+5歳



無邪気で可愛いくて頭もいい。
似てるところは見た目だけ。
昔からいつも自慢だった。
世界にただ1人の、悪魔のような俺の妹。

「龍亞、龍亞」

俺を呼ぶ甘い声は幼い頃とずいぶんと変わった。
誰か1人でもいればそうでもないけれど、2人きりの時は多分そう。
といっても家に帰れば自動的に2人きりで、両親が仕事で家に居る日の方が少ないから仕方のないことだった。
変わらないことといえば、まだ2人とも同じように髪を伸ばしていること。
下ろせば肩を過ぎ、背骨で揺れる俺達の髪。
以前異端だとからかわれたその色を俺は自分なりに誇っていたからそりゃあもう意地になって伸ばし続けた。
それを見て呆れながらも同様に髪を伸ばしてくれた龍可。
俺は単に嬉しかった。
段々と一緒に出来ないことも増え、見えない隔たりを感じていた最近は“お揃い”が無い。
何となく昔の習慣から寂しい気持ちもあって、でもいつかはそれぞれ自立しなければならない。
兄である以上、俺は龍可よりもしっかりとしなきゃいけないんだから。

「龍亞、龍亞ってば」

あれだけ入れ代わりをしてもバレなかったのに現在だとそれはもう叶わない。
同じ身長・体重を叩き出し続けた俺達は骨格は同じといえど体格が違う。
身長も肩幅も俺の方が大きくなり柔らかい体になった龍可は妹というよりも別の女の子みたいだった。

「もう龍亞ったら。まだ起きてるの?」
「え、あっ…うん」

ベッドの上で転がりながらばらまいていたカードを集め慌て起きあがった。
ドアから覗きこんだ龍可は髪がしっとり濡れて湯気が出ている。
肩にかけたタオルにキャミソールとショートパンツ、そこからほっそりとした手足がでているいつもの風呂上がりスタイルだ。

「お願いがあるんだけど…」
「へっ!な、何?」
「髪乾かしてくれない?」

目をぱちくりさせれば片手にドライヤーを持って首を傾げていた龍可。
別にいいけど、一息置いて答えた生半可な返事にも龍可は嬉しそうにパタパタとやってきてベッドの縁に腰掛けた。
俺はベッドの脇にあるコンセントから携帯の充電器を引っ込抜いてドライヤーにさしかえる。
マイナスイオンの風を後ろから首筋が熱くならないように翡翠の髪に当てると水分が頬に少しずつとんだ。
甘い、香りがする。そういえば新しいシャンプーに変えたっていってた気がする。
風呂場にあったピーチはクランベリーのボトルへちょこんと入れ替わっていたっけ。
優しい匂いから甘酸っぱい匂いへ変わったそれは、髪が揺れるたびに舞って指からすり抜けこぼれ落ちていく。

「、終わったよ」
「ありがとう」

いつも結んでいる俺と龍可が同じ髪型になる瞬間は1日でただ一つ。
寝る前のこの時間だけ。
似ているようでもう似ていない後ろ姿。
ドライヤーを片付けに行った龍可を背中ごしで見送り、部屋の電気を消して寝転がった。
真っ暗な部屋の中で天井についた星が僅かに光る。
本当は空の星が好きだったけど、シティは明るすぎて夜見つけることが出来ない。
だから簡易だけど夜光塗料を星型に塗って俺は眺めることにした。
そういえば遊星や皆に手伝ってもらったんだよなぁ。最近は仕事が忙しくて中々遊んでもらえないや。
遊星、ジャック、クロウ、アキ姉ちゃん、龍可、俺だけシグナーとして選ばれなかったけど、龍可を守る役目は誰にも負けないし譲らない。
そういっていた昔、俺はよく色んな人に噛み付いてたっけ。
今は違う。立派な龍可と落ちこぼれの俺は悲しいかなそうはいかない時もある。
なんだろう、どんどん龍可だけ大人になっていく。
俺は皆で賑やかな方が好きだしずっとそうであればいいなと思うけど。

「龍亞、寝た?」

龍可の声だ。
ぼうっと揺らめいた意識の中で不意に俺を呼ぶ声がする。
いつの間にかうつらうつらとまどろむせいで返事も出来ない、何せもう夜中の二時を過ぎている。
珍しくも夜更かしをしたせいで朝が早い分眠気も脳をいざなって休息を欲している。
そんな夢の狭間に浸る俺の鼻腔を仄めかす、また甘い香り。
なんだろう、くすぐったい。気持ちいい。
これ、は―――

「!?る、」
「あれ、起きてた?」

衝動に意識が覚醒した。
その感触に目の前にいる龍可の距離に目を疑った。
柔らかな髪が俺の頬にかかり微笑むそれを俺は直視出来ない。
確認するように恐る恐る触れた自分の唇は、目についたそのふっくらとした唇に塗られたリップクリームが移っていた。
つまり、。導いた結論に動揺ながら一気に火照りだした頬に龍可は不思議な顔をして再びゆっくりと近づいてくる。

「ちょ、るか、だめだ、って!!」
「どうして?」
「…ど、どうしてって…」

細い体を押し返されながら真剣な趣で問う龍可に俺は困惑を隠せなかった。
昔から友達があまり出来なくて、だから俺達2人はお互いを大事に思ってきた。
同じ肚から血を分けた双子の兄妹だから。
だけど兄妹でも決して迷い込んではならない境界がある。
それを越えることが一体何を意味しているかなど、俺よりも龍可の方が理解しているはずなのに。
純真無垢な瞳は疑うことを覚わないのだろうか。
そんなはずはない、毎日毎日こんなに近くにいた距離なのに。
そうであるはずが、ない。

「わたし龍亞のこと好きよ」
「!」
「それだけじゃダメ?」

戸惑う俺の言葉を閉ざし飲み込ませる。
この悪魔のような笑みを龍可はいつ覚えたのだろう?
甘い囁きが二度触れる時、静かに何かが壊れてゆく音が、ずくずくと胸を締め付けた。


あの天使はいずこへ堕ちた?






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22/5/18






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