たった、たったそれだけのことで。

海馬の思考は驚く程冷静で沈着なことがウリである。
優しさを持つ前に非情を持ちあわせていることが多く、それが彼の不器用さだと知る人間は多くはない。
激を飛ばすことも珍しくない彼に笑みを浮かべ続けられる人間程こそ、少なかったのだ。
どんなに不器用だ裏返しだと太鼓判を押されていようが人間とは傷つく時はそれなりにマイナスにばかり傾き、彼の素直さを見抜けない。
それが血をわけた弟ですらそうなのに赤の他人がわかるわけもなく、コンピューターですら理解に欠けるといった結論ならどうしようもなかった。
わかったつもりでいる。わかったふりをする。どれも本来の海馬を見るとは程遠い解釈だ。
そんな安い理解は望まなければ賛否もいらない。だから敵は増える。
常に海馬の周りはそういった悪循環に見回れていた。
仕事をこなす人事は的確であるが人付き合いは壊滅的に荒んだ彼の人生において、それは今さらであり仕方ないことだと了承せねば話にはならない。

だが彼女はそんな海馬を理解した数少ない人間であった。
海原のように寛大な心を持ち合わせ優しさに満ちていた彼女にはいつも家政婦一同、社員一同、知人一同とにかく皆から尊敬されていた。
彼女は繊細で奥ゆかしい。だがそれが仇となる日を誰が想像しただろうか。
はたからみれば募る期待とプレッシャーに押し潰されず堪えたことだけでも素晴らしきことなのに、海馬自身がそれを理解に怠ったのが少なからずの要因ともいえよう。

彼女を見つけるのはひどく困難だった。
諍いに心を痛めた弟が心配をするものだから不本意だが人員をさいて探索を行おうとした途端、弟の口からは驚くべき大声で制止を促された。
何故、元凶である兄自ら探しに出ず他人を頼るのか。普段は兄っ子の弟でも今はここぞと彼女の味方で不服を全開に醸し出す。
兄である海馬は内心密やかに言葉が詰まった。
何故ならば親代わりの自分に反抗期すら見せなかった弟の衝撃の展開を迎えたのだから致し方ない。
重い腰を今度こそ押され、自ら探索すべく家を出た海馬の背中にモクバはため息をついて今度こそ見送った。
はたして成功か否かは海馬の器量次第だ。
祈るようにそれこそ神頼みをしてモクバは思う。
彼女の泣き顔に誰よりも弱く、またやわらかな笑顔に結局かなわない兄は一体いつになったら素直に言葉を選び態度で示せれるのか。

いつまでたっても晴れない鈍い恋模様。
明日こそ、天気になぁれ。






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H22/7/25





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