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おひまつぶしにでも
2011.10.20(木) 16:43
かたん。
すっかり肌寒くなった中秋の朝方だった。
そろそろ冬服を引っ張ってこようと、夏物を仕舞いこんでいるところで乾いた音が聞こえた。
あれはそう、郵便の音。
誰からだろうか、先日顔を出した母校講演の御礼状、近所のパン屋のチラシ、それともごくごく不定期に来るあれか。
「……あれ」
ヨハンの直感がそう告げた。
何がヒントにもならないが、とにかく肌がざわついた。
さわさわと、何かわきたつような、もどかしいような感覚が感情を波たたせる。

「……!!」
予感があったのに、実際目の当たりにしてみると一瞬で全身の血が巡った。
ひしめく郵便受けの中で、朝刊に交じってポストカードが1枚入った自分のそれが、際立って見える。
まるで慎重に取らなければ逃げてしまうかのように、ヨハンはゆっくりと郵便受けに近付いて、ふわりとカードを手にした。


『もうすぐかえるぜ!ガッチャ☆』


不定期な便りだというのに短い文章なのはいつものことで、どこかの国の風景と、それだけが添えられていた。
いつも通り差出人すら記していない。
しかしそのほんの短い一文で、彼はえもいわれぬ感情に襲われた。
もう、涙がでそうだ。
何度も読み返すが、何度読み返しても写真の上の見慣れた筆跡は変わらなかった。
穴が開くほど見つめて、飽きるほど読み返して、ようやくそのポストカードから顔を離すと
「!!?」
急に両頬を鷲掴まれ反射で背筋が跳ねた。
何、何事?


「……ただいま」


耳の後ろから、低く、懐かしい、日々聞き焦がれた声がした。
「…っや、やあ」
やっと絞った声はひどく情けないものだった。
ほんの数分まで、もっと平然と言葉を交わせると思っていた。
「遅いぜ」
嗚呼、もっと言うことがあるはずだ。

ぐるん、と掴まれた頬が頭ごと回され、視界いっぱいに彼が広がる。
無性に懐かしい匂いと、少しの砂の香り。
身を焦がす視線と視線を合わせれば、最後に会ったあの日より明らかに高い位置で交差した。
(ああ、この目だ)
世にも美しいオッドアイ、宇宙を統べる金を宿した、深い鳶色がそこにあった。

「おかえり、十代」

物語を、再び紡ごう。

2009.09.17(木) 21:58
a

2009.08.30(日) 13:20
「一周だ」

別離の後、突然携帯にかかってきた知らない番号。
いぶかしみながらも一応は通話ボタンを押した。
稀に、友人づたいに番号を聞いた別の友人が唐突にかけてきたりするから。
「っ……!」
「世界一周したら、絶対お前んとこ行く」
3ヶ月ぶりの声だった。
3ヶ月位じゃ忘れるはずもない、間違えるはずもない。
あの頃は当然の様に毎日聞いていた、親友の声だった。
「それまでにどっかで会うかも知れないし、会わないかも知れないけど。とにかく、一周だからな」
「あ、」
一瞬声が出なくて、
「…分かった。一周だな」
やっと一言返すと、相手は電話の向こうでふっと笑った。
「携帯、壊しちまって新しいのなんだ。電話とかずっとしてなくて悪かった」
「ああ。えー、元気か?」
「おう、元気元気。ヨハンは?」
「もちろん元気だぜ」
ほんとは、珍しく色々考えたり迷ったりして結構いっぱいいっぱいで、ちょっと弱ってたんだけど。
でももう元気だ。それも本当。
「……」
「………」
「悪い、今からトンネル入るから、また今度」
「ああ」
「寂しがるなよ?」
「あはは、十代もな!」
「―――」
ぷつり。
十代の応答はノイズにかきけされ、既に通信の切れた携帯は電子音を届けるばかりになってしまった。
「一周」
ぽつりと呟く。
世界って、一周したらどのくらいかかるんだろう。

会いたいとか無理なことを言ったら、彼は何と返してくるかな。







/その日まで


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