一つ二つ体に色が残る。
血が腐敗するようなそれらを撫でいとおしそうに接吻をする。
四肢のあちらこちらに散らしたそれを舐める。
鏡に映る湯気でくゆる姿は獣より惨めだった。


浴室の鏡に映る己に遊星は自嘲に微笑んだ。
日に日に濃くなる痣や傷の色は肌に驚くほど馴染み、もう浮き立つことを忘れている。
あれほど拒んだ痕もそっと触れれば熱が籠もるようにじんわりと脳を犯す。
傷みは無く、また痛みが体を疼かせる。
幾多も消えた爪痕に名残を抱いたことすら残念がる唇の動きはなまめかしく記憶をついばんだ。

この指が自分でなく彼だったなら。
鏡にはう指は愚かに悦楽をまさぐる。
彼だったら真っ直ぐに自分の口内を激しく割り、もどかしい愛撫が肌を誘い込む。
いき急ぐ粘液と交わり熱く火照るソレを引っ掻いて憎しみを込めて握り愛でるのだ。
ああそんな彼の指は狂わしい。

この舌が自分でなく彼だったなら。
鏡をなぞる感触は冷ややかに滑稽だと唸る。
彼は顔に滴る白濁をマーカーごと綺麗にやんわりと時間をかけて舐めとるのだろう。
吸い付くように濡れた舌は突起にも唾液を残し足の指の間まで一本ずつ飽きなく堪能。
ああそんな彼の舌が艶めかしい。

この瞳が自分でなく彼だったなら。
鏡に映る紺紫は決して黄金には染まらない。
細め、潜めて焦らした視線は背筋を震わせ喉の渇きを促進させる。
欲望に濡れた双眸は歯痒いくらい脆く追い詰める。獲物を刺すよう殺すよう。
ああそんな彼の瞳が恐ろしい。

この声が自分でなく彼のだったなら。
見えないそれは鏡にとどまらない。
神経を蝕み心を喰う響きにあがらうすべは何処かへ捨てられる。
接吻より苦く蜜より濃厚な、囁きはゆるやかに停止をうながした。
朦朧・彷徨い、ぞわりと圧迫。
ああそんな彼の声はさもしい。

この血が自分でなく彼のだったら。
シャワーと共に排水溝へダイヴする血液は鏡に散ることもない。
傷口から垂れ流る赤は記憶のように淀みを生む。
真っさらな紅色が許しを請うならそれは罰。
搾りとられた歪曲の行方はわからない。
ああそんな彼の血は麗しい。


この心が自分でなく彼だったなら?
そうしたら自分以外の誰が彼を愛でるのか。
指も舌も瞳も声も血も俺が愛せない。
ああそんな彼の心は要らない。


「あ、やっとイったか」

あの唇に頬に肌に触れたい、ただ始めは単純にそう思っていただけだった。

「おせぇよいつまで待たす気だ」
「……、」

それだけのことがそれだけでは足らなくなった。
欲しい、彼の全てが欲しい。
彼が望むなら自分も望もう。
それが彼の望むこと。

全身の気怠い疲労感と共についた膝の割れた傷口から滲む血液は生々しく溶けてゆく。
じわりと痛みは湯に吸われ遊星に鈍い痺れとうだる熱さを走らせる。
手を乱暴についた鏡は割れてなどいなかった。吐息に曇る淫らなそれを反射していただけだった。
頬を伝う雫が喉を流れ、生唾を飲み込む。
ひどく潤い乏しいそこは対照に見据えた彼のそこの潤いを濡らした。

「何、お前だけ満足させると思ってんのか?」
「!?」

捕まれた肘は驚くほど体温を抜き取って、脱衣所と彼の衣服へ新たな染みをこぼした。
出しっぱなしのシャワーだけがただ虚しく生半可に鳴いていている。
湯気が背中を擦り抜けて、立ち膝の位置からとらえた彼はやはり鏡に映る彼とは異なる。
描いたそれを否定するよう彼はとても優美な欠けらも持ち合わせ、優しく微笑んでは荒く遊星の頬を床に押しつける。
痣よりも噛み傷よりも爪よりも重い麻痺・戦慄。ああ遊星はこれの意味をしっていた。

「待っ…!」
「待たない」
「ぅあ…!?」
「嫌というほどお前は俺で楽しんだじゃねぇか。それなら今度は俺にも満足させてくれ」
「が、ぁ!」
「悪いな?俺は加減しねぇから存分に叫べよ」
「――――…!」
「ゆうせい、おまえのすべてをみせてくれ。おれのすべてをみたしてくれ」

唇の弧はひっそりと取り除かれ、その吐息は傀儡の糸を切る。
さあおいで。流れ星にならないように何度も繋げてあげる。
だから、ね?





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22/6/22






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