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▽毎日?更新SS ※リアルタイム表示版
2010.05.12(水) 21:35



頭はいいほうではない。あ、これは勉強できるできないじゃなく、僕はやっばり愚かなのだ。
電車の中、朝の喧騒の中。僕は本を手にしていて、そんな日常の中で一繰りの物語りが終わる。生活や状況に物語りが無いように、今この瞬間にそれらが"完結"することもあり得ないことだ。もし僕らが"完結"するとしたら、それは死により"絶筆"のエッセイで、物語りも理屈も感情移入も存在しない。



真っ黒なタンクトップを着て、ジーパンを穿いた僕が、物語りになるはずはない。誰かが無知の知なんて言ったけれど、この事実を知ったところで馬鹿には使いこなせない知的財産だ。

「ヤマダくんって、頭いいんだね」


ふと顔をあげると美人で有名な高崎さん。にっこり微笑んでやる。やっぱり俺は愚かだなあ。このくせをもうずっと止められないでいる。


「なに、誰に聞いたの」

「ユズさん」

高崎さんの睫毛が、僕の指先に向かって揺れる。机に放り投げた古いドイツ語辞書には、僕の青白い指先が置いてあった。

「ドイツ語、出来ないよ」

さっぱり否定すると、高崎さんは小首をかしげた。ああ、可愛い。触ってみてぇ。

ドイツ語の辞書をこどもの日にもらった。国語の辞書は、五年前。英和辞書は七年前だ。年に一度。出張から帰ってきた父親は、帰ってきた途端、京錠を自分の書斎につけた。錆びたアンティーク品だった。
高崎さんの首筋を見つめ、ナコちゃんを思い出す。僕はもうずっと、犯罪的な気持ちのまま彼女見ている。年齢的にも友達の妹だという事実も、本当は犯罪には値しないと思う。それでも僕は、それを、彼女に恋慕う気持ちを、罪だと思う。

「ユズさんは英語がもうペラペラだから、ドイツ語を勉強してるって」

「…俺をなんて言ってた?」

「?だから…」

高崎さんはまた小首をかしげる。本当に、その白さや骨の浮かび方は、彼女に似ている。

ああ、と頷きながら微笑んだ顔も、似ている気がする。「近づかない方がいいって言ってたわ」


最近気づいた。僕の目は、全てナコちゃんに繋がっている。始めて会ったとき、小6だったナコちゃんに。
つるっつるに磨かれて、すべるフローリングの床がバカみたいだ。走りながら、彼女からするりと逃げ出して見せながら、僕はオチなど用意していない。でも、走った。
大学の門をでて、あのアパートは近い。自転車に乗ってしまえば、ナコちゃんなんてすぐ会えた。



「あれ、久しぶりの山田さん」



ナコちゃんはいつも通り、眼鏡に方結びに制服にエプロン姿だった。舌打ちしたくなるが、このアパートの住人はあまり鍵をかけない。簡単に扉は開き、すぐ台所が覗く。久しぶりというナコちゃんを無視して言う。


「危ないよ、鍵はかけなくちゃ」

「でもそんなこと言ったって、カコがもうすぐ帰ってくるの」



ナコちゃんの言葉を聞きながら、青く覗かせた膝を眺める。膝の色が青いのは、小学生から変わらない。僕はそれに欲情し、今は理性を働かせる。彼女の兄で僕の親友である響之介が、いつも何かに対してそうしているように。

彼女に恋煩うには、彼女は無邪気すぎて。タイミングを無くした僕は、未だあの親友がいない内にこの家に通う。

「カコちゃんこの間見たよ。駅前のロータリーで」

「それいつのこと」

「二ヶ月前」

「この間じゃないわよ、それじゃあ」


クスクスとナコちゃんが笑った。僕もそうだねと言い、合わせて笑う。そして、笑いははずみ、大声で笑う。



「おじさんかなあ、最近時間の感覚がないんだよね」

「あら、でも年をとると長く感じるって聞いたし逆なんだからむしろ若いんじゃない」

「本当。じゃあまだまだイケるってわけだ」

「その言い方は古いかも」


目をいたずらに合わせ二人で笑う。久しぶりだからか。珍しい。ナコちゃんが素直に笑ってくれ、楽しそうだ。でも「珍しいね」なんて口に出せば、また眉を寄せて嫌がられる気がする。実はどSでそれでいて甘さも兼ね備えた彼女は好きだけれど、素直なナコちゃんはやっぱり2割増だ。
自分は"お兄さん"なのだ。あの堅物で妹弟たちには甘い響之介とは、また違う。


「響之介、今日帰ってくるのよ」


頭はいい方じゃない。
でもわかる。彼女を素直にしているのは、山田さんである僕ではなく、お兄さん的存在である僕でもない。このアパートの一室に暮らす"家族"。


「へえ、響のやつ、そんなこと言ってなかったのに。この間までは」

「だって山田さん、"あのバカが来てないか"って、響兄ずっと聞いてきたのよ。疑い深くてやになっちゃうけど…、絶対来そうだもんね。あ、帰った方がいいんじゃない?殺されちゃうかも」

恐ろしいことをいいながらナコちゃんは微笑んでいる。楽しんでいるにちがいない。


「…まあ今日のところは帰ろう」

「うんバイバイ」

「またねナコちゃん」


戸口に手を触れ、そう言えば三月家弟と約束があったなと思いだし、次の瞬間にはまあ今度でいいかと思う。僕がここに来て、そして逃げ去ったことは、ナコちゃんが伝えてくれるかもしれない。彼には悪いけれど、お得意の"また今度"。

僕の日常は、ただの繰り返し。日常のループ。

2010.01.06(水) 21:11
あー、と思わず唸るとなぜか響之介がいた。


「どうしたんだよ、雨汰」


8つ離れた上の兄は、変に几帳面なたちである自分とは違い、かなりゆるい人だ。孤独を好むフリをして、甘えん坊な所もあるなと最近推察する。唯一親友らしき山田さんは、俺たち家族に見せる表情をする。




「昔あったやなこと思い出した」

「あー、あるよな」





響之介が頷いた。机で音楽聞いて、マンガを読んでいた俺は、体ごと向き直った。やんわりと響之介が笑う。



「てか、どこから入ってきたんだよ」

「あー」

「あー…って。どこ」

「ベランダ」

「ベランダあ?」

「ほら。玄関から入ったらなこ怒るだろ。最近帰ってきてなかったから」




ネクタイを緩め、そのままどさりとベッドに寝転ぶ。ただ寝にきたらしい。




「…」

「早」



そのまま寝息が聞こえだした。

2009.12.16(水) 23:37
終わらなかった物語集U
(またかよとか言わないで)

<8>


「コージー!」











「…こうじ、だってば」










彼女のことはよく知らない。話す言葉は片言で、しかも内容は支離滅裂。理解のしようがない。ただ一つ、わかっているのは、彼女が僕の名前を知っていて、しかもちゃんと把握できていないってことだ。



「ね、コージー」



さっきまで机に突っ伏していた僕は、乱れた視界にあわてて眼鏡を探し出す。単純にひどい乱視なのだが、彼女の前で隙を見せれば何されるかわかったものじゃない。



「…」
「?」



僕はだまって笑顔の彼女を見上げる。彼女はアヒル唇をすぼめて不思議そうに首を傾げた。



「君は、ダレ?」

「秘密」



楽しそうに彼女は笑った。「興味ないでしょう。はい、お弁当。今日は水筒も
持ってきたの」

<7>
「先生」






助手に先月から雇っていたカパネが、愛らしい、いかにも助手という帽子を被り円らな目で呼んだ。













拝啓、シャーロック・ホームズ様












「えーと、この間の犯人だった花屋ですが、「全て吐いたか」



きらきらした瞳でカパネがこちらを見返してくる。「いや、時期が時期だしな…」



「さすが先生です!」



尊敬の眼差しに思わず後退りしそうになる。
<6>
風が、冷たい風が、











原チャリを初めに乗り出したのは、誰だったけかな。


「え、ユウキじゃないの」



忍がさも当然とばかりに言う。俺は一瞬"そうだっけ"なんて言おうとして、慌てて否定した。



「違う、違う」
「あ、そう。俺はてっきりユウキだと…」



首をかしげて記憶をたどりだす忍を見ながら、ああ、そう言えば忍じゃなかったかと思い出していた。


自転車を乗り捨て始めたのは去年の夏あたりからだった。
<5>
ラブユー











自信がないだとか、自滅した言葉だとか、頭の中はぐちゃぐちゃだった。うたが無駄にモテるのは、頭の端々で知っていて、それはどうでもいいこと。嫌いな自分。



「う…、た、」



声をかけようとして、同じクラスなのか女の子が親しげにうたと話し始めたのを見て小さな小さな呼びかけになってしまう。

<4>


穏やかな朝。

「とまとー。ちょっと来なさい」











…あんのバカ親父。













R I G I D A D





















「なんで?いいじゃない。友達と夕飯食べるだけっ」
「ダメに決まってるだろう」



いつの時代も、親が子に厳しい家庭はあるもので。その厳しさが、強い弱いにしろそれは、親の愛情だったりするもので。「こ、こんのー…」



「くそ親父!!!」



バンッ、と勢いのまま玄関のドアを叩き飛び出す。



子はそれがわからないもので―…



(冗談じゃない!わかるわけないじゃない、あの頑固親父っ)



怒りのままに自転車に股がって、よれた通学鞄をかごに詰め入れた。鍵のかかったままの自転車は、彼女のローファーがペダルを踏み込んだ途端に動き出す。走り出した自転車が、家の通りの角を曲がる。



「よ」



白い半袖シャツに深緑色のネクタイをしめた高校生が、彼女と同じように自転車に股がり、微笑む。
怒りに表情をこわばらせていた彼女は、ころりと彼に微笑み返した。



「有くんっ、おはよ」



―…梨本あいり。高校生。
只今青春中。




……………………………


「そっかー、ダメか。今度のデート」
「うん…、ごめんね。あの頑固親父のせいで」
「いいよ。あいりの親父さんだって、あいりを大丈夫に思ってのことだろうし」



爽やかな笑みで、仕方ないよと慰めてくれる有くんに、頭の片隅で親父の首を締め。
1ヶ月前から付き合い始めたものの、有くんへの好意はまったく変わらない。むしろ日に日に気持ちが増していく。
<3>
「こういうのは、受けとれないな」



私はどうすれば良かったんだろう。酷い人。












大、嫌、い、














付け入ったのは、私の方。
だって彼はいつだって無邪気に話しかけてきた。憎まれ口しか言わない私に、何をその可愛い笑顔。逆にへこむよ。



「はあ、ほんと可愛いよね」



宇津ってば、と残りはかなりしんどいため息とともに言う。言われた彼といえば、何が?という暢気な顔。元来、ド天然なのだ。
これで頭も良くて、運動神経もいい上、水泳部部長なんて!



「兼田?」
「もー、いいよ。あ、ほら彼女さん」
「え?」



後ろを指差した私に釣られて、振り替える宇津。



「え?いないじゃん、…って」



真っ赤になってこちらをまた見てくる彼は、少し照れを混ぜた怒った顔をしていた。



「だーまされた。バカじゃん、宇津」
「…かーねーだー」
「じゃね。あたし、泳いでくる」



彼女は、もちろんいるはずがない。プールの裏のコートで、テニスをしているはずなのだから。宇津だって、もちろん知っているはずなのに。ほんとにバカじゃないの。
さっきまで泳いでいたから、縮んだ水着が腿のラインに食い込む。馴染んだ競泳水着はさほど苦しくはないけれど、もっとスマートに着れたらなんて、思いもする。小さい頃から泳いできたせいで、同学年の女子の中ではガタイは大きい方が。背は普通のくせに肩だけ立派なのだ。筋肉だってついて、女の子らしくない肉付き。それでもけして泳ぐのをやめられないのは、速く泳ぎたいという一心な気持ち、あとは純粋に泳ぐのは好きだから。
背筋と腕をぴんと伸ばして、私は温いプールに飛び込んだ。
薬品の匂いのする水が、つんと鼻孔を攻めてくる。ゆっくりと目を開く。

水の、透明な動き。







宇津、…バカやろ。









私ははっきりと水の中で唇を動かした。喉を浸食する水が、ひどい味がする。唇の端から水泡が浮かんで太陽の浮かぶ空気中の方へ上がっていった。届け、彼に。



::


いつのまにか練習は終わり、真っ暗な放課後の着衣室は、毎日続けても慣れたものじゃない。ダルいし暗いし、気持ちが悪い。



「兼田」
「あ、おつかれ、ツバ」
「お疲れ様ー!…って、ツバって!椿って読んでって、言ってるじゃん。…もう、カネってば」
「!カネはいやーっ」



お金みたい、と反抗すると、お互い様と笑われた。
叶わない。



「あ、宇津がさー、待ってるって」
「宇津が?」
「うんなんでかは知らないけど」




<2>

言葉は耳に入らなかった。その人と別れるこの事実より、一人になるのを案じた自分が嫌だった。




野菜をとろうと思い立ったのは、1日の絶食の後だった。頭は回らないし、体にもなんとなく力がはいらない。かと行って、動かずに何も食べずにいたら、このまま干からびる。

<1>
思ったより、前にはいけないみたいだ。できたことを、1つずつ。見つけていかないと前に進めているかも分からない。
誤解は気づいたらすぐに解くの。どんどん空回りするだけだから。無視すればするほど、深く傷つくだけ。




「きれいだねー」




弾ける花火が嘘みたいに夜空を照らして、普段見慣れたうたの横顔でさえ、すごく魅了されるものになる。まるで何かの魔法のようだ。
真剣な真顔で花火を見続けていた彼と、目があいそうになって慌てて反らす。繋いだ手が熱かった。




「だね」




からかう笑いをしながら、うたは言う。でもそれも嫌いじゃない。からかう笑いも、自分が女の子になった気がするから。

遠くでスピーカーから、男性のアナウンスが聞こえる。




『ただいま7時59分です!カウントダウンをお願いします!』




張りのある声だった。恒例の名物である仕掛け花火が始まるのだ。そして、それはフィナーレに向けてのカウントダウン。隣でアナウンスに合わせて、楽しげに秒読みをしだすうたが、少しだけ憎らしかった。つまらない。自分だけなんて、つまらない。




『…ゼロ!8時です!』




激しい爆発音を立てて、一斉に花火があがり、仕掛け花火にも火がついて、何かの絵が浮かび出た。

2009.11.18(水) 17:53

三月家。密と蜜



「んー」

「密、何聞いてるの?」

「w.5の新曲」

「あー、Winterdoughnutだ」

「違うよ。それ、いつの話?」

「嘘、そんな昔なの。そう言えば最近YouTube漁ってないし」

「Winterdoughnutって、去年の3月とかだろ。…聞く?新曲」

「片耳貸してー」


〜♪


「?あ、聞いたことある」

「そう言えばCMに使われてたっけ?」

「えー?最近聞いた気がする」

「…思い出した。この間の韓流映画の主題歌だ。蜜に無理矢理合わせさせられた恋愛ものの」

「あー!あれ、泣けたよね。いいとこでこの曲流れてきてっ」

「ああゆうの、いいとことかあんの?」

「…だっから、彼女できないんじゃん」

「いらないけど」

「…ホモ?」

「…どう思う?」

「…」

「…」

「知るか」

2009.11.13(金) 08:29
画商で仕事をしていた母は、人を見る目に長けていた。

まだ雨汰の生まれていない頃、母は私達三兄弟に言った。


「窓拭きをして頂戴」




…結果は、今でも忘れない。


器用に自分のテリトリー分、拭き終えた響之介。
丁寧に拭き、時間がかかりながらもしっかり仕事したナコ。
一ヶ所だけをただただ拭いた幼いカコ。…終わらずに、しまいには泣き出していたけど。



母は、笑って私達の頭を撫でてくれた。



「さすが、私の子ね」




少し声を立て笑う母をきょとんと幼い3人が見上げる。




「単純明解だわ!」





/三月家。

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