

血色のくちなわが眼は生殺し。
蒼が眼は鱗をまとい水面に揺れる。


是、いにしえの物語。







*

王様がバクラと出会う以前、牢獄繋がりで出会ってたらいいなという捏造。


H22/12/27





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