現パロ



胃が痛い。
シンプル且つ率直な結論に頭を悩ますことなく鬼柳は寝そべりながらずるずると携帯を引っ張りだした。
短縮1でコール。早くでろでろでろでろ。
呪文のように唸る鬼柳の期待を裏切って長らく15コールを迎え電話の主はようやく電話越しに現れた。

「遅ぇ…!」
「うるせぇこの暇人が!」
「クロウ、豚キムチが食いたい」
「はぁ?ならどっかの店行って食ってこい」
「クロウが作ったやつがいい」
「知るか!!俺はバイト中なんだいい加減にしろてめぇは!」
「腹が痛くてうごきたくない」
「はぁ!?ますます意味わかんねぇ!そんな奴が豚キムチ食いたいとかぬかすな!!切る」
「ちょ、待っ…俺を裏切るのか!?クロ、この…裏切りものおぉおおお!!」

ツーッツーッ。
薄情にもブッツリと切られたことによって鬼柳の声は窓が裂けるくらい叫び通された。
これはすなわち痛みを刺激するだけである。
怒りにわなわなと身を震わせた鬼柳はそのまま握り締めた携帯の電話帳を3秒で開き、クロウに向けてメールを打つ。
簡潔一行『裏切りものぉおおお!』
連続で20件ほど送りつけたのちワンギリを同じく20回程したところで彼は怒りをあらわに鼻で笑い飛ばし満足した。
こうした地味な嫌がらせをすることが鬼柳は何より至福であり残念なのは彼自身嫌がらせと自覚がないところである。

ところで。鬼柳は前のことなどもうざっくりと捨て去り、次なるターゲットへ短縮2を早々に押して電話をかけた。素早い切り替えである。
膨れっ面で床を転がった時、ちょうど持ち主の声が聞こえた。
コールは先ほどよりも短く8コールだったがそれでも鬼柳は不満を隠せない。

「何だ」
「…ジャックじゃなぁ」
「何だと聞いている!」
「別にー」
「貴様…用もないのに電話をかけてきたのか!?」
「あーうるせぇなあ、別にいいだろ内容ワスレター」
「!!?くだらないことで俺をいちいち巻き込むなこの疫病神が!!」
「!俺だってもうお前なんかに用はねぇ!消え・失せろ!」
「き、貴様ぁあああ!!」

ブチッ。
音が割れるほどの声を容赦なく遮断しても今度は逆にジャックの声が耳元で聞こえてくるようだ。
ころころ無駄に床を転がって鬼柳は携帯をぽいっと投げ捨てた。
一体何の為にかけたのか、それさえも定かではないやりとりに巻き込まれたジャックはもう不運としかいいようがない。
そもそも料理の出来ないジャックに求めた事が間違いだということに気づいていない鬼柳は眉を顰めながらふまんぞくだーふまんぞくだー、と床に突っ伏した。
しかし、この鬼柳を唯一扱える短縮0の彼は一体どこにいったのだろうか?
その彼の携帯が机の上に置き去りにされていなかったら帰宅催促のコールを連続で出来たのに本人が持っていかなければ何の意味もない。

「ゆーせー」

そして唸るようにつぶやいた名は子供が母親を呼ぶ姿によく似ていた。
同じ中学に通い、気がしれた仲になった三人の中で特に親しい友人は高校に入ってすっかり落ち着いてしまい巧い世渡り方法を見つけたらしい。他の二人もだ。(一人はまだニートのヒモだからそうでもないようだが)
そうなっては疎外ではないが何となく取り残された気分は否めない。
普段あれだけ無茶苦茶をする空気も読めない読まない鬼柳も、実は単に人一倍寂しがりやで感情に素直過ぎるだけだ。
その姿は小さな子供のようにどこか純粋だった。
語学力が長けているどうこうではなく精神・的に。

「ゆぅーせぇええ!」
「鬼柳…頼むから大人しくしてくれ」
「遊星!!」

この世の終わりじみた陰気くさい空気をぶち壊す存在がようやく帰宅し、しょげていた鬼柳の顔にぱぁっと笑顔が戻る。
買い物袋を抱えたこの部屋の主はまず下げすぎた冷房の温度を上げることから始める。
鬼柳に留守番を任せると大抵はテレビ・電気のつけっぱなしが常なので厳重注意をしていくのだが今日はこちらをいい忘れていたらしく寒過ぎる室内で平然と転がる奴に遊星は無表情ながらも白い目を向けた。
そういえばその遊星に買い物袋が似合わないといったのはジャックが一番初めだった。
それほど遊星には庶民的なエコバックが似合わなさすぎるし、クロウは逆に似合いすぎる。
鬼柳は遊星の白い目なんか全く気づきもせずエコバックの中身に興味を向ける。

「遅ぇーよ!腹が減った!腹が減りすぎて腹と背中がくっつく!!つか腹減りすぎて腹が痛い!だが食べれば戻る!腹が減ったああ!」

鬼柳の無意味な叫びはこれでもかと一人暮らしの薄壁のアパート一室に響きわたる。
鬼柳に自粛という言葉はない。自由に生きてきた、だから時々残念だ。
それを遊星は出会った頃から重々承知のはずだが、時折こう思慮深くなっていただきたいものだとため息をそっとつく。
が、言っても聞かない質の人間は言わないだけ無意味だということをまだ遊星は悟れない。

「ちょうど昼ご飯を買ってきた」
「おっ!マジで!?」

それでもそれなりに十分寛大な遊星から鬼柳は意気揚々と昼ご飯と称されたあるものを受け取り、それを認識するとその表情はピシリと固った。

「……何だよこれ」
「見て分からないのか」
「見りゃわかるぜ!!だが何だ!?これが…!これが…昼め…し……」
「?そうだが」

すがる目線で投げ掛けたのも虚しく、遊星は不思議だといわんばかりに小首を傾げた。
今までと立場が逆転になった、というのが正しいだろう。
遊星は無垢の瞳を、ただ開いた口も塞がらない鬼柳に投げ掛けた。




「おーい飯くったかよー、ったく結局来ちまう俺もなぁ……」
「クローーーーウ!!!遊星が俺を殺す気だ!」
「!!?ちょ、お、おい!」
「これを見ろ!見たか!?見たな!!?これは何だゼリーだよなァ!?世間でいう流動食で栄養価の高いゼリーだ、しかしこんなゼリーで俺の胃袋を満足させるだと!!?遊星が俺を餓死させやがる…!!」
「は、はぁ?」
「俺が悪かった!マジで俺が悪かったから!俺が悪い!!謝る!謝るから何でもいい飯を…とにかく作ってくれぇええ!!」
「……」
「…クロウ」

なんやかんやで気になってバイトを切り上げてきたクロウは食材を片手に遊星のアパートを訪れたのだが、己の分析力の鋭さと運の無さを思わず呪うはめになった。
鬼柳は案の定この有様だし、遊星はどうしたもんかと視線をくらわしてくるし、何故この二人は昔から食に対する意識が恐ろしく疎いのだろう。
改めて呆れ返ることも嫌になる。

「お前等そこ座れ!!いつもいってるだろ飯ぐらいきちんと食えって!」
「だから食いた」
「お前は黙ってろ鬼柳!遊星あれだけ飯を食えっつったのに…!!」
「ふんっ」
「……いや、だから」
「昨日もその前もその前もこれだけだったろうが!!ゼリーが駄目なんじゃねぇ!他の栄養あるもんを1日のどっかでくわねぇなら全く意味ねぇよ!お前死ぬぞ!」
「そうだぞ遊星!死ぬな!」
「鬼柳お前もだ!偏食化のくせにアレ食いたいコレ食いたい、しまいにゃアレ作れコレ作れだと!?」
「クロウ、眉間にシワー」
「勝手にくたばれ大バカ野郎!遊星は食う意識を持て!わかったか!!」
「あ、ああ」
「ちぇー遊星には甘いよなクロウは」
「よしお前餓死するか」
「嘘ですごめんなさいクロウ様」
「すまない、クロウ」
「はぁ……」

こうして、クロウのありがたいお言葉を頂戴して二人は果たして少しは懲りたものかは実に曖昧である。
そのあと文句をいいに来たジャックも合流すれば口喧嘩は益々ヒートアップする一方で、結局少し遅い昼御飯は久しぶりに騒がしい食卓で囲われたそうだ。

夏休み、彼らの夏は始まったばかり。








*

鬼柳さんを最高にうざくしたかった結果がこれ。
オカンクロウが愛しい。



22/12/14






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