パロ
ずっといっしょ 30(柔勝)
≪雪男side≫
兄さんが作った夕食を二人で食べた後のことだった。
自室に入って課題に取り掛かろうとした時、家にいる時は滅多に鳴らない携帯が不意に軽快な音を発した。
こんな時間に掛けてくる人に心当たりなどない。
携帯を取り、ディスプレイを見て慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし?」
声を掛けるけれど、相手からの声はしなかった。
ディスプレイ通りなら彼からの電話だと名を呼んでみる。
「もしもし?勝呂・・くん?」
と声を掛ける。
けれどやはり返事はなくて。
もしかして誤作動で繋がってしまっただけなのだろうか?
勝呂君からの電話だなんて、珍しくて少し気分は上向きだったのだけれど、間違いだったのかと思うと残念だった。
けれどやっぱり淡い期待は捨てられなくて、再度名を呼ぶ。
「もしもし?どうしたの?勝呂くんだよね?」
『あ・・・・おん・・・・』
三度目にして漸く声が聞こえた。
それも小さく、なんだか少し掠れた声で。
「ああ!びっくりした。・・・どうしたの?何かあった?」
周りの音は少し喧騒としてる?
家ではないのだろうか?
なんだか様子がおかしい気がする。
『あ・・・あん・・・な・・・』
いつもとは違って、なんだか歯切れが悪い。
力ない声が通話口の向こうから聞こえる。
「うん」
『今日・・・』
相槌を打てばポツリポツリと返される言葉。
やっぱり様子がおかしい。
「なに?」
『泊めて・・・くれへんやろか?』
「え?」
予想もしない言葉に驚いて、声を発してしまった。
『あっ!!無理やったらええねん!!堪忍!!やっぱええわ!ごめん、また・・・』
それを聞いた勝呂君もきっといけない事を言ったとでも思ったのか、直ぐに前言を撤回しだした。
ああ、これはこのままじゃいけない。
きっと何かあったんだ。
そうじゃなければ家が一番大好きな勝呂君が他所に泊まりたいだなんて言うわけないもの。
家が一番だと言う理由。
それは同居人お兄さんとの暮らしが好きだから。
お兄さんと一緒に居るのが好きだから。
そんな家ではなく何処かに行きたいと言うことは、お兄さんと何かあったのだろうか?
「今何処にいるの?」
とにかく直ぐに勝呂君の元へ行かなくちゃ。
僕はそう思った。
『え・・・あ・・・・・・』
「直ぐに迎えに行くからそこに居て!動いたらダメだよ?」
『え・・・奥村くん・・・』
「何処?」
否定の言葉なんて出させたくはないので、勢いで畳み掛けるように質問する。
そうしないと勝呂君は遠慮して直ぐに自分で全部抱えてしまうんだから。
『大通り沿いの・・・・ファーストフード・・・』
「わかった!待ってて!!絶対にだよ!」
『おん・・・』
電話を切ると僕は急いでジャケットを羽織り、部屋を出る。
「兄さん!ちょっと勝呂君迎えに行ってくる!」
ポケットに携帯を捻じ込み、バタバタと玄関に走って急いで靴を履く。
「は?!え?!なにっ?!」
「勝呂君のご飯作っといてあげてっ!」
「え?何だよ!一体!」
「じゃ、よろしく!!!」
そう言って、僕は玄関のドアをバタリと閉め、足早に目的地へと向かった。
***
急いで走って、息せき切って僕は言われた店へと到着した。
呼吸を整え店内へ。
走ったせいで少し暑かったので、店内の空調が心地良かった。
きょろきょろと店内を見渡せば、一番奥に見慣れた黄色いとさかを見つけた。
こんな時にあの頭は目立って便利。
なんて、少し安堵の息を漏らした。
「待ってて」とは言ったものの、もしかして何処かに行ってしまうのではないかと少し不安だったのだ。
勝呂君の席の前まで来て、声をかける。
「勝呂君?」
名を呼ぶけれど、僕の気配に気が付いてないみたい。
こんなに近くに居るのに気が付かないだなんて、何をそんなに考えているのだろう?
どんよりとした暗い表情を覗き込むようにして、肩にそっと触れてもう一度名を呼んだ。
「勝呂君?」
「・・・っ!!あっ!!!」
「大丈夫?」
「あ・・・・奥村・・・・くん・・」
「具合、悪いの?」
「あ・・・ちゃう・・・」
首を小さく横に振る。
勝呂君の目の前には冷め切ったポテトがあった。
一つも手が付けられていない感じだ。
一体何時から此処にいたのだろうか?
「ごめんね、待たせちゃって。とりあえず、僕の家に行く?」
「・・・ええのん?」
「勝呂君が家に来てくれるなんて、もちろん大歓迎だよ」
僕はにっこり笑ってそう言った。
勝呂君は泣きそうな顔をしていたけれど、
「おおきに」
と、僕を見てやんわりと微笑みを返してくれた。
***
大通りから僕達の家はそんなには遠くはないので、歩いて帰る。
道中、勝呂君が少しでも気が楽になれば良いと会話を心掛けた。
「まだ夜食べてないよね?」
「え?あ、おん。そう言やまだなんも食うてなかった・・・」
「兄さんに頼んでね、ご飯用意してもらってるから」
「!そんなん!別に良かったのに!」
「兄さん、きっと勝呂くんに温かい手料理食べさせて上げられるって、喜んで作ってるよ」
そう、にっこり笑って言う。
「あいつ、ホンマに飯作るの好っきゃなぁ」
「特に勝呂君の為だとね、気合が入るみたい」
「なんで俺の為にやとやねん。おかしいやろ」
「僕も兄さんも勝呂君が好きだからだよ」
気を解そうと微笑んで言うけれど、どうやらそれは地雷だったようだ。
「好き・・・か・・・・」
「勝呂君?」
「好きって・・・・なんなんやろな・・・」
またテンションが下がってしまった勝呂くんに内心「しまった!」と思ったがもう遅い。
詳しい話はまた後で聞くとして、とりあえずこの時点で恋愛絡みの悩みである事は想定できた。
またあの柔造と言う人物が何かやらかしたのだろうか?
どうも聞く限り、大人と言う立場で勝呂君を良いようにしているような気がしてならない。
確かに勝呂君だってその人のことが好きなのだろうけど、大体にして10も年下の少年に手を出すこと自体がおかしな話じゃないか。
きっと勝呂君は良いように翻弄されてるんだ。
庇護を振りかざしたエゴイスティックな欲望に。
僕にはその人物が最低な人にしか思えないのに、勝呂君は信頼して、懐いて。
納得がいかなかった。
そう言えば・・・・
「勝呂君」
「なん?」
「家には連絡した?」
「・・・・・してへん」
「家の人心配するでしょ?連絡入れておいた方が良いよ」
「せや・・・な・・・」
そう言うと携帯を取り出して、勝呂君は指を器用に動かした。
打つ言葉を考えたのは一瞬で、直ぐに送信したようだった。
「メールした」
「うん」
「・・・別に、どうでもええと思うんやけどな」
「勝呂君?」
「堪忍・・・・俺、今日ちょっとおかしいんかも知れん」
勝呂君は眉間に皺を寄せて、苦しそうにそう呟いた。
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