壮大で物静かな闇に染まる海原をただ小さな豪華客船という名の浮ついた箱庭で過ごしていたあの日々。
象徴する眩暈のシャンデリア、着飾ったドレスコード、飛び交う世辞と虚勢の誘い文句にいつも反吐がでた。
積み上がるチップに舞い踊る名声、汚れる欲望のシーツは紙一重。
自分を彩るけばけばしいルージュと数多の香水があれば夜は途端に始まる。
カードは何もしらない。
そっと欺きをかけて罪の道具となる。
そして私は人を嫌うようになった。


「今日、7時な!」

唐突に鳴った唐突な約束のあと、奴は慌ててことの成り行きをアタフタめいて後付けをする。
あんなにも人が嫌いになって、いつからかこんなにも人を嫌いじゃなくなった。
不思議とそうなってしまったのはもう覚えがない。平凡が普通になった。
常に無茶苦茶で一生懸命なその背中は可笑しくて可愛くて、けれど逞しい。
消えない笑い声に叱られて気づいたら電話ごしの会話はいつも長くなる。
城之内は釘を指すように待ち合わせ場所を言い切って電話を切った。

それから時間までなぜだかとても長く感じた気がする。
カフェにいって色んな店に入ってやることもなくなって車を走らせて、ああ何をしていたかも思い出せない。
何度も携帯を開きディスプレイを見て閉じて。
それから一番最後に行ったのは海だった。
人気もない海風に髪を揺らし頬を冷ます。
ただぼんやりと太陽の沈む水平線を見つめた。
昔、何度も見た日の入りも日の出も今ほど穏やかに見れはしなかった気がする。
なぜだろう、もう私の居場所はここじゃなかった。
ずっと探し見つけたものはとっくに変わっていたのだろうか。

待ち合わせの時間になると携帯が忙しなく呼んだ。
遅れる・ごめん、機械を介しても目に浮かぶ姿勢で謝る城之内。
笑ってベンチに腰掛けて、それからしばらくすると目の前で城之内は肩で息をしながら顔の前に両手をついて謝った。
そして奴は私に一つのひしゃべた紙袋を渡した。懸命に急いだ結果がこれらしい。
ひどく罰が悪そうだったが瞳は真剣そのものだったから特別に許す、そう丁重に受け取って中身を袋から出してリボンに手をかけた。
重なる包装紙が一枚、また一枚と抜きとられる姿に城之内は段々と言葉をなくして緊張が顔にあらわれた。
ようやく最後の砦を越えてお目通しの叶った外箱に触れた時、私は手が止まる。
それは見覚えのある、ブランド名を刻印したブルーの外箱。
懐かしむように指でそっとなぞり中身を取り出した。
あの頃の記憶がよみがえる。
あれ程使い込んでいた鮮やかな色身は今なお時々鏡の中にいる自分に塗られている錯覚を引き起こす。
最後の航海、下りる時にそれこそ海の藻屑となるよう投げ捨てたそれから今手元に持つフォルムは皮肉にも相変わらず妙にしっくりと馴染んでいる。

「?」

しかし、馴染まないことが一つ。
記憶にない凹凸に疑問を抱き反対の面を回転させ現れたもの。
筆記体で端麗にキャップへ刻まれた名は紛れも無く自分の名だった。
ゆっくりと息を忘れキャップを取り外し繰り出すと、中から垣間見せたのは柔らかで淡い・優しいピンクのルージュ。
初めて自分で買った時、目についた色。でも買ったのはみるからに華美なヴィヴィッドなピンクで一度たりとも手にしたことがない色だった。
謙遜した何より強く生きるには不必要な色だったから。

これがあの頃何より望んでいたことなのかもしれない。
派手や贅沢じゃなくていい。
寒空の公園でムードもディナーもへったくれもない。
今も耳まで真っ赤にして、一体どれだけ恥じらいを堪え買ったかわからない、なけなしのたった一本のルージュに私は涙が出るほど幸せを感じた。








*

トパーズの語源はギリシャ語で『探し求める』
11月の誕生石で石言葉は『誠実』

22/12/16




あきゅろす。
無料HPエムペ!