愛だなんて呼ばないでくれ。
無駄に。そう、ただ無駄にイライラする。
何をするにも、腹が立つ。インターホンが鳴るだけで、雨の音が聞こえるだけで、誰かが泣くのを見るだけで、凄まじいストレスを覚える。
「ねえ、どうしちゃったの?」
女が泣いて縋る。
言っただろう、泣き声が聞こえるだけでイライラするんだ。泣き叫び、腕にしがみつかれた日には、それはもう、殴り倒してしまいたくなる。性別なんて関係無しに。
「やっぱり、あなたおかしくなったわ。……将吾さんが死んでから」
女は最近、俺と顔を合わせる度にそのようなことを言う。
将吾、しょうご、ショウゴ……。
ああ、その名を聞くだけで、俺の心は穏やかになっていく。俺を落ち着かせてくれる唯一の存在。
それなのに、女はまるで将吾のせいで俺がおかしくなったとでも言うようだった。
「ねえ、あなた将吾さんとはどういう関係だったの?」
女がこれまたくだらない質問をしてくる。答える気は全くない。
俺と将吾の関係? 決まっているじゃないか、ただの友人。それだけだ。
何故にそんなことをわざわざ説明しないといけないんだ。
「ねえ、答えてよ! 私はあなたの婚約者なの。知る権利が、知る義務があるのよ!」
義務だの権利だの、いろいろと叫び、問い詰められる意味が分からない。
そもそもいつからこの女は俺の婚約者になったんだ? 勝手に恋人面されて困っているというのに。
「説明して、将吾さんはあなたの何だったのよ?」
またこの質問が繰り返される。聞き飽きたその内容。
『いやあ、知らなかったな。お前と将吾がそんな関係だったなんて』
『俺、お前ら二人と仲良かったつもりだったけど、全然気付かなかったなあ』
『最期なんて、将吾は病院のベッドの上でお前の名前をずっと呼んでたんだってな?』
『お前はお前で、恋人をほっぽりだして病院で将吾の手をずっと握ってたし』
『なんか、将吾くんが亡くなってから性格変わったね』
『ありがとう、アキくん。将吾を愛してくれたんでしょう?』
『あの子、最期は幸せだったと思うわ』
男友達二、三人の声。女友達の声。そして将吾の母親の声。
思い返しても意味が分からない。一体なんだっていうんだ。俺と将吾の間に愛と呼ばれるものがあったとでも言うのだろうか。ただの友人という関係では済まされないのだろうか。
――愛だなんて、もううんざりだ。そんなものより友情のほうがずっと確かな存在だ。
「わ、私より将吾さんを愛してたっていうの?」
目の前の女がまた叫んだ。いい加減にして欲しい。本当に殴って黙らせたい。
愛、だって? そんなものあるわけないだろう。俺と将吾の間はもちろん、俺とこの女の間にも。
「ただのお友達だなんて紹介したのは嘘だったのね?」
嘘を吐いたことを非難するように睨みつけてくる女。だが、俺は嘘を吐いたつもりなんて全くない。だいたい、紹介したのではなく、俺と将吾が二人で会っていたところに女が押し掛けてきただけなのだが。
しばらく経っても女は未だに俺を睨みつけている。女の方は答えを聞くまで動かないつもりらしいが、こちらは段々と面倒くさくなってきた。
愛と呼ばれるものはない。かといって友人ではないとされる。そんな関係を何と呼ぶのだろうか。
――こうなりゃ神様、アンタにお願いだ。最近、アンタにお願いしてばっかりだけど。
この前みたいに死人を生き返らせろなんて言わない。ただ、俺とアイツが愛なんて言う不確かなモノで繋がっていたということを否定してくれ。
――あぁ、あともう一つ。
仮に、俺とアイツがただの友人では済まされない関係だとされてしまうなら、の話だ。
――どうか俺とアイツの関係に名前を付けてくれ。愛なんて不確かな名前はもういらないから。
もっと強い何かで、俺たちを結び付けてくれ。死をもってしても切り離すことのできない、強くて確かな何かで……。
【END】
あとがき
ウロコボーイズ様に投稿したものです。
結構シリアスになりました……多分。
毎回思うのですが、書くって難しいですね! そして鈴野の場合は進歩がないという……。
何はともあれ、読んで下さって本当にありがとうございました。
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