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パロ
ずっといっしょ 31





「おじゃまします」

そう言って、勝呂君は遠慮がちに僕らの家の玄関を潜った。

「よう勝呂!いらっしゃい!!」

リビングに入ると兄さんが満面の笑みで出迎えていた。
部屋に立ち込める良い匂い。
慌てて言葉を投げ捨てて出て行ったけれど、そこは兄さん。
ちゃんと僕の言葉を理解して、何かを作ってくれていたようだ。

「なんやめっちゃええ匂いやなぁ」

「おう!すぐ食べるか?腹減ってんだろ?」

「え・・・ああ、ほんなら、もらえる?」

「おう!そこ座って待ってろ!」

そう指差したのは僕らがいつも食事を取っているテーブル。
勝呂君には先に座ってもらって、僕は飲み物を用意した。

「はい、どうぞ」

そう言って勝呂君の目の前に僕も座りながらお茶を差し出せば、

「なんや、堪忍な」

と、困ったように微笑んだ。

「気にしないで。さっきも言ったけど、僕らは勝呂君に家に来てもらえるだけで歓迎なんだから」

と、笑って返す。
すると、タイミング良く兄さんが勝呂君の目の前へと料理を運んできた。

「有り合わせでしか作れなくてごめんな?」

「めっちゃ旨そうやん!そんなん、飯もらえるだけでありがたいって」

簡単な炒め物と、味噌汁と。
それから揚げたてコロッケ。
勝呂君は丁寧に両手を合わせて、「いただきます」と告げ、食事を口にした。

「うまっ!」

「そうか?」

「弁当も美味いけど、やっぱぬくいもんやともっと美味いな!」

「へへっ!そんな褒められると照れるぜ」

兄さんはデレデレになりながら、非常に嬉しそうだ。
勝呂君の気分も少しは良くなったみたいで、少しほっとする。

もぐもぐと静かに箸を進めていたが、急に動きをピタリと止めた。

「ん?どうした?」

ニコニコと勝呂君の食べる姿を嬉しそうに見ていた兄さんが、その動きを不思議に思い声を掛けた。

「あ・・・いやな・・・」

「おう」

「ホンマは奥村に料理の仕方教えてもらおうかと思とったんや」

「え?そうなのか?!何だよ、それならもっと早く言えよぉっ!いくらでも教えてやるのにっ!」

そんな勝呂君の言葉に嬉しさを隠し切れず目をキラキラとさせる兄さんとは裏腹に、勝呂君の表情は暗いものへと変わって行く。

「せやけどな・・・なんやそんな事考えてるのもアホらしゅうなってきてな・・・」

「は?!なんでだよ?!料理楽しいぜ?こうやって作って、食べてもらって、喜んでもらってさぁ」

「おん・・・俺もそう思とった。俺が作って、食ってもろて、喜んでもらえるなら・・・って」

「???なんだよ?なんかあったのか?」

勝呂君の纏う空気がまた重たいものになって行く。
兄さんも少し勝呂君の様子がおかしいのに気が付いたのか、表情を少しだけ心配げに曇らせた。
けれど、これ以上兄さんに話を突っ込んで聞かせるのもどうかと思ったので、

「兄さん」

と、声を掛け遮った。

「あ?何?」

「ねぇ、今日ちょっと暑いよね?」

「え?そうか?」

「アイスが食べたい」

「は?」

「買ってきてよ」

「え?俺が?」

「そ、兄さんが」

「えええええ!!!!なんで急に!!!」

「ねぇ、勝呂君もアイス食べたいよね?」

「えっ?!」

にこりと笑って、勝呂君の方を見るとまさか自分に話の矛先が向くとは思ってなかったらしく、びっくりしてきょとんとした表情をした。

あ、その顔可愛いかも。

「ね?」

「え?あ・おん」

こくりと勝呂君が頷く。

「ほら!勝呂君もそう言ってるから、兄さん買ってきて」

「はぁっ?!お前なぁ・・・っ」

「アイス代は僕が全部出すから。兄さんの分2個買ってきてもいいよ」

そう言うと、兄さんは発しようとした言葉をぐっと飲み込んだ。
それから、うーと少し悩んだ素振りを見せ、

「・・・・3個」

そう言って、指を3本立てたけれどそれは却下。

「2個ね。じゃ、頼んだからね」

そう言って、僕は席を立ち財布の中からお金を渡すと兄さんに差し出した。

「しっかたねぇなぁ。じゃぁ行ってくる。勝呂は?何が食いたい?」

「え?あー・・・バニラとかでええわ。あ、俺も金・・・」

勝呂君がポケットに手を入れようとしたから、その手を止めた。

「僕が出すからいいよ」

「雪男が奢ってくれるって」

「え、そんなん・・・」

「こう言う時は遠慮しなくて良いんだよ?じゃ、兄さんよろしく」

「おう、行ってくる!」

勝呂君の手をもう少しだけ押さえながらそう言って、兄さんを追い出した。
勝呂君の手、意外とすべすべだ。

それから兄さんが家を出て、ガタンとドアが閉まるまで少しの沈黙。
兄さんの気配が消えると、勝呂君は小さく息を吐いた。

「・・・堪忍な。気ぃ使わせてしもたみたいで」

「兄さんがいると話しにくいしね。今のうちに話聞いても良い?食べながらで良いから」

「あ・・・おん・・・」

それから勝呂君は夕方あった出来事をぽつりぽつりと話してくれた。
自分の気持ちと、相手に対する想いと、相手がもしかしてこう思ってるんじゃないかと言う事と共に。

僕は静かに口を挟むこともなく、苦しそうに話をする勝呂君の様子をじっと見詰めていた。


「・・・・俺、東京になんて来うぉへんかったら良かった・・・」

そう、最後に呟いた一言に、

「どうして?僕はこうやって勝呂君に会えてすごく嬉しいのに」

そう言うと、勝呂君は僕の目をじっと見て、はにかむように笑った。

「ありがとう」

頬を少し赤らめて、やんわりと笑うその姿は本当に可愛らしかった。
いま勝呂君がこんな心境じゃなければ、すぐにキスしてでも抱き締めたい衝動に駆られるほどに。

けれど今ここで本能のままに動いてしまえば、勝呂君の家のお兄さんのように獣と化してしまう。
それだけは避けたい。
勝呂君が安心できる場所だと認識してくれてる今、それを絶対的なものとして確保しておくに越したことはない。

そっと優しく背中を撫で、宥めるように声を掛ける。

「僕も兄さんも勝呂君に出会えて本当に嬉しいんだから・・・だからそんな事言わないで?」

笑いかけてやると、「おん・・・」と小さく頷いた。





さて、話を聞いて大体の事が分かったのだけれど、十中八九勝呂君の思い過ごしだろう。
お兄さんが女性とキスをしていたのは本当だろうけれど、まぁ、何かあっての事だと踏む。
聞いてる限り獣じみてる人物のようだから、セフレが居たっておかしくはないだろうけれど。

しかし、勝呂君の事が好きで猫可愛がりしているのは事実。
何を置いても勝呂君が大事なのは確かだろう。

なのにそんな事を犯してしまったと言うのは、確実なる失態。
しかも勝呂君に見られてしまうだなんて、浅はか過ぎる行動。

いつもいつも勝呂君を独占しているのだから、少しばかり痛い目を見れば良い。

きっと今頃、勝呂君がいない家の中で焦っているに違いない。

何故帰ってこないのか?
泊まるとはどう言うことか?
何処に泊まるのか?

自分の失態がバレているとも知らずに、急な勝呂君の行動に不安になっているに違いない。

ならばこの機に、僕は勝呂君との間合いをズンと詰めておかなければ。

彼が羨む程の事。
彼が嫉妬する程の事。

手始めに何から試みようか?


「ああ、そうだ勝呂君」

「おん?」

「ずっと前から思ってたんだけどね」

「なん?」

「良かったら名前で呼んでくれないかな?」

「名前?」

「そう。ほら、兄さんと僕、同じ奥村でややこしいでしょ?だから名前で。お泊りの記念にね?もっと仲良くなった感じしないかな?」

そう言ってくすりと笑うと、勝呂君は恥ずかし気に頬を赤らめた。

「俺、あんま友達の事名前で呼んだことないわ・・・・」

どうして彼はこうも照れ屋なのだろうか。
素直な性格が可愛らしくて仕方ないのは、惚れた良く目だろうか?

「それじゃぁ尚更、名前で呼んで欲しいな。なんだか特別な感じがするよね」

ニコニコと笑って、勝呂君を見詰める。
じっと僕を見詰めたかと思うと、落ち着きなく視線を彷徨わせた。

「えっと・・・」

「うん」

「ゆ・・・ゆき・・お?」

「なぁに?竜士?」

そう僕が名を呼んだ瞬間、彼の顔がかぁぁあっと赤くなった。
あれ?そんなに反応するものなの?
口元に手をやりながら、真っ赤な顔を半分隠して、僕を見る。


きゅぅぅん。


心臓を鷲掴みにされるようなこの感じ。
ああ、そんな態度だからどっかの獣じみた人が直ぐにでも襲いたくなるんだ。
こんな反応ばかりだと、確かにくらりとしてしまう。

「あ・・・俺、名前・・・呼び捨てにされるん親以外初めてかも知れん・・・」

「お兄さんは?名前で呼ばないの?」

「おん。柔造は俺の事『坊』言うから」

「坊?」

「あー・・・言うてなかったっけ?俺の家、寺と旅館やっとって、俺はどっちもの跡取で、柔造は俺んとこの門徒でもあるし、旅館の従業員の子なんや」

「上司の子と、部下の子みたいな関係なのかな?」

「まぁ、そんな感じやな」

上司の子供に手を出した、部下の子供。
しかも10も年の離れた少年に手を出すだなんて。


どれだけ獣。


そう思うと、ますますその人物に苛立ちと、憤りが湧き上がって来た。

こんな純朴で清純な、いたいけな少年を汚して、傷付けて、振り回した罪。
かなり重たいよね?


そうこうしていると兄さんが帰って来た。

「お帰り兄さん」

「おう!ただいま!!」

「竜士、兄さんも名前で呼んであげて」

「え・・・・あ、おん・・・」

「え?なになに?」

「折角だから名前で呼び合いっこしようってことになったんだ」

そう笑って、兄さんに返事をすると、テーブルの上にアイスを袋から出しながら、少し期待の色を浮かばせて竜士の方を見る。

「お・・・お帰り・・・り・・ん」

「え?」

竜士の声が少し小さかったからか良く聞き取れなかったようだ。

「せっ・・・せやからっ!お帰り、燐っ!!!」

「おうー!!ただいま!竜士っ!」

「・・・・おん・・・・」

やっぱり竜士の顔は赤くなった。
兄さんは満面の笑みでご満悦のようだ。

「なんか名前で呼ぶとすげぇ仲良くなれたみたいだなっ!」

「そ・・・そうか?」

「おう!竜士竜士竜士!!!」

「うっさいわ!アホ燐!!!」

「アホって言うなよ!バカ竜士!」

「誰がバカやねん!お前と一緒にすなっ!」



結果、竜士の機嫌もそこそこ良くなったようで、ほっと胸を撫で下ろした。

兄さんと竜士のやり取りを見ながら、あの人の元に返したくないなぁ・・・なんてアイスを口にしながら
そんな事を考えた。






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