*遊星は出ません。



うごいたわ。
午後ののんびりとした時間、そういって彼女は嬉しそうに微笑んだ。
毎日飽きることなく見続けていたその膨らみは触れた皮膚を伝いその生命を教えてくれる。

「今日は…元気だな」
「きっとあなたが居るからご機嫌なのよ」

彼女はいつも幸せに満ちて笑う人だった。
初めて逢った時から結婚して子を宿してもうすぐ母になる今、温かな笑顔を絶やしたことはない。
その傍らで成長する我が子を思えば、とてもくすぐったくて微笑む彼女のように幸せを感じれた。
“君”が居てくれて、とても細やかな幸せがあることを知った。
毎日が満ち足りて柔らかな時の流れに身を任せ、思いがあふれだす。
目に見える幸せも、見えない幸せも“君”がいたから解りあえた。


「この子、私似かしら?それともあなた似かしら?」
「お前似がいいな」
「ふふ、私はあなた似がいいな」

初めて映し出されたエコーからのぞく命はとても小さくて、それでも胸に募る思いを隠しきれなかった。
いくつもの偶然をこえて巡り合う奇跡に覚えた感情を決して忘れることはないだろう。
彼女の小さな掌をとると、焦がれた毎日は歯痒くてもどかしくて泣きそうになると彼女は笑いながら泣いた。
その涙はとても美しく、頬を流れた時彼女の細い指先が自分の頬にも触れて、その指先はしっとりと雫をたらしていた。


「あのね、こないだやっぱり待ちきれなくて聞いてしまったのごめんなさい」
「どっち、だった?」
「男の子よ」
「そうか、男の子か」
「どんな名前がいいかしら」

そして朧気だった“君”がどんどん明確になるにつれ日溜まりの中で彼女はよく編み物をするようになった。
掌ほどもない片方の小さな靴下は窓から覗く青空のように澄んだ色をしている。
毎日少しずつ。鼻歌混じりで形になる毛糸はいくつもの未来への楽しみをも生み出した。
冬になったらこれを着よう、これをかぶろう。
彼女の思案のつきない想像で指は軽やかなステップを踊るのだ。


「そうだ。あなたがこの子の名前、決めてあげて」

季節は変わり、随分と大きくなった“君”を撫でながら彼女はそう口にした。
ずっと、仕事ばかりで構ってやれなかった彼女から一度たりとも責められたことはない。
彼女は聡明であった、だから何もいわずとも理解してくれた、歩み寄ってくれた。
名前をつけるという最大の好意を委ねられた時、彼女の優しさと温かさに心はゆるやかに溶けていった。
それが彼女なりの唯一のわがままであった。


「もう決まった?」
「ああ」
「ふふっ、ずーっと頭を抱えて考えていたものね」
「…それはいわないでくれ」
「どんな名前になったのかしら?」
「遊星、はどうだろう」
「ゆう、せい?」
「ああ、遊星・だ」

だから生まれてくる子は彼女の海原のように澄んだ碧色の瞳がいい。
抱き留めるように包みこむ優しい心を持った子になるはずだから。

「遊星粒子からとったんだ。他人同士を結びつけ、そこに生まれる絆を何より大事にしてほしい」
「絆……」
「人を仲間を誰よりも思いやる心を持つ子になるよ、きっと」
「遊星…うん、とても素敵な名前ね。遊星、あなたに早く、あいたいな…」

鼓動が揺れている。
彼女の鼓動と重なるように“遊星”の鼓動がとくんと揺れた。
羊水にひたりながらゆっくりと、その時を迎えるために。
私たちと、これから出合う人たちに巡り合うために。

「あなたに似たら頭脳明晰ねきっと。あ、でもそうしたら他人に不器用なところも似てしまうかしら?」
「……」
「あとどんな子とお友達になってどんな子をお嫁さんにするのかしらね」
「まだ、気が早い。これからずっと居られるんだから」
「うん、…そうね」

遊星はどんな顔で笑ってくれるのだろう、それともよく泣くのだろうか。
どんなに想い馳せても飽き足らない。次から次に思考を埋めつくしては他に手につかない。
厄介だと苦笑する幸せは決して嫌いなんかじゃなかった。
いつか夢に描いた光景が改めて目の前にあることが不思議で仕方がない。


「大丈夫か?」
「大丈夫よ、心配ないわ」
「だが…」
「しっかり見てあげて。あなたの子よ、抱いてあげて?」

長い時を経て、横たわる彼女の弱く握る指先は隣で寝息を立てるそちらへ自然と向かれた。
彼女は微笑んだ、慈愛に満ちた眼差しがふわりとぬれる。
そっと、妙に制限された体の緊張の中抱き上げた我が子はとても小さくて軽く、また重かった。

「、ありがとう」
「ええ」
「ありが、とう」
「ええ…」
「産んでくれて、ありが…と、う」

込み上げる想いにどうしようもなく言葉は見つからなかった。
そよそよと開いた窓から入る風に気持ちよさそうに遊星は口を動かして、持つ手が震えたことをしらない。

「……、」
「遊星、お父さんよ。はじめましてー」
「ゆう、せい」
「……あなた」
「?」
「わたしを愛してくれて、ありがとう」




やがてくる、別れの時が来ても彼女と私は決して後悔しない。
遊星。君と出会った日から産声を上げてそれから今日まで、短い間だったけれどその温もりと笑顔は私達の宝物だ。
お前が生まれてきてくれたおかげで私達はかけがえの無いものを数え切れないほどもらった。
運命を翻弄させてしまい共に歩む事はもう出来ないけれど、それでも私達はお前に感謝を惜しまない。
本当にありがとう。

願わくばその名のように、人びとの懸け橋となることを。



―――the day before ZERO RVERSE。





*

完全なるパパママの捏造。追憶。ゼロリバの前。
遊星は結果的に翻弄される人生を歩んだとしてもパパママから素晴らしい愛情を受け取っていたと思います。


22/6/22




あきゅろす。
無料HPエムペ!