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▽毎日?更新SS ※リアルタイム表示版
2010.06.24(木) 22:25
僕の町は、いつだって曇り空だと、新任の教師がさも物珍しげに言った。歩み寄る音が、僕の心を振るわせる。青い湿気が満ちた通学路の路草に、僕らはいた。
ここは、雨が降らない。灰色の空さえ見えない。高い樹木に包まれたこの場所に、光は木洩れ日のみの場所だ。晴れでも雲ってみえる、僕らの産業都市は空気が汚れて空が白けているのだ。



「ハル?雨止まないみたいだから僕帰るよ」

「…うん。なんなら、傘ささないで帰ったら?この大雨だし、どうせ濡れるんだから。ほら、水もしたたるいい男…」

「誰にみせんの。母さんしかいないっての。しかも、ずぶ濡れだと逆に家に入れてもらえないんだ」


肩をすくめる。本当の話だ。遥が笑った。"アキヨルのママ、会ってみたいなー"と、笑って口を塞ぎながら言う。
歩み寄ってくる雨音が激しくなり、やがて聞こえなくなる。晴れの日も好きだが、雨も好きだと思う。この世界に誰もいないみたいに感じるんだ。音を失ったこのシークレットゾーンで、彼女がいつも通りゆっくりと歌い出す、"フルーの唄"。この声が好きで、初めて聞いたとき我も忘れてこの場所に立ち入ったっけ。遥が唇をピンクに染めて、唄をつぐむ。
雨は好きだ。僕を隠してくれる。彼女の声も隠してくれる。雨の中、爪先まで凍らせて、震わせて、体が冷たくなっていくのは"死"なんだろうか。そう言えば、"死"もある意味逃亡なんだと、ハルは言っていた。
新任の教師が、「もっと友達と遊びなさい」と言う。どうやらインドアな僕は、新任の体育教師に睨まれたらしい。担任じゃないことが救いだが、中学受験を控える僕らにとっては大きなお世話だ。
最近の僕には大人の言うことが聞こえない。無音の世界に響くのは、僕の心の声でもない。ハルの歌声だけ。
反抗期だと片付けられたらそれまでだけど、僕はこの世界が本当に好きなのだ。



「…ヨル。アキヨル。寝てた?」

「…え」

「まだ眠っててもいいよ。あたしまだここにいたくなっちゃった」

「…」

「起きててもいいけど。あと一時間ぐらい大丈夫だよね」

「いや、考え事してた。うん、大丈夫だと思う。うん」


ほんとはもう帰るつもりだったが、肯定的な遥の問いかけにそのまま乗っかる。優柔不断は性格だ。逃亡の誘惑はそう簡単には、降りきれない。…確かに音も光も届かないこの秘密の楽園にいることは、"死"にもにている。



「アキヨル。悲しいこと考えてる?」

「うん」

「ねえ、眠ってもいいよ。本当に」

「…」

眠るとき。その瞬間に遥は柔らかく微笑んだ。企みのあるものじゃない、優しい僕の好きな笑顔だった。瞼に遥が手をかける。



「アキヨル。明日は快晴だね。この嵐が、雲なんて吹き飛ばしてくれる」



遥の手は冷たかった。僕の瞼もひんやりとしていたはず。


「そうだね」



笑みを作ったつもりだった。でも、うまく笑えたかわからない。心から明るみをつくるように僕は笑ったつもりだった。




僕は本当は悲しくないんだ。とても嬉しいんだ。幸せなんだ。
遥は知らないけれど、学校には友達だって結構いる。母さんは最近仕事を減らしたみたいだ。多分好きな人もいる。でも幸せだと少し切ない。死ぬのが急に怖くなる。眠りにつくのも最近怖い。幸せ過ぎる、今は。
曇った空だと先生が呟いた空が、僕にはまるで神さまが降臨したような、白く光に満ちた空に見えるのも、多分この幸福と切なさが混じった気持ちのせいなんだ。

2010.06.24(木) 08:36
その日私は、いつも通り電車で学校へ行き、遅刻もせず登校した。いつも通り授業を受けて、昼休みに友人とお喋りをし、午後にまた授業を受けた。そしていつも通り、家に帰ろうと電車に乗った。


だけど、世界は違っていた。
















『えー、駆け込み乗車はお止めくださーい。お止めくださーい。危険です』


私が降りた途端、電車にものすごい勢いで乗り込むサラリーマンとOLさんと学生さんたち。
ちょっと向こうの三号車入り口から、聞き覚えのある声が耳に入る。


「ねー、今日和花(のどか)来なかったねえ。遅刻なんて珍しくない?」

「さー、風邪じゃない」



いつも朝一緒に学校へいく、里美とまりな。二人が私のことを話ながら、満員電車に吸い込まれていく。さっきの放課後、二人とも部活に行ったはず。私は風邪をひいて、病院に行くため部活を休んだのだ。今朝から咳が出始めたから。



「さと、まりなっ」



名前を呼んでも、見向きもしない。バカにした音を立てて、電車は出発していった。

家に帰ろう。

そう思った。ここでは誰も気づいてくれない気がした。私はホームの階段を降りて、ふと誰かの言葉
を思い出す。


"降り方って知ってる?"


誰だったっけ。何だったっけ?
思い出せない。もう一度、家に帰ろうと奮起して改札を出る。ちらりと駅長室の中にあるカレンダーを見る。ここの駅長さんは毎日終わった日に斜線を引くのだ。最後に引かれたのは昨日の日付で、確かに今日の日付には斜線は無かった。



「あらまあ、どうしたの」



自宅マンションのドアをあけると、ママは普通だった。「さっきでかけたのに」とママがいう。家の電子時計もやっぱり今朝を指していた。 もっと言えば、朝私が出かけてから30分しか経っていなかった。


「具合が悪くて、帰ってきちゃった」

「あらヤダ、ほんと。顔色も悪いわよ。今日は休むといいわ。…いやだ。今日お母さん仕事なのよ」

「大丈夫。行ってよ、仕事」

「本当?ごめんね、早く帰ってくるから」


ママ、仕事なんだ。私はそれよりも帰ってきてから、ママに無視されなかったことに安堵した。ベッドに潜り込み、とりあえず昼寝をした。風邪の原因は最近あまり睡眠を取れなかったからだ。私はこの現状から逃げるように熟睡した。そして10時頃、目が覚めた。頭痛も体調の悪さもない。気分が良かった。そして、私はまた電子時計を見た。確かに今日の日付。状況が飲み込めなかった。私は変になってしまったのかな。同じ1日を違う形で過ごしているこの事実より、精神異常であることの方が怖かったりする。昼頃にママから電話があった。体調が戻ったなら昼食のため、街に出てこないかという誘いだった。やっぱり家をでることが怖かった私は、カップラーメンにするから、と断った。
そして思い出す。あの声は、"草薙遥"だ。
カップラーメンを首尾よくつくり、テレビをつける。いいともにガチャピンが出演していた。ラッキーだと喜んで画面を見つめる。
少しして見慣れてくると、私は携帯をあけた。ブックマークからmixiの文字を見つける。メッセージと呟きがある。まりなが細かく今日あったことを言っていた。最近ちょっと気になっている男の子から、おはよう、という朝のメッセージ。浮かれて返信をしようとして、ハタと気づく。放課後電車に乗ったとき、mixiはこんな状態だったっけ?サイトを開いたことは覚えているのに、内容に記憶がなかった。考え込んでやっぱり覚えていないと諦める。私は黄緑の生き物が映る画面を見つめながら、カップラーメンの汁を飲み干した。

ママは早めに仕事を切り上げ、3時に帰ってきた。私は二度目の昼寝をしていた所だった。


「おかえりママ」

「ただいまぁ。あんた今日は早かったのねぇ」

「え…」

「最近遅かったじゃない、ほら、文化祭がどーとか言って」

「あうん、今日具合悪くて早めに帰ってきたの」

「まあ」


私はママの顔を除き込んだ。



「ねえ、私今日早く帰ってきたの覚えてる?」

「ええ?朝あ?あんた遅刻しないで間に合ったんでしょうねえ、学校」

「…うん、間に合ったよ」





言葉が浮かんだ。最近漫画で読んでる世界観。ifの世界。


『もし、今日私が学校に来なかったら…』


あのあと草薙遥は、そう続けたんじゃなかったっけ?
でもその言葉は非現実で恐ろしくて、思い浮かべることも躊躇われた。彼女なら知っているかもしれない。



「mixiをやらないの?」




草薙遥にそう聞いたのは、私だった。やらない、と彼女は言った。当然、なぜかと聞く。mixiにハマっていた私からすれば、不思議すぎる言葉だった。


「だって…このクラスの延長が、家の中にまであったら嫌じゃない?」


ハル、草薙遥はそう言って私の顔を見つめた。

「そうかな?もっと仲良くなれるじゃん。楽しいのに」

「そっか」


ハルは納得したような曖昧な頷きをして、ふわりと微笑んで"降り方"について聞いてきた。




次の朝、私はいつも通りホームでまりなと里美を待つ。メールチェックをして、インターネットをやりだす。mixiを含めて、私は他の3つのSNSサイトをチェックして、携帯を閉じる。

「さと、まりなっ」


里美とまりなが私に気づいて、「おはよう」と言いながら笑顔で駆け寄ってきた。私はますます上機嫌になって手を振った。
すると、突然凄まじい音を立てて警笛が鳴る。はっと見れば、電車が飛び込んだホームに小学生が少し出ていた。


「危ないね」


里美がこぼすように呟いた。深刻な瞳をしている。
こっちが現実。私は携閉じた携帯を鞄にしまいながら、なぜかそう脳内で意識した。
私たちは車両に乗り込み、ドアが閉まる合図にまた短く警笛が響く。


"降り方って知ってる?"



ハルの言葉が何故か蘇る。学校についたら、聞いてみようか。そして、こっそり話そう。昨日私が舞い降りた、"世界"の話。






::

6月お題
警笛/mixi/パラレルワールド/
1、2、3。


久しぶりでうやうや。言葉を使いこなせなくてうやうや。
昨日NHKがmixiをアメリカ最大のSNSサイト、twitterを最大のミニブログと呼んでいるのをみて、言葉の世界って難しいな。と、改めて感じました。

最後まで読んでいただきありがとうございました!アデュー*

2010.06.09(水) 18:41
細長く伸びた、その指が支えるは花の盃。










「月に」

乾杯、と。

花の盃を肘を挙げて、云う。
痩(コ)けた頬が口に含んだ液体で膨らんだ。

コトン、と高い水音が情景に浮かぶ。



「童(ワラワ)に何の用じゃ」



パイプを紅い唇から離す。煙が零れた。

2010.05.31(月) 18:28
「風邪、ひいたって?」



にやにやと部屋に顔を覗かせた透に、私は顔をしかめた。



「ばか」

「残念ながら、カコは今それ言えないから」



夏風邪はなんたらって、と笑って言う。バカなのは、私だってひゃくも承知だ。楽しみだった透のうちでさんとの約束を果たせなかったのだから。



「ねえ、こないだのマカダミアナッツのチョコレート。ないの」

「あー、それは持ってきてない。てか、あれはあれきり作ってないし」

「ふうん。横井だけ特別?彼氏みたい」

「やめろよ。リア彼女には俺作んないし」

「そうなの?なんで?」

「だって、彼氏が彼女のお菓子よりおいしいもの作ったら、嫌でしょ」

「…よく言う」

「あ?そんなこと言ってるとあげないよ」



透がぱっと、可愛い透明なラッピングに入れたお菓子らしきものを出す。






――――――――――



「何それ」

「ラムレーズンチョコレート」



ナコが瞬間呆れた顔をする。



「またなの。…本当にカコったら、羨ましい」

「なにがー?」



ラッピングをじっと眺め、ナコが言う。
こないだの風邪ではカコは透に借りた漫画を読んでいた。透に借りたのだと姉のナコに言った直後、そう言われた。"羨ましい"、と。



「尽くされてるって感じ?」



ぶ、とカコは吹き出す。



「漫画借りたぐらいで大げさじゃないの」

「いや他にもあるでしょ。透くんには」



首を傾げた。



「ナコ姉に対する山田さんは、相当"尽くしてる"と思うけど」
「あら、あれは違うでしょ。あーゆーのを、ストーカーって言うのよ」



おばさん風に手首を振って、あっけらかんと言うナコに、今度はカコが呆れた。



「山田さんが可哀想」

「そう?それよりさ。開けなさいよ。そのラムなんとか」

「ラムレーズン入りチョコレート」

「それそれ」



カコが顔をしかめる。



「お酒って、風邪にいいの?」

「透くんが言ったの?」

「言った。くわしくは透のままサンが」

「じゃ、そうなんでしょ」



ナコがにっこり微笑み、大きく頷いた。

透がYESと言えば、是が非でもそうなってしまう。
ぶつくさ言いながらもカコはラッピングを開けた。



「わぁ、いい匂い」

「ほんとね」

2010.05.21(金) 08:07


みょん



みょんみょん




みょーん




「だー!うるさい」



うざったそうにそのもこもこした動物を払う。
せっかく勉強集中しかけてたのに、と文句を言う雨汰に蜜がくすくすと笑った。



「やっぱり、ママの所に置いてこようか。邪魔になちゃうものね」

「…いや、別にいいよ」




雨汰にすっかりなついたその動物がその間も、学生服に潜ろうとすり寄る。
ウサギを買った。というよりほぼもらった。
小さな近所のペットショップ ――普段はほとんど水槽ばかりあるのだけど―― に、兎がいた。



「…イチゴ。」




蜜が呼ぶと自覚はあるのか反応するも、後は無視。
あの時目があって、次にはウィンクしたように見えたのに驚いて仰視した。すると、ショップのおじさんが声をかけてきたのだ。


「…」

「蜜。兎をにらむなよ」

「こ、この子絶対わたしをからかってる!」



ぷ、と雨汰が笑った。蜜からすれば真剣なので、ますます臍を曲げて見せる。「あーあ、買うんじゃなかった」

「可哀想なこというなよ。なんで飼うことにしたの」

「…だって」



おばさんはそのウサギをもらってくれないかと言った。ペットフードを買ってくれれば無料にするからと。
一緒にいたママは、気に入ったなら飼えばと微笑んだ。



「ウィンク、したの」

「ウィンク?」

「そのウサギを見たとき、ウィングしてこっちの方を見た。なんかそれが幸運みたいに感じてね。もしかしたら密、気に入ってくれるかもしれないし。それでニンジンを与えたら、よく食べたものだから」


紡いだ言葉がシンシンと心に降る。ウサギさん。イチゴちゃん。
密は覚えているだろうか。幼稚園のウサギにイチゴちゃんと名付けていたこと。私はそれを覚えていて、このウサギをそう呼び始めたのに。真っ白なイチゴはつぶやらな瞳をこちらに向けて、すぐに雨汰にあまえだした。


「やっぱりママの所へ預けてこようか」




蜜は雨汰に聞こえないような小さい声で、もう一度そう言った。

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