「なーなー、ゆ」
「……」
「……ぶー」

遊星が無視を決め込んでいるのは決してたまった作業が忙しいからでも聞こえないわけでも返事をする余裕がないからでもなかった。
口を尖らせながら半径3メートルの距離を保ちながら鬼柳はずっと彼の名前を読ぼうとして呼べないでいる。
そもそも普段の鬼柳なら半径3メートルを保つことなど10分と持たない。
それなのにその彼がわざわざその距離を守ることは少なからず彼の理性が働いているから・またそういったわけでもなかった。
鬼柳は遊星にくっつきたくてくっつきたくて仕方がないがそれを遊星は許さない。
一歩でも距離を縮めようものならば温厚な彼の目はカッと見開いてギラギラとした威圧の眼光と周りの空気が黒に染まる。
普段ならものともせず歩みよれる鬼柳もびくりと体を引っ込めて、椅子の背もたれに頭をのせ軽くじたばたしながらじわじわ痛む頭を撫でるだけだった。


「遊星!」

初めは遊星も邪魔だといわんばかりの鬼柳に対し、優しく相づちや返答を作業の傍らでしていた。
一時間前の彼は幸せだった。
ただ残念ながらそのまま調子にのらないという言葉を知らないのが鬼柳京介という男である。

「遊くん、ゆうくーん」

鬼柳のマシンガントークにも寛大な心で何度も受けとめる遊星は珍しく呼び方が変わったことに一度は振り返る。
だがあまりにも嬉しそうな顔で話を進める鬼柳はこの上なく微笑ましい。
別にそこまでの害はないだろう、その時はそのままあえて何かをいうわけでもなく場は続いていった。

「なぁなぁホッシー、それでさぁ」

しばらくして遊星はついに異変に気が付いた。
何をどう間違えたらそうなるのだろうか。ふとした疑問が遊星の頭を星と共にめぐる。
そもそも彼を否定するわけではないが変な呼び名を肯定したわけでもない。
無意識に味をしめたのか、段々と歯止めの聞かなくなった鬼柳の話のテンションに遊星はとうとう億劫になりはじめた。
実は彼に付き合いだしてから作業は思ったよりも進みが遅く、むしろスキンシップの妨害により一向にはかどらない。
仕方がないので適当な相づちを返すことにして一応の相手を努めることは遊星なりの優しさであった。

「カニー、おいカニ聞いてんのかよ」

だがついに遊星の思考を凍らせる事態はやってきた。
それまでの返答の曖昧が鬼柳のご機嫌にそわなかったのか否か、彼のネーミングセンスは残念さがMAXに伸し上がった。
べっとりとくっついては、かにかにと連呼する鬼柳に悪気の顔色は一切ない。
次の瞬間、遊星の手からマイナスドライバーは彼の頭目がけて投げられた。



「お前が悪い」
「お前のせいだろう」
「なんだと!?」
「遊星に同情するぜ…」
「俺は不満足だ!遊星にこの態度とられてみろ俺が一番可哀相だ!!!」
「お前がいうな!!」

ことのあらましを遊星(とついでに鬼柳)から聞いた二人はとにかく遊星に同情の目を向けた。
鬼柳の遊星病は今に始まったことではないが、感覚がズレている寛大な遊星であっても時折こうして一気に爆発をする。
鬼柳はいつもそれに文句をたらすが十割方自業自得なので誰からも庇ってもらえない。

「大体鬼柳、お前のセンスを疑うぞ。はっきりいってやろう、お前が変だ」
「はぁ!?俺が変だと!?変とはなんだ!変とは個性だ!・アイデンティティーだ!!!」
「………」
「………」

そしてジャックとクロウは顔を見合せて溜め息をついた。
これもいつもそう。
ちらりとみた遊星は相変わらず眉間に皺を寄せていて、この分じゃまだ当分許してもらえないであろう。
すねる鬼柳に二人は乾いた笑みを残すしかないのだった。





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22/6/22






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