パロ
ずっといっしょ 20(柔勝)
≪勝呂side≫
家に帰って、とりあえず課題を済ませると柔造が帰ってくるまでリビングのソファで時間を過ごした。
帰ってきたら一番最初に謝ろう。
蹴飛ばしたりして、嫌いやなんて言ってしもて悪かったと。
朝、何も言わずに学校行ってしもて悪かったと。
許して・・・・くれるやろか?
それとも俺みたいな餓鬼はやっぱり相手になんて出来へんって、思い直してるんやろか。
ソファに座って色々と考えを巡らせて行くうちに時間は過ぎていった。
日も落ち始めて街灯が灯り出す頃、ドアがガチャリと音を立てた。
バッと、顔を上げて待ちわびた主が入って来るのを待つ。
ゆっくりと足音が近付いて、ガサリと荷物の音がして彼は入ってきた。
・・・が、一瞬その姿を見て、俺は呆然とした。
「じゅ・・・・ぞう?」
その声に柔造・・・だと思われる人物は、こちらを見た。
生気の無い虚ろな目。
髪はボサボサ。
目の下にはありありとした隈。
無精髭もちらほらと生えていて、いつもの精悍な凛々しいその姿は何処にも見当たらなかった。
ホンマに柔造か?と、目を疑うほどに。
「ああ、坊」
へらりと笑ったが、生気も覇気も無い顔付きなせいで、今にも消えそうな感じを思わせた。
「なんて・・・顔してるんや」
「良かった・・・もう喋ってくれへんのかと思てました」
「あ・・・堪忍・・・」
「今すぐご飯しますから、待っててくださいね」
「あ!!!その前に・・・・話・・・したい」
そう言って、キッチンに入って行くのを呼び止めた。
なのに・・・
「ああ、昨日のことやったら、忘れてください」
「え?」
口から出た言葉は思いもせん言葉やった。
「何も無かったことにしましょ?その方がええと思います」
そう言って、またへらりと笑う。
「なんで・・・・?」
キッチンに入り、がさがさと袋から食材を出し、下を向きながらポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「許してはもらわれへんやろけど・・・昨夜のことはホンマに堪忍でした」
「俺かて・・・いきなり蹴飛ばしたりしてもうて・・・悪かった」
「気にせんとってください。坊のしたことは防衛反応だっただけですし、非は全て柔造にありますんやから」
「せやかて・・・」
「もう忘れたってください」
俺の顔を見ないで、投げかける言葉。
ぎゅうと胸が握りつぶされるように痛い。
何もなかった事にって・・・・
「好き」やって言ってくれたことも?
抱き締めたことも?
初めてのキスをした事も?
「・・・・やっぱり俺のことからってたん?」
そんな柔造の行動に口を吐いて出た言葉はそれだった。
「好きって言うたんもなかった事にすんのんか?」
じゃぁっと水を出し、野菜を洗い、いつもと変わらぬ様に調理を始める。
やはりこちらを見ないままに。
「からかってたわけやないですけど・・・・きっと、坊の『好き』と柔造の『好き』は違いますんやわ」
淡々とセリフのように言葉を発し、包丁でザクリザクリと野菜を切る。
何もかもに感情がないように、柔造の動きは続いていく。
「ああ、ほんでね、坊」
「・・・なに?」
「ここにね、一人で住みはったらどないですやろか?」
「え・・・・」
また思ってもないことが、さらりとその口から告げられた。
「暫く何処かに行こうかと思ってますんや。せやから、ここ自由に使ってくれはったらええかなって。飯の支度やとか、家事やとかは誰かええ人雇いますし」
何の抵抗もなく告げる。
まるで今日あった何気ない出来事を伝えるかのように。
こちらを一切見ず、料理の段取りだけはスムーズに進ませて。
「彼女んとこ・・・行くん?」
「さぁ、それはどうですかねぇ・・・」
ぎゅうぎゅうと心臓が潰れそうに痛い。
「俺のこと・・・嫌いになってしもたん?」
震えそうな声をぐっと拳を握り締め、堪えながら言葉を吐き出す。
「嫌いになんてなれません。せやから出て行こうかと思うんです」
「なんで・・・?嫌いやないんやったら、なんで・・?」
「一緒に居ったらね、また昨日のような事してしまいそうで。これ以上一緒には居られへんなって思いましたんや」
カチッとガスコンロを捻る音が響いて、肉を焼く音がする。
「また坊のこと傷付けてしまいそうやし。そんな事をしてしまう自分も嫌いになってしまいそうやし、ええ事ありませんから」
ジュージューと肉を焼く音が、静かに部屋に響く。
ああ、頭がくらくらする。
視界が揺らぐ。
心臓が痛い。
胃が痛い。
また柔造は俺を置いて何処かに行ってしまうんや。
俺が餓鬼やから?
俺が何の融通もきかへん、恋愛の経験もないような子供やから?
大人の柔造には俺なんかじゃ満足させてあげられへんのか?
いくら背伸びしたって、10もある年の差は埋められへん。
好きやって言う気持ちだけじゃ、ただの重荷なんや。
大人の女やったらそれに答えてあげられるんやろな。
柔造が欲しがるもん全部与えてあげられるんや。
ただ好きって言う気持ちだけじゃ、柔造の側に居る権利はないんや・・・・。
せやけど・・・
「いや・・・や・・・」
ああ、何でか上手く声が出ぇへん。
何か温かいもんが頬を伝って行く。
「置いて・・・・いかんとって・・・・」
ぐっと唇を噛み締める。
鼻をズズッとすすって、目をぐっと閉じると、ぽたりと雫が零れ落ちた。
「ぼ・・・ん・・・?」
下を向くと、ぽたりぽたりと落ちる雫がフローリングを濡らしていく。
漏れそうになる嗚咽をぐっと噛み殺した。
なんで、こんな、情けないくらいに目から雫が溢れ出るんだろうか。
「いっ・・・やや・・・いっしょに・・・・いたい・・・」
カチリとコンロを消す音がしたかと思うと、バタバタと柔造がこちらに向かう足音が聞こえてきた。
俺の目の前に止まると、少し間が開き、躊躇いがちに肩に手が触れた。
それを切欠に俺は顔を上げ、柔造を見た。
困ったように、眉根を寄せて俺をじっと見詰めている。
目の前に居る柔造の肩をぐっと掴んで、
「いややっ・・・ずっと・・一緒に居りたい!!柔造の傍に居たい!!!」
「せやかて、一緒に居ったってろくな事ありませんえ?」
「俺、ちゃんと勉強する!!柔造がしたいこと受け止められるように、ちゃんと勉強するからっ!!!」
「坊・・・」
「やって・・・今日かて・・・ちゃんと・・・・」
そう言って、グイと柔造のシャツの襟元を両手で掴んで引き寄せた。
それから、ゆっくりと唇を寄せた。
驚いて開いた柔造の口に、舌を差し入れる。
(ちゃんと勉強したんや・・・。大人の恋愛の仕方・・・)
舌を何度も絡ませて、それから、唇を何度も深く合わせて・・・。
「んっ・・・・」
ああ、でも・・・呼吸の仕方が分からへん。
苦しくなってくる。
「んんっ・・・・」
ぼうっとなってくると同時に、柔造の腕が俺の腰を引き寄せた。
更に合わさる唇。
角度を変えては舐めるように柔造の舌が俺の口内を這った。
「ふぅ・・・んぅ・・っ・・」
アカン・・・勉強したのに・・・柔造のキスには適わへん・・・。
唇を離された頃には、頭がぼうっとしてくったりとしてしまった。
そのまま、柔造の肩に頭を寄せた。
柔造の腕もずっと俺の腰をがっちりと支えたままだった。
ふぅと呼吸を整え、そのままの体勢で柔造に言葉を投げる。
「ちゃんと・・・勉強したんや・・・」
「勉強って・・・キスの・・・ですか?」
「やって、キスの仕方も知らんかったんやもん・・・せやから・・・」
「俺のために?」
「俺がちゃんと色んなこと分かってたら、柔造かて相手してくれるんやろ?」
「色んなことて・・・」
「俺が何も知らんから、こんな餓鬼やから一緒に居りたないんやろ?」
「それは、ちゃいます」
「やって、大人って抱き合うたりするんがええんやろ?子供みたいに手ぇ繋いで、遊びに行くだけじゃつまらんのやろ?」
「そないな事ないですよ?」
「昨夜・・・俺が受け入れへんかったから、嫌気が差して出て行くんやろ?」
「ちゃいます。悪いのは柔造なんですえ?坊にそないな悪戯しようと思った俺が悪いんです」
「柔造のしたいこと・・・何でも受け止めるから・・・せやから・・・・どこにも行かんとって・・・」
「坊、滅多な事言うたらあきません。そないな自分を安うに見せるようなこと」
「やって、せやったらどないしたらええのんや?!どないしたら一緒に居ってくれるん?嫌や・・・もう離れたくない・・・一緒に居りたいんに・・・」
ぎゅうと強く抱き締めて、また目から溢れ出てくる雫。
どうしたらいいかなんて分からへん。
唯々柔造の傍に居たいだけなのに・・・。
「柔造のこと許してくれますんか?」
「せやから、昨日のことは俺も悪かったって言うてるやんか」
「調子に乗ってもええですか?坊が・・・俺のこと好きやって・・・」
「好きや・・・言うてるやろ・・・」
「俺の・・・柔造の傍にずっと居てくれはるんですか?」
「一緒に居りたい」
「抱き締めても、キスしても怒りません?」
「怒らへん」
「ずっとずっと一緒に居ってもええんですか?」
「せやからっ!!!」
顔を上げると、にこやかな顔の柔造と目が合った。
さっきまでの生気のない瞳ではなく、いつものような優しい表情。
「坊・・・」
優しく、優しく、名を呼ばれる。
「じゅ・・・ぞう・・・」
「好きです・・・愛してます・・・」
「おん・・・俺も・・・好き・・・・」
そう言って、またにっこりと笑い、
「おおきに・・・ぼ・・・ん・・・・よか・・った」
とポツリと呟くと、ガクリと柔造の体が落ちた。
とっさに体を受け止める。
「え?!」
なんや?!と思って、顔を覗き見ると、それはそれは安らかな顔をして・・・・
「え?寝て・・・・る?」
目の下の隈を見れば分かるけれど、寝てへんかったんやろうな。
せやけど、いきなり寝てしまうやなんて、どないなってんのやろか?
「・・おも・っ・・・」
しゃぁなしにズルズルと引きずって、ソファに寝かせた。
それから、柔造の部屋から掛ける物を取って来て、そっと体に掛けてやる。
安らかな寝顔を覗き込むと、なんだかふふっと笑みが込み上げてきた。
「大人って・・・よう分からんな・・・」
そっと、ボサボサになった髪を整えるように梳いて、額にちゅっと唇を落とす。
「おやすみ」
そしてこれが、俺達の甘い生活の幕開けとなった。
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