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「『もう絶交だ。お前とは口も聞きたくない!』」

「………………は?」



恋人兼親友のいきなりの絶交宣言に、本来なら焦るべきところなのだが、如何せん宣言した本人が半笑いのせいか怪訝な返ししか出来ない。



バスケ雑誌から顔を上げた俺に、伊月はつまらなそうに唇を尖らせた。



「ノリ悪いよ、駄メガネ」

「酷い言われよう!何だよ、急に」

「読み終わっちゃってヒマ」



言うやいなや、ベッドの縁に座っていた伊月は、本屋のブックカバーが掛かった本をヒラヒラと翳し、ベッドの上に乱暴に倒れこんだ。ていうか人様ん家のベッドに遠慮がないな。ガキの頃から使って年期が入ってんだから壊さんでくれよ。



「ずっと静かにしてたと思ったが、何読んでたんだ?」

「マンガ」

「そりゃ珍しい」

「舞に借りた。面白いから読んでみてってさ」

「面白かった?」

「そんなマンガみたいな話、あるワケないじゃん」

「いやそれマンガじゃん」



伊月は寝返りを打って、横向きになった。その顔には『つまらない』とデカデカと書いてある。



「どの話も相手の男が無駄にキラキラしてて胡散臭い。こんな野郎、現実にいないよな」



ほら、と開いたページを覗こうとしたが、寝っ転がった人間の位置からじゃ見づらくてしょうがない。俺は雑誌を読むのを中止して伊月の隣りに身体を横たえた。



伊月が『狭い』と一言、俺の脚をゲシゲシと蹴る。俺の家で、俺の部屋で、俺のベッドなんだが。



「蹴んな、だアホッ。いいから見せろっての」



マンガを持つ手首を掴み、話題から逸れる前にくだんの絵を見やる。



相手役が大きく載っているコマを適当に開いたのだろう。そこに描かれていたのは、サラサラの黒髪に切れ長の目をした色白の線の細い青年だった。どっかで見たような青年は何だかキザっぽいセリフをさも当然のように言っている。



「………………」

「な?こんなんいないよな?」

「………………」

「何?」

「いや、案外いるんじゃねーの。寒いこと言ってんのもカブってるし」

「何故そこで俺を見る」



本気で分かってない伊月が、バカにされていることだけを嗅ぎとって眉間に皺を寄せた。そんな顔すら整って見えるというのに、本人にその自覚はまったくない。



コイツがその気になれば、モテるんだろうな。女に不自由しなくて、適当に引っ掛けることなんて造作もないだろう。



「あっ!」

「ん?」

「マンガ読んで、思わず不満が!!キタコレ!!」



………その気にならない限り、コイツは絶対にモテないな。
ていうかドヤるな。



「全然キテねーよ、息すんな」

「酷い言われよう!あれ?デジャブ?」

「もう何話してんのかさっぱり分からん」

「だからラブコメのヒーローについてだろ」

「そんな話だったか!?」

「ツッコミ属性って、とにかく何かしら返そうとするから偉いよね」



そんな感心されたって、これっぽっちも嬉しくない。あと誰がツッコミ属性だ。



クソ、おちょくられまくってて、全然イイ雰囲気になりゃしない。いま手を出したところで、話の種にされそうで迂闊に動けない。



「ていうかさ、ラブコメの定義ってなんだろな」

「急にどうした」

「『私に気があるなら下僕にしてやってもいいわよ!』とか」

「それラノベっぽい」

「『あなたに次期当主として相応の家柄の方を婿に迎えなければなりません』」

「昭和ドラマくさい」

「『よくも旦那に手を出したわね、このメスブタがっ!』」

「昼ドラじゃねーかっ」

「ははっ、ホントになんでも返すなー」

「俺で遊ぶなっ」

「残念、答えはノーです」

「いーづーきーっ」



握った片手で伊月のこめかみをグリグリ押すと、彼は身を捩って、笑いながら謝った。
謝る気はまったくなさそうだったが、可愛いから許す。



「伊月、もうちょいこっち」

「ん」



呼んだら意外と素直に距離を詰めた伊月の頭の下に、腕を入れる。最初は戸惑いもしたが、何だかんだで、こういうことに慣れていくのだ。



すぐ傍に伊月の額がある。黒い前髪から覗く白い額のコントラストに思わずキスをした。



一瞬、息を止めた伊月が、擽ったそうに笑って、指先で俺の唇を撫でる。上目遣いで見上げて来るから、てっきり良いのかと思って今度は唇を狙うが、



「はい、どーん」




なんてふざけたセリフと一緒に、手のひらで顎を上に押し上げられて阻まれた。ぶふっ、と情けない声を上げた俺を見て、伊月はケラケラと笑った。



アッパーじゃないだけまだいい。幼馴染みで悪ふざけするにも遠慮がないから、笑いを取るにもヤツは全力で向かってくるし、逆もまた然りである。まあ伊月はヒョロッちくて俺から乱暴なフリはあまりしないが。



ともあれキスを拒まれた俺は、若干傷つきつつも


「……結局、伊月なにがしたいんだよ」

「んー、ボチボチ楽しかったからもうおしまいー」

「何が始まって、何が終わるのかまったく分からん」

「大丈夫、終わりは始まりだ」

「だから終わりが……、あ?何だっけ?どっちがどっちだ?」

「終わりから始まり、始まりからまた新たな始まり、そして終わり、からの始まり」

「うわっ、やめろ!頭ん中グルグルしてきた」

「アナタは段々ネムクナール」

「意味分からんっ」

「日向」

「だから、何…っ!?」



キスされた。



唇は一瞬触れてすぐに離れたが、あまりに唐突過ぎて、目を丸くした俺の首筋に腕を巻き付けた伊月が、ニパッと無邪気に笑った。



「どう?トキめいた?」



嬉しそうにしやがって、ったく。悔しいが耳が熱い。指摘される前に、今度は俺がヤツの唇を塞ぐ。さっきよりも少し長いキスをして、吐息の掛かる距離で伊月に言った。



「トキめいた。から、責任取れよ」



伊月は少し頬を染めて、『了解』と笑った。









あきゅろす。
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