体は重くゆらりと傾くのに不思議と足取りは軽い。
久方ぶりの太陽の下は驚くほど眩しく、爽快だった。

「ただいま」

乗り物を乗り継いで駆け足ぎみに室内に入ると妻は洗濯物を畳みながら驚き、そしておかえりなさいと微笑んだ。
最近はモーメントの開発に携わっているせいか連日泊まりこみや深夜に帰宅する事が多い中、今日も徹夜明けの体は休息を無性に欲しがっている。
日中の在宅が殆ど叶わない今、彼女を一人にし育児を任せっきりになることは心苦しかったが、それでも彼女の支えになれることは出来るだけするようにした。
どんなに聡明な妻でも初めての育児に戸惑いを抱いていないか、仕事を疎かに出来ない反面いつも頭の片隅にちらついて、だがそんな時電話越しの彼女は決まって“ありがとう、あなたの方が無茶しそうだからダメよ”と優しく叱られた。
その後、彼女の後ろから聞こえる遊星のぐずついた声や画像と共に今日は何があった、笑った、泣いた、知らされる成長過程を踏まえた一日一回の電話がとても楽しみで、少しだけ寂しかった。
だから彼女や遊星になるべく同じ思いをさせないようにどんなに時間を裂いても帰る場所、それが我が家だった。

「おかえりなさい。大丈夫?無理せずに休んでくださいね」
「ああ」
「昨日ぐらいからね、遊星寝返りをうったのよ」
「本当か?」
「ええ、ころんって」
「そうか…」

柔らかな若草色のカーペットの上に敷かれた子供用布団で寝息をたてる我が子は、昨夜ぐずついた声とは大違いに胸を上下させ幸せに満ちた顔で食後の昼寝を満喫している。
安堵の息と共に同じく床に寝そべって遊星の視界にあわせると、ガーゼの掛け布団からは太陽の匂いが溢れ、こもれ日がさしたそこは遊星の特等席であった。
口をもごもごさせてはわずかに足を動かして、おそらく息子は夢の中で何か走っているのだろうか?
体を左右に揺らしては、よもや寝返り姿に立ち合える瞬間かと目を光らせる。
やはりどんなに機械を通して見れたとしても、出来るならば。実際目に焼き付けておきたいのが本音であり願いだ。
その刹那にいつも傍にいれないだけあって期待は高まる一方、妻は遊星とにらめっこをしている私に気は長くねと苦笑した。
それもそのはず。ずっと傍にいる彼女でさえ瞬間には中々立ち合えないらしいのだからそれより短い自分が見れる確率はさらに低くなる。

軽くでいい。この体を押してやれば寝返りくらい遊星でも容易く出来るだろう。
誘惑がゆるく脳裏をよぎる。
だが自分で成し遂げることに意味があるのだからそれではなんの解決にもならなくて、首を長くして待つかいがそれこそある。
しかしやっぱり歯痒さが苦笑として口元をゆるませてしまって小さな頭を撫でてやる。
将来こんな話を織り交ぜて家族三人、振り替えるのもきっと楽しいだろう。
一日一日が発見と感銘の連続なのだから。



「あら…」

静かな昼下がり。洗濯物を畳み終えた彼女が目を向ければいつの間にか寝息が2つ仲良く寄り添っている。
寝顔はまさに瓜二つ、少年のような瞳を持つといわれて否定をしていたけれどこの顔じゃそれも出来ないだろうな。彼女はしみじみとそう感じた。
そしてタオルケットをそっと彼にかけてあげると、その横でころん・と寝返りをうった遊星に彼女は一息置いて笑みをこぼした。

「おやすみなさい。」







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H22/6/29






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