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失恋日プレゼント!





 宿敵の君にプレゼントを贈ろう。何がいいだろうか? 俺と君だけで祝う日だから、特別な贈り物をしたい。なんたって今日は――。


「純くん、失恋おめでとう!」


 慌てて買ってきたクラッカーを派手に鳴らした先の君は満面の笑みを浮かべている……なんてことは有り得ないんだ、残念ながら。


「……だ」


 君の口はピクピク、とひきつってしまっている。ああ、可愛い顔が台無しじゃあないか……!


「誰のせいだと思ってんだぁぁあ!」


 凄まじい怒号をBGMに、勢いよく繰り出された君の拳は、俺の左頬にクリティカルヒット! 俺は床に倒れ込む。そして、純はフン、と鼻を鳴らす。そう、いつものように。



 俺が起き上がるまでには数分かかる。これもいつものことだ。俺たちにとっては慣習のようなもの。
 でも、君は知らない。俺が何故すぐに起き上がらないかを。勿論、痛いから起き上がれない、というのも理由の一つだ。しかし、真の理由は別にある。
 君に、俺の自嘲の笑いを見せたくない。自虐的な微笑みを浮かべた俺を見たら、君はきっと怯えてしまうだろうから。


 ――君が、純が、どうかこのことに気付きませんように。
 俺は、ただそれだけを祈っている。




××××



 失恋記念日というのは、純が失恋した日を、俺と、そして純で祝う日である。純が、純を愛してはいない女と別れた日。俺にとってこんな嬉しい日は他にない。勿論純にとっても祝うべき日である、と俺は思っている。



「何が“失恋おめでとう”だよ! お前がエリナちゃんを誑かさなければ……!」


「俺からじゃないでーす。向こうから誘ってきたんでーす。俺はそれを丁重にお断りしただけでーす」



 俺の言葉にほとんど嘘はない。純の彼女(今となっては元カノ)が俺を呼び出し、告白してきたのだ。俺は告白の返事をする前に、俺と付き合いたいなら、前の彼氏はどうしようか? と尋ねた。すると女がその場で純に電話を掛け、純に別れを一言で告げた。そして女が笑顔で電話を切った瞬間、それはもう丁寧に、そして満面の笑みでソイツを切り捨ててあげた、それだけなんだ。
 ――純を足場にして俺と付き合おうなんて魂胆、最初からお見通しだよ。そんな女は純に必要ない。



「お前……。これでも俺、かなり傷付いてんだからな……」



 それはよく分かっているよ。結局は、俺がお前を傷付けている。たとえその傷がすぐに癒えるものだとしても、俺がお前を傷付けたことに変わりはない。
 でも、こうは考えられないだろうか。君がその女の実態を見るよりも、俺のせいで振られたということにした方が君の傷は浅い。
 現に今、君は傷付いた顔をしてはいるが、俺を殴った手からは100%の怒りは感じられなかった。……せいぜい87%くらいだろうか。
 とにかく、俺という存在(純曰わく、“宿敵”らしい)のおかげで君の傷は少しかもしれないが軽減されているのだ。



「――で、今回は何をくれるわけ?」


「……は?」


「だから、いつも失恋日プレゼント、とか言うヤツくれるじゃん。この前はキーホルダー、その前はカップだったよな?」



 そう、いつも失恋日プレゼントを贈っているのだ。そして実はそれらは俺とおそろいだったり、色違いだったりする。……良いんだ、イタい奴なのは十分承知だ。それに純はそのことを知っている。
 「俺とおそろいのキーホルダーでーす」なんて言って手渡したら、嫌そうにしていたが、ちゃっかり使用してくれているのだし。



「いや、それがさ。急なことだったんで、買えなくて……」



 大抵は俺から女に揺さぶりを掛けて別れさせるのだが、今回は向こうから告白してきたから、何か特別良いものを吟味する時間(そして金)がなかったのだ。



「しかしその代わりに、航樹オリジナルディナーを用意致しました!」


「……まあ、いいか。お前のメシは美味いからな……って、そういやお前どうやって俺の家に入ったんだよ!?」


「この前、貸した本を返して欲しいって言ったら、デートで忙しいからって合い鍵くれたじゃん? ……その鍵!」


「合い鍵をあげたわけじゃない。“予備の鍵”を“貸して”やったんだよ! 今すぐ返せ!」



 鼻息荒く俺の手から鍵をもぎ取ると、椅子にドカッと座った純。テーブルの上に上品に置かれていたナイフとフォークを両手に握り、さあ、メシを出せ! 怒って腹減った! と喚く姿は、下品以外の何者でもない。
 しかし、俺も怒らせた自覚はあるのですごすごとキッチンに戻り、あらかじめ用意した前菜を運ぶ作業にとりかかった。



××××



 正直に言うと、かなり手抜きした料理だ。しょうがないじゃないか。何せ時間がなかったのだ。
 極めつけは、メインに使う牛肉をうっかり買い忘れたことだ。しかも、純の家には食材がほとんどない。辛うじてベーコンはあった。……牛肉の代わりにベーコンかい。
 苦肉の策で作ったメイン。喜んでくれるだろうか。



「お次はメインディッシュ、大根のステーキ仕立てでございま――」


「大根!?」



 皿の上には、大根をベーコンで巻いたもの。周りの野菜で誤魔化そうとしたが、正直ちょっと貧相だ。
 純はしばらく怪訝な顔でそれを見つめたり、フォークで突っついたりした。やめろよ、大根がますます可哀想じゃないか。



「……」



 一口大に切られ、純の口へと入っていく大根とベーコン。大丈夫だろうか。
 純がそれを味わうしばらくの間、俺は純を見つめることしか出来なかった。



「……美味い!」



 その一言が発せられるまですごく長い時間だったように思えた。ふっと肩から力が抜け、疲れが一気に押し寄せた。



「美味い! え、こんなに相性良いんだ! 意外だー」



 俺のことなど気にせず、パクパク食べ進める純。その笑顔に安心する。
 そして、俺もやっと食べ始めた。



「……俺、もう彼女作るのやめる」


「は? 何で?」



 唐突な純の言葉にびっくりする。それは願ってもない話だが、あまりにも唐突すぎる。



「意味無いなって思った、それに、最近彼女といても楽しくないし……」


 純が俺を見て微笑んだ。


「まあ、つまりは、お前がいれば十分ってことだよ!」


 ありがとう、純。俺は、その言葉だけで十分だ。やっとこの気持ちが報われた。涙が出そうなのを必死に隠して精一杯の言葉を言った。



「……俺もだよ、バーカ!」



 こうして、何度目か分からない、純の失恋日パーティーの夜は過ぎていく。



「あ、お前、スープかなり手抜きしただろ! 缶詰めのやつに手を加えただけだ!」


「あ、バレた?」


「バーカ、お前の手料理を一番食ってるのはこの俺だからな!」



 自慢気に言う宿敵に、つい吹き出した。俺のほうが食べてるよ、俺の料理なんだから。
 もしそう言っても君はきっと、いや俺だな! って言い張るだろう。何でもすぐ張り合いたがる俺と君だから。




 失恋おめでとう、親愛なる宿敵さん!
 いつか君に伝えたい言葉があるのだけれど、まだ俺にもはっきり分からない。もう少し待ってろ。



 P.S.大根とベーコン、なかなかの相性だよな?




【END】





あとがき
宿敵シリーズ第三弾! いつまでウジウジしてるんだよ! と、言いたい方も多いでしょう。私もそう思います←

大根とベーコンは本当に美味しいです。
最後まで読んで下さり、誠にありがとうございました。



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