2018.03.13(火) 00:04
 ある意味これは、なんというか単なる甘えではないかと思う時がままある。
 疲れているときに甘いものを食べたくなるように、そのあと自分で後悔を抱えてしまうように、彼と交わった後にありとあらゆる自分の行いを反省したくなってしまうのだ。
 言葉にせずとも聡い彼にはそれが伝わったようで、なんていうこともない大人の顔をして、ふ、と笑う。
「そんなに後悔するならもうこういうことはやめればいいのに」
 身支度を整えて日常に戻ろうとしている姿を見て、無性にそれを蹴りたくなった。どうしてそんな、何でもない風にしていられるのか、こんなにたくさんの感情をぶつけられたというのに、なぜ平気な顔をしていられるのか。ああこれが普通に生きてきた大人というやつの態度なのだろうか。そう思うとどうしようもなくいらだった。
 シャツを着て、何事もなかったかのようにスーツ姿に戻る彼に、天は渾身の力を込めてどさりとベッドに引き倒す。ぐしゃりとストライプがゆがんで、彼のメガネが布団の中に埋もれた。なにすんの、とややむっとしたようにいうこの男の余裕が恨めしい。
「まだ時間があるのに」
「終電前に帰らないとリクが心配すんだろ」
「タクシー代出そうか」
「タマみたいに王様プリン換算はやめてくれ」
「もう一回しようか、二階堂大和」
「……ずいぶんストレートな誘いだなあ」
 嫌いじゃないけど、と言いながら大和の手が伸びてくる。まだろくに服を着もしていないかった天の身体へ骨ばった手が伸びてくる。
 人から触れられるのは別に嫌いじゃない。かといって特別好きでもない。自分よりも相対的に見て相手が冷たいとわかるくらいで、特別快感が得られるものでもない。
 だけども、この行為を必要以上に欲してしまう日がある。甘いものが食べたくなるように、ジャンクフードで満たしたくなるように、体に悪いと知っていても、それで満たされたくなるとき、というものは確実にあるのだ。
 理由が何だったか、彼は聞かないし、自分も語ることはない。それにどれだけ意味があるというのか、理解ができないからだ。
 だって今ここにある熱量がすべてで、今ここで交わされる言葉が真実だから、それ以上のことなんていらない。
 大和の唇を無理矢理奪うと、ぬるりと差し入れられた舌に自分のそれを絡める。天は耐え切れずに大和の首に手を伸ばすと、きちんと絞められたネクタイを外す。くだらない外面で繕ったところで、彼の中に潜むものがなんであるのか理解している。
「ボクが満足するまで今日は帰さないっていったでしょう?」
「聞いたけど俺は了解してない」
「嘘」
 だってこんなにボクを求めていたじゃない。
 空になったコンドームのケースを振る。からん、と2枚だけ出てきた避妊具を見て、大和は嘆息する。
「お前がしたいっていったから」
「了承したのはキミだ」
「…こんなのいつまで続けるつもりだ」
「ずるい人だね、キミは」
 ――いつまで、自分の責任から逃れるつもり?
 その一言が大和に火をつけさせる。いうねえ、と口の端を挙げながらそっと天の秘部へと指が伸ばされる。
 彼を煽るなんて簡単で、単純だ。大人ぶっているくせに、大人になり切れないかわいそうな大人。人を理由にして、自分の気持ちにうそをつく、典型的なダメな人間。
 その隠れている感情に気付いているから、天は煽る。大和を求める。素直になればいいのに、と言葉にすることはできない自分も自分だ。
 ずるいのは果たしてどちらなのか、と天は時折迷うことがある。
 天が大和を求めるのはただの嗜好としてだけで、彼のように人間的な情愛があるわけではない。気まぐれ以上の理由がないこの関係に、名前などつけたくなくて、天はただ唇をむさぼり、大和をせがむ。
「素直になればいいのに、どうしてキミは自分の気持ちにすらうそをつくんだろうね」
「……嘘かどうかもわからないくせに」
「わかるよ」
 ボクのこと、好きでしょう、と小さくささやく。返答はなく、ただ指が引き抜かれる。
 呪いのような言葉をなげつける自覚はあって、だけどその言葉に大和が揺さぶられていることに優越感を覚える。
 ばかばかしい、女々しい、ちっぽけな。たくさんの言葉を並べてみれば、天はどんどん自分が汚いものになっていくような気がした。
「……嫌いだよ、おまえさんみたいな」
 純粋に俺を求めるやつが、といいながら大和が天に覆いかぶさる。噛みつかれた肌はぢくり、と痛みがにじんだ。



2017.07.09(日) 19:22
それでも諦めたくはない/ヤマ←天
※pixiv

誕生日が来るたびに恐ろしかったことを思いだす。
双子の弟の喘息は重篤なもので、歌を歌うことなど子供時代は考えられなかった。
父と母は小さな店をやっていて、夜は二人でいることが多かった。一度電話がなかなかつながらず、陸の咳が収まらなかったとき、自分も泣いてしまったことがあった。そのあとからだっただろうか。発作が起きた時にどうすればいいか、と母親に真剣に聞いたのは。
二人でいるには大きすぎる子供部屋で、小さな体をぎゅうと抱きしめた。抱きしめ合って、それで、陸が生きている実感をした。
いつ、一人の誕生日になってしまうんだろうか。いつ自分と陸は離れてしまうのだろうか。そんなことを考えながらずっとずっと生きてきた。
 
――幸いにして、20を目前にして弟は生きている。喘息もだいぶ症状は軽くなった。吸入器は手放せないが、それでも彼は、元気で今年も誕生日を迎える。
そうして、陸の誕生日、ということは天の誕生日でもある。
いつからか―― 一人で祝われることが当然となってしまった誕生日は、つい最近になって二人の誕生日に戻りつつある。それでも、世間的には「誕生日が一緒のライバル」でしかない。
天にとっての誕生日は、自分自身のものというより、一年健やかに陸が生きてこれた日の証明に近い。
それは、天にしてみれば誕生日というものはあってないようなものだ。そもそも七瀬天として生きていた時間はすでに終わっている。今いるのは、全てを捨てて九条の養子となった「九条天」だ。
それでいいのだと、きっと陸は言うだろう。
天にぃがいてくれなかったら、とそんな風にいうだろう。
だから天は、九条天となったからこそ、誕生日を正しく認識することができたのだと思うことにした。
今は、TRIGGERの楽、龍之介、Re:valeの百や千、そしてIDOLiSH7。すっかり馴染みとなった面々から祝われた言葉に、天の頬は知らずに緩んでいく。
もらった誕生日の手紙にじっくりと目を通す。時間は既に日付変更線を越えようとしており、この幸せのままに眠りにつくことができるだろう。そんなときに、ぴろりん、と一通のラビチャが届く。それは、天の誕生日を祝う内容のものだった。陸ではない。陸だったら、こんな、日付も変わりそうな遅い時間に送ってきたりしないだろうから。
 そうして、こんな時間に天に連絡をよこす人間など限られている。ラビチャを開くと、その人物からのメッセージが飾り気なくひとこと、ぽつん、と表示された。
『九条ってピンクっぽいよな』と。
待ち焦がれたその一通は、あっさりと天の期待を裏切る。床にスマフォを叩きつけたい衝動を必死に堪えて、天は感情的になっていた自分を恥じた。


天の誕生日から数日たったある日、鷹匡がいない夜だった。二階堂大和が「終電に乗り遅れた」といって自宅に泊めてくれと頼んできたのだ。
珍しいこともあるものだ、と思いながらも天は了承する。
それが、大和の精いっぱいの甘えで、「会いたい」の裏返しであることを承知していたから、天は深く理由を聞かなかった。
そういえば、と天は思い出す。二階堂大和は、誕生日が好きだったと以前言っていた。
内縁の子であった大和は、それでも幼少時代父親が好きだったという。――否、今でも彼は父を愛しているのだろう。真実を教えてくれなかった父を憎んで、憎むことが原動力になっていた。大好きだった父親に認知されなかった苦しみは、いかほどのものなのだろうか。
彼のその事実を知ってからというもの、天は大和を少しだけ受け入れるようになった。
あの瞬間、彼は幼い日の陸のように家族の愛を求めていた。愛してほしい、受け入れてほしいと言いながらそれを叶えられない自分に苛立っていた。
その姿が、天の脳裏から焼き付いては離れない。
どうしようもなく、彼があの日――天が突き放した弟と重なってしまったのだ。
あんなに飄々とした姿で、役者としての才能は目を見張るものであって、しかもIDOLiSH7にいれば年長者としての務めをしっかりと果たしているのに、天の胸にあるのは二階堂大和がただ一人の幼子であることでしかない。
自分たちの関係を語るにはきっと一言では言い表せないのだろう。お互いがお互いを見ながら、過去の何かを思い出し、贖罪のためにお互いを慰めあう。
それは例えば、互いの家に呼び合うくらいには親しいのだ。
「…用意、しないと」
別に構う必要はない。なにを用意するわけでもない。けれど、大和のためにビールの一本くらいは冷やしていたい。そう思う程度には、彼に天自身も心を許している。
ほどなくして、大和は天の家のインターフォンを押した。無言で迎え入れた天の頭を大和は撫でる。酒の匂いは、しない。すぐに天は気づいた。
「…それで?嘘ついてまでどうしてきたの?」
「やっぱりバレてた?」
やけにあっさりと認めた大和に、天はビールのことを言うのをやめた。
大和が素直じゃないのは今に始まった話ではない。会いたいの一言すらいえず、まっすぐな言葉の一つもない。今更格好つけたところで大和の涙を知っている天からすれば何を強がっているのだと言いたいくらいだ。
それでもそれを崩さないのは、天が年下であるという、大和が年上であるというくだらない矜持からか。
天は、大和をソファに座らせると、横に自分も座る。拳半分開けて座った瞬間に大和ははあ、と顔を覆ってため息を吐いた。
「……悩み事でもあるの?まさかキミまで熱愛報道されたとかじゃないよね?」
「違うっつーの」
「じゃあいいけど。夜中に人の家に押しかけてきてまさか何の用事もなかったとかじゃないよね?」
言いながら天は、その可能性が高いような気がしている自分に気づく。だとしたらますますどうしようもない。会いたい、と言われればまだ天も交渉の余地があったが、嘘を吐いているとなると話は別だ。
「…ねえ二階堂大和。ボク、キミの彼女とかじゃないけど」
天はやや苛立ちながら大和に言葉を促す。それでも大和は真っ赤にした顔を抑えながらあーだのうーだのと唸るばかりだ。
いったいなんだというのだろう。この分だと白状するまでだいぶ時間がかかるか。回答次第ではこの非常識な男をつまみ出さねばならない。天がタクシー会社の電話番号を検索し始めた時だった。
ぱしり、とスマフォを弄る天の手を大和が掴む。そうして、少し目を背けながら大和はあー、と何かを言おうとしていた。
「……えーと、」
「なに。いつもの失礼な口はどこに行ったの」
「いや、あのな、こういうの苦手で」
「こういうのって…」
「だから、わかるだろ?真面目な話するとき。九条も見たじゃん、親父のこと話したときの」
「……」
それはつまり、その時と同様の状況がいま大和の中に起こっている、ということだろうか。天に対して、彼の父親のことと同程度の話をしようとしていると。そういうことか。
仕方ないと思いながら、次第に強くなっていく大和の握力に天は顔をしかめる。その表情を察する余裕位はあったようで、大和は悪い、と言いながら手を離した。
「…えーと、九条さん」
「はい、なんでしょう二階堂さん」
ソファに正座になった大和に向き合い、天は大和の顔を見た。これは本当に酔っているわけではないようだ。回りくどい男だと思いながら天はじっと大和を見る。
そうして、大和は照れの残る声でぽつん、と言った。
「誕生日おめでとう。遅れて悪かった」
「おく…え?あ、そういう…」
今度は天が驚く番だった。まさか大和がその一言を言いにわざわざ来たというのか。
こんな夜更けに言うことでもないだろう。もっと言えば、ラビチャで済む内容なのに、どうして。
言えたことにほっとしたのか、大和ははあ、と大きく息を吐き出した。そんなに頑張って言うような内容なのだろうか、と天は一瞬怪訝に思う。
「あーよかった。7月中に言っときたかったんだよなあ」
「ありがとう。それを、言いに来たの?」
「え、ああまあ…うん、そうだな」
はは、と笑いながらいつもの表情に大和が戻っていく。
さっきの緊張と、重大なことを言う前の表情はなんだったのか。天は訳が分からなくなって大和の手を掴んだ。
「――ねえ、二階堂大和。たったそれだけ?それだけのために、終電逃したって嘘までついてここに来たの?」
真実を隠されることを、彼は誰より恐れていた。大好きだった人に裏切られて、好きだった誕生日もどうでもよくなってしまうほどに傷ついていた。
ここに来る時の大和はいつだって何かを抱えていた。その大和を、天が見られるのが心地よかった。誰にも見せない大和がここにはいて、他愛ない話をしてまた元あるべき場所に帰っていく瞬間が好きだった。
だから、もしかしたら予感していたのかもしれない。誕生日の言葉に隠された大和の本心に。
余計なことだと思いながらも、それを暴きたかったと思ってしまったのかもしれない。
「…あのさ、九条」
「なに」
「俺と陸が、付き合ってるって言ったら、お前は怒るか?」
きゅう、と言葉に詰まる。世界が反転したように暗くなっていく。広がっていた心地よい環境が崩れていく音がする。
大和が言い終わるよりも早く、天は大和をソファに引き倒す。筋肉質な体がゆっくりと倒れていった。
反転する。すべてが反転する。裏切られて傷つけられて、勝手に期待して裏切られて、それでも大和が笑っているなら、陸が了承したならそれでいいのだとどこかで自分が言う。
だけど。
今の自分はそれどころではなくて、ただ一つだけ思ってしまったのだ。許されないことを一つだけ天の頭が回っていく。
ああ、誕生日がよかったなんて、思わなければよかった。
「え、っと」
天に飛びつかれたままどうすることもできない大和が困ったように手を挙げる。降参のポーズを取った大和に、天は上からにらみつける。
「許さない、って言ったらどうするの」
「…………九条」
「人を傷つけて、そのままにするなんて、どうして許せるの」
こんなの八つ当たり以外の何物でもない。大和を救ったのは天ではなく陸だった。陸も又、同じような想いをした大和を選んだ。ただそれだけの話だというのに。
だというのに、こんなにも胸が痛い。
うつむきながら天は大和へと飛びつく。抱きしめた温度が熱い。いつの間にか流れた涙が大和のシャツを濡らしていった。先ほど同じように大和は天の頭を優しく撫でる。突き放すことができない大和の残酷さを恨んだ。
「ごめんな、九条」
「陸は、そんな顔をしていたのかな」
「…え」
「ボクが出ていった夜に、そうやって泣いてたのかな。キミは…陸の気持ちを、わかってあげられたのかな」
「……九条」
天の腕が伸びる。大和に顔を近づける。重なる唇が語るのは憐れみだったのだろうか、それとも単純に自分の心に従っただけなのだろうか。
わからないまま、天の発した一言は大和を縛り付けた。


=====
誕生日ネタにしては重いし暗いですけどたぶんこのあとヤマ天になるんだと思います。
天のことが好きって気づいた大和が「陸と付き合ってるけど」って嘘ついて天を試して成功するけど、そういうことするんだって軽蔑されてアレ?両想いなのに??ってなる拗らせてる話 
いつもの


2017.06.24(土) 20:13

日常になった風景/歌仙+大倶利伽羅(刀ステネタバレ)

 

 

 とん、と置かれた酒瓶からはふわりと甘い匂いが漏れた。まるで叩きつけるように猪口を置く。あんたの力なら壊れてしまうだろう、と喉元まで出かかった言葉を大倶利伽羅は飲み込んだ。

「…なんのつもりだ」

「別に。疲労困憊している貴殿を笑いに来ただけさ」

 歌仙兼定はそう言ってと顔を背けながら大倶利伽羅の隣に座る。裏地に花柄があしらわれた外套がひらりと揺れた。

 先の出陣で敵に背後を奪われた大倶利伽羅は背中に傷を負っていた。先ほど手入れ部屋から出てきたばかりであり、戦場を駆け抜けてきた名残がどこかに残っている。

 無理やり猪口を奪うと大倶利伽羅は手酌をしようとする。しかし、歌仙がそれを許さない。一度置いた酒瓶を取り上げると、にんまりと大倶利伽羅に笑いかける。

「まったく無様な姿だね。一人で戦えるといっておきながらその実手入れ部屋行き。東北の田舎刀は雅じゃないだけじゃなく、学習能力もないと見える」

「だったら放っておけばいいだろう。わざわざ酒を注ぎに来たのか」

言って、大倶利伽羅は歌仙が握っていた酒瓶をもぎ取る。歌仙が持ってきたもう一つの猪口に勢いよくそれを注ぐと、透明の液体はあっさりと盃から零れた。

「せっかくの酒が台無しじゃないか!」

「ふん」

 継がれた酒をごくごくと飲むと、大倶利伽羅はそのまま歌仙から目を背ける。いったいこの雅だ風流だとうるさい刀は何を求めて自分の下にやってきたというのだろう。まったくしつこい奴だ。一人になれる場所を選んできたというのに。

 酒の零れた指を舐めながら、歌仙はちびりちびりと酒を飲んでいる。

 黙っていればいいものを、彼は余計なことをべらべらとしゃべりすぎる。いつだったか、彼と所縁のある短刀が「歌仙は人見知りだから余計にしゃべるんです」と言ったことがある。こんな人見知りがいてたまるか、と大倶利伽羅は思う。

「一人で戦えるモノなんかいないよ。生憎人の身になった僕らは両手に届く範囲、両目が映す視界しか認識できないんだ。背中に回り込まれたらひとたまりもないだろう」

「………」

「そんなこともわからないのに一人で戦えるなんておかしなことを言わないことだね。援護に回る僕たちの身にもなってくれ」

「………」

「聞いているか?大倶利伽羅」

はあ、と息を吐き出して大倶利伽羅は歌仙を睨みつけた。せっかくゆっくりしていたところに、彼の声があったのでは休まるものも休まらない。

 独眼竜政宗が天下を望んだあの関ヶ原の一件以来、歌仙は隙を見つけてはこうやって大倶利伽羅の下にやってくる。

 やれ酒が手に入っただの、やれ負傷を笑いにきただの理由はその時々で違うが、共通しているのはこれと言って大きな理由があって来ているわけではない、ということだ。

 その気軽さが大倶利伽羅にとっては疎ましいものだった。

 馴合いたくはないと言っているのに、勝手に踏み込んでくる。そのくせ、自分を尊重するかと思えばそれもない。ただ、自分の思うままに勝手に踏み込んでくる歌仙に、大倶利伽羅はほとほと嫌気がさしていた。

「俺にかまうな。何度も言っているだろう」

「おや、構ってほしいとばかりに遠くに行くのに構ってくれるなとは随分ご挨拶だ」

「誰もそんなことを言ってない」

 歌仙は小馬鹿にしたように肩をすくめた。

「はあ。まったく貴殿はどうしていつもそうなんだ。この間の一件で少しは歩み寄れたと思った僕が阿呆だったよ」

「好きに喚いていればいい」

「それではここからは僕の独り言だ」

 言いながら歌仙は酒瓶を大倶利伽羅の近くに置いた。そのまま自身は立ち上がると、大倶利伽羅に背を向ける。

「僕はね。僕たちのかつての主たちが縁を築いたように、生き抜いた友を褒め称えたいと思うんだ。一人きりにするのはあまりに心苦しい。たったひとり、忠臣の手を振り切っても天下を求めた彼を止められなかった三斎さまがどれほど後悔したのか僕はこの目でみてしまったから」

「…」

「おやすみ、大倶利伽羅。明日も出陣なんだろう?こんなところにいないで体を休めるといい」

 そういって歌仙は去っていった。手元に残された酒の匂いはどこか甘い。

 

 

刀ステ観に行きました すごかった

 



2017.06.18(日) 22:12

Father?s Day(大和+楽)

 

 

 学校で書かされた父親の似顔絵が父兄参観に掲示されたとき、俺は自分の絵心のなさに感謝した。千葉志津雄、っていう大俳優は名前こそ知らなくても小学生でも顔を見りゃわかるし、親世代だったらきっと察していたことだろう。

 仕事が忙しいから、と父親参観に来なかった親父を俺は一度も恨んだことはなかった。親父は、一生懸命仕事をしている。おふくろは親父の悪口を一言も言わなかったし(今思えばすごい話だ)、サロンに入り浸る業界人も親父のことを悪く言わなかった(そりゃそうだ)。

 クラスの誰かが父親とこんなことをした、あんな所に行ったといっても俺は我慢した。

 

 だって俺は親父の息子で、仕事が忙しい親父は、俺のために頑張ってくれてる。

 

 そんなことを思えば何も言葉は出なかった。

 我ながら健気な小学生だと思う。何も知らないで笑っていたころの俺は、ただヘッタクソな似てない似顔絵を描きながら、親父に愛された実感をしていたのだから。

 

 

「父の日どうすんだよ」

「え?」

 親父の引退騒動が済んだ後に、八乙女が気を利かせて飲みに連れて行ってくれた。もちろんおごりだ。といってもいつも行く安っぽい居酒屋だけど。

 日本酒を口にした俺はだいぶ酔いが回ってきて、アイドルがどうだとか自分の俳優としての在り方はどうだとかそんなことを訥々と語っていた。 

 一頻り恥ずかしい話をした後で唐突にそんなことを言われたものなので、俺は酒を飲む手を止めた。

「……どうすんだよって」

「いや、だからなんか贈り物とかすんのかなって」

「ああ…」

 そういうことか、と頭の中でようやく合点する。そんな習慣今までなかったのでピンとこなかったのだ。

「八乙女こそあの親父さんのあげんの?」

「……やるっつうか…まあ、一応な。片親だし」

「へえ、えらいじゃん。さっすが八乙女楽」

「いや、だからお前の話だよ二階堂!話をはぐらかすな!」

「ええー…」

 そんなことを言われたって。

 親父とはもう何年も言葉を交わしていなかったのに、急にそんなことをしてはどうかとか言われても。そりゃ、少しは歩み寄り始めたとは思うけど、だからと言ってそれで仲良し親子に戻れるのかって言われたらそんなことはない。

「そういうのはちゃんと親子って胸張って言えるやつらがすればいいんだって」

「そうだけど」

「イヤーだってさ、今更俺が出ていったところで、なんだよ金貸せって?って言われるだろ」

「……二階堂」

「だからさ、それはなしなし。俺もお前とおんなじ片親だよ。あ、おふくろにまた電話しないと」

 自分でも、言葉が早口になっていくのが分かる。聞かれたくないこと、具合の悪いことはこうやって誤魔化していく。自分の悪い癖だ。また逃げようとしている。

 地雷を踏まれた。そんな表現がしっくりくる。八乙女はきっと世間話の一つであって他意も何もないはずなのに。それなのに。

 まずい酒を飲ませてしまった、と思いながら俺はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。

 

 父の日の贈り物なんていつからしていないだろう。6月に合わせて行われた父兄参観、あのときに似ていない親父の似顔絵を描いたのが最後だ。それくらい、父の日は俺には遠い世界の話だった。

 八乙女に言われたから、というわけではない。

 ただ父の日で、電話を掛ける理由とか親父と少しだけ歩み寄る理由とか、そんなものにしたくて恐る恐る指でスマフォを押す。

 一回。コール音の音がなってやっぱりかけるべきじゃなかったと後悔する。

 二回。ワンコールで出ないことを血だな、なんて思いながら何を言えばいいんだと頭が動く。

 三回、四回。でない電話にしびれをきらしてあと一回出なかったらいいや、と諦める。

 五回。

 それでも出ない電話に、六回目が鳴り終わる前に電話を切ろうとして、だけど。

『…大和か』

「――父さん」

 つながってしまった電話にああ、と身震いする。電話の向こうからはどうしたんだ、と柔らかな声が聞こえてくる。

 まるで、あの日の似顔絵を見て、「上手だな」と褒めてくれた時のように。

 

 

 

 

父の日おめでとうございます。

 

 



2017.06.18(日) 20:49

友達の境界/たまいお

 

 真夜中に抜け出そうとした環に一織が声を掛ける。眼鏡をかけたまま、カーディガンを羽織ってきた彼は、課題が終わらないので眠気覚ましのコーヒーが欲しいと言ってきた。 

 珍しい話だ。環は何か奇妙なものでも見た、とでもいうようにぽかん、と口を開けた。

「いおりん珍しいね」

「深夜徘徊ならお付き合いしますと言っているんですよ」

 そのまま玄関に向かう一織はどこかふらふらと不安定な歩き方をしていた。危ういその肩に環は思わず手を絡ませていた。

 まるで、恋人のように肩を抱き寄せる格好になる。一織から拒絶の言葉が出るのかと思いきや、彼はふふ、と笑いながら「四葉さん、近いですよ」というだけだ。

 その言葉に、環のほうが照れてしまった。ぱっと手を離してそんなんじゃねーし、というと一人でサンダルを履く。

「さて、行きましょうか」

「いおりん、ふりょーだ。ふりょー」

「あなたも同罪でしょう」

 違いますか?と言われては環は言葉をなくしてしまった。

 

 コンビニまではゆっくりと歩いて5分程度のところだ。夏が近づいた空は澄んでいて、星もいつもよりもきれいに映る。

 人通りのない通りは酔っ払いが時折ふらふらと千鳥足で歩くだけだ。環と一織がアイドルだということも、今この夜の中ではそんなに重大なことじゃないような気がした。

 一織は珍しく上機嫌だった。環の深夜徘徊を咎めることもなく、ただ付き合ってほしいと夜の散歩に連れ出してきた。どういう風の吹き回しだろうか、と内心環は気が気ではない。

「いい夜ですね、四葉さん。涼しくてよかった」

「おー」

「昼間はもう暑いですから」

こうやって歩いていると自分たちがアイドルだということを忘れてしまう。昼間括っていた髪の毛は解かれて環のうなじにすうっと夜風が通り抜けていく。

「もうすぐ一年ですね」

 コンビニの明かりが見えてきた、というときに急に一織はそんなことを言い出した。変わらない表情で、一言だけ、ぽつん、と。アイドルじゃない時間を過ごしていた環にはそれが何を示しているか一瞬わからなかった。

「あ、ああ、そーだな」

「今忘れていたでしょう」

「忘れてない」

「忘れてましたよ」

「わすれてねえよ!」

 そんな顔をしていましたから、と笑う一織は、どこか楽しげだ。

 環は知ってる。

 一織がどれだけアイドリッシュセブンというものに思い入れがあるのか。どれだけ自分たちを輝かせることに必死であるのか。

 こんな時間まで、課題をやっていたわけがない。だって一織だったらそんなのすぐに終わってしまう。きっと、自分にはわからないくらいのアイドリッシュセブンについてのなんやかんやをやっていたんだろう。

 アイドルじゃない時間も、アイドルをしていて、アイドルについて考える一織が、環は心配だった。

「いおりん、あのさ…」

「なんでしょう」

「…あの」

それ以上、遠くに行かないでくれよ

そんな言葉は喉元で消えていく。だってあんなに楽しそうな一織はめったに見れなくて、こんな風に一緒に並んで歩くことだって珍しくって、いわゆるデレ期ってやつで。

――自分のあいまいな言葉で、彼を傷つけたくない。

だから環はその言葉をぐっと飲みこむ。

「……そーちゃんとヤマさんには内緒だぞ」

「癪ですがそうしましょう」

初めての内緒の夜。それはきっと一織が出したSOSだったのだと環の胸はちくりと痛んだ。

 

 

=========

BGM 友達の境界:Liz Triangle

 

3部の一織がどうしたって危うくて彼はマジで第二の九条鷹匡になってしまうんじゃないかと思ってしまう。危うさに気づく環が何もできないし、何が危ういかわからない。そういう高校生組

 

 



[次#]

無料HPエムペ!