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愛を込めて、君の宿敵より




「俺、また彼女できちゃったー」


 どうだ、羨ましいだろ? とでも言いたいのか、胸を張っている純に俺はせせら笑う――もちろん表面上の話だ。


「はーいはい。せいぜい、踏み台にされないように頑張れよ」


 本当は、本当の俺は、心の中で悔し涙を流しているのに。今の俺は、純を傷つける言葉を言うことしかできない。バカだろ、俺。


「ふ、踏み台って……! 他に言い方ねえのかよ!」


 ほら、涙目になっちゃった。でも、そんな純もなかなか……。
 そんなことを思いつつ、口に出した言葉はこれ。


「うーん。……ステップ?」


 ……もちろん、この言葉の後に思いっきり殴られました。でも、いいんだ。純は間違っちゃいねえよ。
 いや、俺がドMとかそういうことじゃなくて。俺は殴られなきゃいけないから。……殴られる価値もないかもしれないけど。



 純に初めての彼女ができたのは、中学二年生。今と同じように自慢されて、無性に腹がたったことを覚えている。そのときは、幼なじみ兼ライバルに先を越されたことに苛立ったのだと思い込んでいたのだけれど。




『航樹くん! あたし、本当は純じゃなくて、あなたのことが好きなの!』


 ある日、その純の彼女に二人きりで会いたいと放課後の教室呼び出されて、いきなり告白された。――正直、ドン引きした。純のことを何だと思っているんだ、コイツは。


『純には悪いと思ってるの。でも、そうでもしないと、航樹くんに近付けなくて……!』


 必死な表情を見ても、同情なんてできない。泣きそうな顔に嫌悪感すら浮かんできた。


『航樹くん! あたし、あなたの――』


『――無理だから』


 最初と同じような言葉を口にしながら俺に抱きつこうとした女を拒絶しながら、淡々と言う。


『そういうの、無理だから』


 本当は気持ち悪いとか最低だとか言おうとしていたけれど、そんな気力もすっかり失せていたらしい。口から出てきたのは自分でもびっくりするほど冷たく、だるそうな言葉だった。
 そうやって俺がびっくりしている間に、女は涙を目にいっぱい溜め、俺に近づいてきたようだ。
 はっとそちらに目を遣れば、手のひらがこちらにかなりの勢いで向かってきていて――女の歪んだ顔がその向こうに見えた――もう、避けたり防ぐ暇はなかった。


『……酷いよっ!』


 バシン(いや俺にはドシンぐらいの衝撃があったが)という音の後に、そそくさと身支度を整えた女は、教室の前のドアから出る際にそう叫んだ。――いやいや。そう言いたいのはビンタを喰らわされた俺ですけど? と言う間も無く、バン、という音を立てて去っていってしまった。


 痛い。頬の痛みだけが俺に突き刺さっていた。
 純はあんな女のどこが良くて付き合ったんだろう。それが疑問だ。……まあ、純は女にはとにかく優しいから迫られて断れるわけねえか。
 何となく溜め息を吐きながらカバンを持って、後ろのドアから出た。


『――っ!』


 教室を出た途端、何かにぶつかった感触がして、それから目を見開いた。


『……バーカ、ここは普通に前のドアから出ろよ!』


 ――純、だった。


『い、いつから……?』


 答えは何となく分かっていたが、そう聞かずにはいられなかった。


『……最初からに決まってんだろ! 忘れ物取りに来たら、二人がいたから……』


 俯く純に、俺は何と言えばいいんだろう。謝ればいいのか? ――いや、それは純の気持ちを逆なでしそうだ。笑えばいいのか? ――それこそ駄目だろ!


『何だよ、その百面相! イイ顔が台無しだな!』


 いつの間にか顔を上げ、俺のこの素晴らしい顔を見ながら笑う純に、正直、ほっとした。俺を責めない純に、安堵してしまったんだ。


『……それに……俺、分かってたから』


 満面の笑みなのに、なんだか泣きそうな顔に見えた。


『……ナルミちゃんが、俺じゃなくてお前のことが好きだってこと、分かってたから。……お前目当てで俺と付き合ったこと、最初から分かってたから』


 ――驚いた。俺は純が何も分からずに騙されていると思っていたから。


『……でも、それでも、スキ、だったから』


 噛み締めるように言う純に愕然とした。コイツは本当にあの女のことがスキで、彼女をよく見ていたからこそ彼女の心が分かったのだ。
 言葉の後に目に涙を浮かべながらも照れ笑いをする純を見て、最近俺の中に立ちこめていたモヤモヤとした腹立ち、苛立ちの原因が分かった。俺は――。




「ロールキャベツ!」


「――はぁ?」


 はっと我に返らされた言葉は、なんだか訳が分からなくて。――だから、夕メシのリクエストだよ! その言葉で、純のアパートにお邪魔する代わりに食事を作ろうとしている最中に彼女が出来た報告をされた、ということを思い出した。


「お前の作るトマトスープのロールキャベツ大好きだから」


 自分に言われたわけではないけれども、うん。やっぱり大好きって言葉は嬉しい。その響きが何だか輝いて聞こえる。



 結局、あのときに気付きかけた気持ちには、すんでのところで背を向けた。本当のところは俺自身でも分からないが、今もなお、あの甘酸っぱくて、胡椒が効いていて、ちょっぴりほろ苦い感情が何だったのかは知らない。……それでいいんだ。
 純の彼女を適当に誘惑して、誘いにノった奴をしっかり傷つけて。それしかできないなんて可哀想な奴だ、とお人好しの友人が心配そうに言っていたが別にいい。俺は可哀想じゃない。純のほうがきっと……。



「なあ、お前、最初の彼女って覚えてる?」


 思いつきでそんなことを聞いてみる。俺は台所で調理しながら、純はテレビを見てゴロゴロしていた。


「……あー。サキちゃんだっけ?」


「……違う」


「あれ? サから始まるのは分かる――」


「いや、サからじゃねーし。えーっと、ナルミだろ?」


「あっ、そうだっけ。……で?」


 あのときは、あれだけスキだとか言っていたのに、時が経てばこれだ。コイツはよく、航樹は女に対して冷たい、と言うけれどコイツのほうがよっぽど酷いと俺は思う。



「あんなにスキって言ってたのに。カワイソー」


 思ってもないことをおどけて言ってみる。まあ、女サイドからしたら、悲しいことは事実だ。


「……まあ俺は、付き合ってるときは、燃えるけど別れたらあっさりするタイプだからなー。……それに、別れ方も酷いし?」


 最後に付け足された言葉には、苦笑するしかない。だって俺のせいだから。
 純の彼女を傷つける行為は結果的に純をも傷つけてきた。ごめん、純。俺の身勝手のせいで。でも、純から離れられるほど俺は強くないんだ。



「まあ、別れ方が良かったとしても、すぐに忘れるだろうな。今までの彼女との記念品とかも無いし、家にも入れたことないし」


 一人頷いている純に聞き返した。


「は? 家に入れたことねーの?」


「うん。てか、お前がほとんど毎日来るから無理だろ?」


 当然のようにそう言った純に、少し心が満たされた。やっぱり純は俺の嬉しくなるポイントを突いてくる。


「なあ、俺たちの関係って何だろうな?」


 この際色々と聞いてしまおう。多分答えは友達、または親友だろうと予想できたけど、ちょっとだけ期待して聞いてみた。うーん、恋人未満だよ、とか可愛く答えてくれたら嬉しい。その後恋人以上になる? とか言われたら間違いなく喰っちゃうなー。それはもう、ガッツリと。
 しかし、妄想している俺にかけられた答えは意外なものだった。


「え? 宿敵じゃん」


 何言ってんだよー、純はそう笑いながらキッチンに近づいてきて俺の肩をバシバシ叩いてきた。……さすがに同じ所を連続で叩くのは痛いよ、純さん。


「おっ旨そうじゃん!」


「どうも……っじゃなくて、宿敵って何?」


「宿敵は宿敵。ちっちゃい頃から色んなことを競ってきただろ? それは宿命だった……なんてカッコ良くね?」


 何か、予想していたのとは全然違う。俺はコイツの敵なのか? 確かに色々競ってきたけど。俺は今、敵にロールキャベツを作ってやっているのか?


「違う……もっと可愛く答えるはずなんだ。恋人以上とか言って……」


「……まあ、確かに恋人以上かもな」


 純が感慨深げに言った。


「俺、彼女と別れても、あー別れたな、くらいにしか思わないけど、お前がいなくなったら……」


 純はそこまで言って悩み始めた。ブツブツ言いながら、結構な時間悩んでいた。おかげでロールキャベツのほうは後は煮込むだけ。我ながら見事な手捌きである。


「……やっぱり想像できない!」


 ――お前がいないなんて! 
 涙を目にいっぱい溜めながら必死な様子の純には申し訳ないが、正直、俺は安心した。俺は純の側にいて良いんだ。それが改めて証明された気がして。


「大丈夫だって。俺たちの絆はそれはもう強いからな」


「ほ、んと……?」


「だって宿敵だろ? その宿命とやらに沿って、ずっと一緒に競い合いながら生きていくしかねえよ」


 そう言ってせっかく微笑んだのに、純はいきなり顔を曇らせ、俯いた。


「……そ、そういう顔は、好きな女の子に見せとけよ!」


 純という人間は本当に面白い。表情も感情もコロコロ変わって。俺は、純のそんなところも――


「……純、顔あげろよ」


「な、何だよ……?」



 ニーっと口を広げ、これぞ満面の笑み! という顔を見せてやった。
 純はしばらく俺の顔を見つめていたが、とうとう吹き出してしまった。



「……まあ、酷い顔だこと!」



 気取ってそう言った純に俺も吹き出し、結局二人でキッチンの中で大笑い。その間にロールキャベツは十分すぎるほど煮込まれた。でも、すごく幸せだ!


 自分の気持ちにはまだ蓋をしているけど、純は俺のことを宿敵だとしか思っていないけど、いいじゃないか! まだまだ若いよ、俺たちは。




 俺の大切な宿敵へ
 ちょっと煮込みすぎたロールキャベツを捧げます。

 愛を込めて、君の宿敵より


 おっと忘れてた、追伸。これから覚悟しとけよ?


 

【END】






あとがき
親愛なる〜の続編です。今回は航樹視点です。
ところで、皆さんの家のロールキャベツはのスープはトマト?コンソメ?むしろスープという程は液体がなかったり?
鈴野家はたっぷりトマトスープ! 粉チーズをかけると美味しいんです。でも、コンソメ派の友人からはびっくりされました^^;
あと、本当は火を使っている最中に目を離しちゃ駄目ですよ!
最初は料理シーンの予定なんてなかったんですが、ロールキャベツを久しく食べてないので出してしまいました!
親愛なる宿敵くん! の続編いかがでしたか? お読み下さってありがとうございました!


▼感想などありましたら


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