お嬢
好きの気持ち(柔嬢)
12月。
町のあちらこちらはすっかりクリスマスモードでどこを見てもキラキラと飾り付けられて、町全体がそわそわと浮き足立っているようなそんな雰囲気。
輝くイルミネーションに心を躍らせ、騒ぎ出す。
クラスの女の子達ももちろん、クリスマスに向けてパーティをしようなどと話し合っては笑い合っている。
(クリスマスかぁ・・・・)
ぼんやりと教室の窓から外を見て考える。
(そんなん・・・仏教徒なうちには関係あらへんわ)
寺の子がなんでそんな他所の宗教の祭りに参加しなアカンねん。
そう、今まではいつもそう思ってきたし、そう言うパーティなんかを家でも開いたことなど一度たりとてない。
けれど今年は・・・・。
そんな浮き足立った街の雰囲気や、クラスの女の子達が少しばかり羨ましくて仕方なかった。
(うちかて、ホンマは・・・・)
●好きの気持ち●
学校の帰りに参考書を買おうと寄った本屋。
入り口付近で目に付いた、デカデカとクリスマスの文字を掲げた情報誌。
寺の子がそんなん読んだって何もならへんやろ?
・・・せやけど・・・。
そう思いつつも少しだけならと、手にとってパラリと捲る。
綺麗なイルミネーションがちりばめられた写真。
美味しそうなケーキ。
可愛らしい服。
クリスマスのデートスポット。
何もかもが輝いて見えて、ドキドキして、もしも、もしもこんな事が出来たならば、と淡い妄想が脳内を駆け巡る。
あるわけなんかないのに。
寺の子がこんな祭りに興味があるやなんて、アカンはずやのに。
せやけど、せやけど・・・・
(やっぱり、うちかて・・・・)
結局その情報誌と参考書を手に取ってレジへと向かい、店を出た。
家に帰って自室へ戻ると、さっきの情報誌を取り出してまたパラリパラリと捲った。
(ええなぁ・・・こんな所行ってみたい)
(こんなお店でご飯食べてみたい)
(こんな服着て、一緒に歩いてみたい)
(あんなキラキラの雰囲気の中を、ただ一緒に歩けたなら・・・)
きっとそれだけで幸せだろう。
何度目とも分からない溜息を吐きながら、捲るページ。
もしも、もしも、叶うのなら。
貴方と二人で聖なる夜を。
なんて考えながら、雑誌に頭を寄せて膝を抱えた。
その時トントンと戸を叩く音がして、
「お嬢、居てはります?」
と、正に今聞きたくて聞きたくて仕方なかった声の主が現れた。
「え?!お・おるよっ!!!」
いきなりの登場に焦ったせいか声がひっくり返った気がする。
恥ずかしい。
「失礼します」
そう言うとスッと戸が開けられた。
「どないしたん?」
そこに姿を見せたのは柔造。
一応うちの恋人・・・・らしい。
本人はそう言っているけれど、恋人らしいことなんてした事もないし、どこまでが本気でどこまでが冗談なんか分からへん。
ただ、いつもうちの事を好きや、好きやと言うてくれる。
可愛い可愛いと言うてくれる。
せやけど、それは小さい頃からずっと一緒。
ずぅっと、ずっとうちの兄のような立場にいて、見守っていてくれて、けれど突然好きやから恋人にしてくれなんて言われたかて、そんな何処まで本気なんか分からへん。
大体10も離れたこんな子供に、女の人からようさんモテる柔造がうちの事好きやなんておかしな話やと思う。
周りには綺麗な人がたくさんたくさん居てるんやから。
「女将さんが呼んでましたからお伝えにきました」
「そうなん?そんなんやったら柔造になんて頼まんと誰かに言えばええのに。忙しいのにありがとう」
「いえ。お嬢に会いたかったんですから、好都合でした」
そう言っていつものようににこりと笑う。
いつもと一緒。
昔から全然変わらない優しい微笑。
会いたいなんて何処まで本気?
いつもと同じ調子で言われても、ただの口癖のように聞こえてしまう。
そんな言葉に一々喜ぶのも勘違いなような気がして、さらりと受け流す。
「すぐ行くわ」
立ち上がり雑誌を机の上に置くと、そのまま部屋を出た。
去り際に柔造の顔を見るけれど、少し困ったような顔をしてこちらをやっぱり微笑みながら見てる。
いつだってそんな顔。
優しい優しい瞳で見るけれど、昔も今も変わらない。
恋人なんてきっとからかうための冗談。
きっとうちの困った反応を見て、ちょっと楽しみたかっただけなんやわ。
最近はそう思うようにした。
やって、もしもうちが本気で好きになってしまったら、柔造の気持ちが良く分からなくて、苦しくて仕方ないと思う。
せやから好きになりたくなくて、その手前で一生懸命踏ん張ってる。
カッコええなんて思ったらアカン。
こんな優しい人が恋人やったら素敵やなんて思たらアカン。
デートしたいやなんて、ただの憧れ。
クリスマスを一緒に過ごすやなんて持っての他。
きっと柔造はクリスマスだって出張所でお仕事。
って言うか、お互いに寺のもんやのに、クリスマスなんておかしな話。
まぁ、志摩辺りはそんなイベントが好きやからなんやかんやと騒いでるのは知ってるけれど。
うちは『勝呂』やもん。
和尚の子やもん。
クリスマスなんて・・・・・。
ちっとも羨ましくなんてない。
その時、うちが出て行った後に柔造が机の上に置いた雑誌を手に取ってたやなんて、知る由もなかった。
おかんの用事も終わって再び自室に戻る途中に、ポケットに入れていた携帯電話が軽快な音を奏でた。
「メールや」
誰からやろ?
と、画面を見れば柔造の名前。
『24日、一日開けといてください。
一緒に出かけましょう』
そう短く打たれた文章。
24日・・・・。
それって、クリスマスイブ。
それって、もしかして、クリスマスデート?
「ホンマ・・・に?」
いや、でも・・・・。
ただ買い物に付き合うだけかも知れんやん。
いつもみたいにちょっと一緒に出かけるだけかも知れん。
柔造の口から今までにクリスマスなんてイベントを楽しむ話なんて聞いたことないし。
そう、ポツリと呟いて、ドクンドクンと高鳴る心臓を押さえつつ、了解の返事を震える手で打ち返した。
*************
24日当日。
昨夜は緊張して寝られへんかった。
数日前にこの日出かけるための服を買いに行った。
クリスマスデートやなくても、こんな時期に出かけるんやったら少しでもお洒落をしてみたいと思って。
何度も何度も自分に合わせて服を選び抜いた。
ずっと着てみたかった可愛らしい服。
裾にふわふわの白いファーの着いた淡いピンク色のワンピース。
黄色いふわふわのカーディガンと合わせてコーディネート。
普段パンツスタイルなうちに果たしてスカートが似合うのかどうか、それが問題なのだけれど。
だけど、たまにはうちだってこんなん着てみたいと思ったんや。
髪型も蝮ちゃんに手伝ってもらって、少し巻いてみた。
服装も蝮ちゃんにチェックしてもらって、とても良く似合うとは言ってもらったのだけれど、やはり自信がない。
蝮ちゃんはうちと柔造のことを知ってる唯一の人。
柔造が兄ならば、蝮ちゃんはうちの頼れる姉的存在なのだ。
いつだってうちの相談に乗ってくれている。
(ああ、ドキドキする・・・)
でもきっといつもと変わらない、ちょっとしたお出かけなはず。
待ち合わせは駅前。
何でいつもみたいに一緒に家を出ないのか分からへんけど。
まだまだ約束の時刻まで余裕がある。
鏡を何度も見て、おかしないやろか?と確認する。
けど、自分で見た価値観なんかじゃ似合ってるかどうかなんて分かりはしない。
(せや!志摩やったら!!!)
女の子にいつもデレデレして、いっつも女の子ばっかり見てる志摩やったらちょっとくらい服のセンスやとかわかるんちゃう?
そう思って、志摩の部屋を訪れた。
扉をとんとんとノックして、
「志摩居る?」
と、扉をガチャリと開けた。
見るとベッドの上にすっ転んで、いつもと変わらずに何か怪しげな本を読んでる志摩が居った。
「んー?お嬢?」
そう言ってむくりと起き上がって、うちを見たとたん志摩が変な声を上げた。
「うおおおおおおおおっ!!!!」
「ひっ!!!なにっ!!!」
びっくりして、思わず扉にべタンと張り付く。
「何って、お嬢!!!どないしましたん?!」
「何が?」
「何がって、その格好!!!え?!え?!今からどっか行きますん?!」
「う・・・ん・・・でな、志摩」
「うわぁぁぁあぁっ!!え?!一人で?!」
「え・・・あ・・・せやけど・・・でな、志摩・・・」
「うわぁあぁぁぁぁっ!!めっちゃかいらしいのに一人で出かけるんですか?」
「え?かいらしい?」
「ホンマどないしましたん?え、ちょ、待って、写メ!!写メ!!!」
「え?!なんやのん?!」
突然携帯を取り出して、うちの方に向かって構える。
「じっとしててくださいよ。ホンママジ可愛い!!!」
「え?え?」
キラリーン。
と、軽快な音を立てて携帯が光った。
「あーマジかいらしい!!」
そう言って、携帯を見詰めてはうちと携帯とを見比べた。
「え、ほんんんまに一人で出かけますのん?!嘘や!俺も一緒に行きます!!!」
「え?あ・・アカン!!今日はアカンのん!!」
「ええええ、そないな格好してるお嬢と一緒に歩きたいのにっ!!!」
「・・・この服、似合てる?」
「そんなんめっちゃ似合ってますやん!!!何でいつもそんなん着はりませんのん?!めっちゃ可愛いのにっ!!」
「ホンマ・・・に?」
「ホンマに!めちゃくちゃ!ちょぉ、お嬢、デートしましょ!!デート!!」
手をぐっと握られて、ぶんぶん振られるけれど、
「ホンマに今日はアカンねんて。てかデートってなんや!デートって!!」
「デートはデートですやん!嫌やぁー今日そのまんま一緒に行きましょやぁー」
「アカンって!手ぇ放しっ!!!」
「イケズやわぁ・・・」
「もう、ええし。行くわ」
「ええええええ!!もうちょっと、もうちょっと、居ってくださいよ!!」
「嫌やっ!!」
そう言って、うちはバタバタと逃げるようにして志摩の部屋を飛び出した。
後ろから叫ぶように志摩がうちの名を呼ぶ声が聞こえる。
なんやねん。志摩の奴。
でも・・・似合てる言うてた。
ホンマかなぁ?
せやったらええねんけど。
それから廊下を歩いてると、後ろからドタドタと走る音が聞こえた。
「お嬢ぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
「ひっ!!!」
駆け抜けるように自分の横を通り過ぎたかと思うと、少し行き過ぎてピタリと止まり、くるりと踵を返して、満面の笑みで金造が戻ってきた。
「な・・・なに?!どないしたん?!」
「うわぁ!!!マジや!!!マジかいらしい!!!」
「え?え?」
「どないしたんですか?!何処行くんですか?!」
「え・・・いや・・・別に・・・買い物?」
何処に行くって言われても、何処に行くのかなんて知らないから疑問系で答えてみる。
「俺も一緒に行ってええですかっ?!」
「え?!なんで?!」
「やって、そんなかいらしい格好してるのに一人で出かけるとかないでしょ!」
「かいらしい・・・?」
「今廉造からメール来て慌ててすっ飛んできましたんやっ!!」
「ああ、さっきの写メ?」
「はい!で、何処行きます?俺、今日は予定ばっちり空いてますえ!!」
「え、せやから・・・今日はアカンの・・・」
「ええええ、嘘や!!!俺一緒に行きますって!ボディガードになれますよ!!」
「今日はどうしてもアカンのん!」
「そうなんですかぁ・・・ほんならしゃぁないですなぁ。あ!せやったら、今度は一緒に!!!」
「今度・・・やったらええけど・・・」
「約束ですえ!!」
「う・・・ん・・・」
「あ!せや、俺も写メ!!!」
「また?」
「やって、そんなかいらしいお嬢やったらやっぱり記念に撮っとかな!」
そう言ってうちの横に立ち、携帯を上に掲げたかと思うとうちの頬に顔をくっつけてきた。
「撮りますえー」
「う・・ん・・・」
パシャッ!
「ほら見て!綺麗に撮れました!!」
そう言って見せられた画面は、見事に真っ赤になった自分とニコニコ笑顔の金造のツーショット。
「この髪どないしましたん?」
ふわりとうちの髪を掬い上げて、くんと匂いを嗅いでる。
なんや、そわりとして、恥ずかしい。
「蝮ちゃんに巻いてもろてん」
「え?!マジですか?!あの人そないな事出来るん?!」
「やって、蝮ちゃん器用なんやで。あ、金造」
「はい?」
「この髪型似合てる?」
そう、見上げながらおそるおそる聞いてみれば、金造がぱちりと一つ瞬きをして、志摩みたいに素っ頓狂な声を上げた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「なっ!!なんやのん?!」
「今のアカンです!!あきません!!!」
「何が?!」
「そんなん、めっちゃ似合てるに決まってるやないですか!!!って言うか、ホンマ可愛い!!!」
「そう・・・なん?」
「ちょぉ、マジで一緒に行きません?!」
「やから、今日はアカンのん!!」
そう思って、腕にはめた時計を見ればもう出かける時間。
「あ、うち行かな!!!ごめん金造!またね!」
「え、お嬢!!!送りますって!」
「ええよ!いってきますっ!!!」
「お嬢ぉぉぉぉぉぉっ!!!」
後ろでやっぱり叫ぶ声が聞こえた。
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