ただがむしゃらに
「好きだー!」
「……は?」
不意に叫んだ俺を見て、玲は訝しげな顔をした。それもそうだろう、俺たちは放課後の教室に2人っきりで今の今まで静かに勉強していたのだから。
しかし、少し前に唐突に勉強に嫌気が差した俺は、窓に近づき何となくグラウンドを見渡した。そして、叫んだ。
「何だか、叫びたくなった」
理由はそれだけ。俺自身でもわけがわからない。そんな俺に呆れたように溜め息を吐いた玲は、窓に近づき外を見た途端、その溜め息を再び体内に入れた。
「お、おい! グラウンド中の奴らがこっち見てるぞ!」
玲はそう言って慌てて窓の下にしゃがんだ。
「まあ、俺、結構デカい声で叫んだしな」
しゃがんだ玲を見ながら苦笑してしまう。いきなりあんなことを叫ぶなんて本当にどうかしている。そんなことは自分でも分かっているのだ。
「お前の公開生告白に付き合いたくないんだけど……」
しゃがんだままこちらを睨んできた。どうやら俺のあまり気にしていない態度がお気に召さないらしい。俺だって一応は気にしているけど、過ぎ去ったことだから仕方ない。
俺は窓に背を向け、伸びをしながら玲に話しかけた。
「なんかさ、こうやって叫びたくなることってあるじゃん」
「……俺はお前の思考が分かんねえ」
しゃがんだ体勢がキツいのか、玲は地面に腰をおろし、片膝を立てながらそう言った。そんな玲を見下ろしながらまたもやなんだかよく分からない気持ちに襲われた。今度は叫ぶ、という行動の欲求ではなく、じんわりとした暖かさが押し寄せてきたのだ。何だ、これは?
「さっき、俺がどんな気持ちになったか教えてやろうか?」
玲は考え込んでいる俺に、ニヤリと笑いかけてきた。いけない。これは悪巧みの笑みという玲の必殺技の一つだ。何か危険なことが起きる。
そうやって頭の中に警報が鳴っている間に玲はさっと立ち上がり窓の外に顔を出した。
「い、や……あの、玲さん?」
冷や汗を垂らしている俺に向かって再び笑みを浮かべるが、それは先程のものとはまた違っていた。
「愛してるー!」
グラウンド中に響き渡る声。それは玲から発せられたもので。俺は呆然としたまま窓の外を見た。――案の定、グラウンド中の奴らがこちらを見つめている。
「どーよ?」
声のしたほうへと振り返る。胸を張ってこちらを見ている人物の顔が少し赤みを帯びているような気がして、またまたわけのわからない気持ちに襲われた。
そして、そのまま窓へと向き直った。グラウンドの奴らはまた部活動のほうへ集中しだしたようだ。すうっと息を吸い込んで、頭を一回空にした。その後、一番最初に思い浮かんだ言葉。
「俺も、愛してる!」
叫び声に振り返るグラウンドの奴ら。悪いけど、気にしてはいられない。
ゆっくりと振り返って玲を見た。
「……バカ」
その一言が凄く愛おしくなった。
「バーカ!」
また聞こえたその言葉のせいで、玲を抱きしめざるを得なくなった。
「……!」
硬直した腕の中の存在が、何でだろう、ただただ愛おしい。
「最初の、」
「ん?」
「最初の叫びは俺に対してのもの?」
なんだか不安そうなその言葉が俺の心をまた暖かくした。
「自分でも分からないんだけど、玲がそう思ってくれるなら」
微笑みながらそう言えば、玲が顔を上げた。そして、なんだかお互いに笑い出してしまう。変な感じだ。今日の二人はとてもおかしいのかもしれない。
「あ、ちょっと待ってて」
おかしいついでにもう一つやろうと思い立ち、玲を腕の中から解放すると、不思議そうな顔をされた。
そんな玲に、にっと笑いかけ、また窓に向く。今なら、さっきからのなんとも言えない気持ちが分かるような気がした。
「めっちゃ、幸せだー!」
今日一番の大声。グラウンド中の奴らが振り返った。四度目なのに、ご苦労なこった。律儀な奴らに苦笑していると、後頭部をぱしっと叩かれた。
「まじでバカなんじゃねえの?」
その玲の言葉にまた笑ってしまう。最初は不満そうな顔をしていた玲も、俺につられて笑い出してしまう始末。本当に今日の俺たちはおかしいようだ。
時には、ただがむしゃらに行動してもいいんじゃないか。叫んで、泣いて、笑って……。素敵なことだ。
しばらくして、ようやっと笑いが収まった。今度は真面目くさった顔をしてお互いを見つめ合う。
「玲……」
少し掠れた声で呟いて、玲の頬に指を滑らせた。玲はまだ赤みを帯びているその顔を俺のほうへ向け、ゆっくりと目を閉じる。そして、……優しくキスをした。
ただがむしゃらに愛を叫びたくなった。そんな放課後。
甘いキスの後、また二人で笑いあった。
【END】
あとがき
思いつき、2日で書いたSSです。
……あ、あれ? 主人公の名前が出てきてない? でも玲さんは名前呼びするタイプじゃないと思うから仕方ない!←
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