パロ
ずっといっしょ 19(柔勝)
≪柔造side≫
告白して、両想いになって、わずか5分足らずで嫌われた・・・・・。
呆然として、ぴしゃりと閉められたドアをただひたすらに見詰めた。
ありえへん。
なんや・・・・これは・・・。
ありえへん。
俺はなんて・・・・阿呆なんや・・・・。
人生最大のチャンスを自分で叩き潰した。
こんな馬鹿なことがあっていいのだろうか。
なんでこうなった?
キスしてからその後の記憶がぼんやりとしている。
理性が飛ぶとはこう言う事か。
ただ記憶に鮮明に残っているのは、俺を見上げた熱に潤んだ坊の瞳。
濡れた唇。
朱に染まった頬。
坊の香り。
甘い息遣い。
柔らかな舌の感触。
俺の名を呼ぶ声。
欲しい。
ただ単純にそう思った。
焦がれて焦がれた止まなかったそれが、今正に俺の手元に落ちてきた。
こんな奇跡のような話があるだろうか?
夢のような現実。
坊の口から俺が好きだと言う言葉が零れた瞬間、俺の世界は鮮やかに色付いた。
『幸せ』などと言う言葉は実際に存在するのか。
そう思った矢先に・・・・。
なんていう失態。
俺の腹を蹴り上げ、嫌だと叫び、潤んだ瞳で俺を見下し、悲痛な顔を見せた。
坊が描いていた『好き』と言うベクトルと、俺の『好き』のベクトルはやはり違っていたのだろう。
なのに、俺はそれに気付きもせず、坊の言葉に甘んじて、口付けをし、いらぬことまでしてしまい・・・。
昨夜、坊の初キスを奪い、そこで満足してやめて置けばよかったのだ。
万が一、もしかしての確立に掛け、調子に乗って大怪我をした。
なんて馬鹿な話だ。
とにかく、明日の朝もう一度謝ろう。
謝ったところで、許してはもらえない程の事をしたのは分かっているけれど。
**
結局今朝も一睡も出来ずに朝を迎えることとなった。
空がだんだん白んできた頃、隣の部屋から物音が聞こえ、扉が開いた。
(起きはったんか・・・・)
時計を見ればまだ5時。
そのまま足音は、風呂場の方へと消えて行った。
どのタイミングで声を掛けようか?
いつもの朝食の時間?
それとも風呂から上がってから?
朝食までの空いた時間?
ベッドの上で天井を見詰めながら、タイミングを見計らってシュミレーションする。
けれど、そんな考えは無駄に終わってしまった。
風呂から上がって来ただろう坊は、部屋に戻ると暫くの間を置いて部屋を出た。
トイレにでも行くのだろうか?
なんてぼんやりと考えていると、そのままガチャリと玄関のドアの開く音。
そして静かに閉じられたドアの音だけが、空気を震わせた。
(ああ、出て行ってしもたんか・・・・謝ることも許されへんのか・・・・)
ぐっと胸の辺りが押し潰されそうになる。
吐き気がする。
こんな事にならないために、俺は家を出たのではなかったのか。
理性を抑えられないことを苦として、家を飛び出し、此処に住んだ。
坊のことを傷付けてしまわないように。
自分が傷つかないように。
なのに。
イカれた俺は、調子に乗って自分でそれをぶっ壊した。
一度壊れてしまったものは、元には戻せない。
もう、あの関係には戻れない。
『柔造と一緒に居れるんやったらどこでもかまへんよ』
なんて言って、ふわりと微笑んでくれる坊はきっともうどこにも居ない。
きっと俺など怖がって、近付きもしたくないのだろう。
怯えた目で俺を見るんや。
いや、汚いもん見るみたいに下げずんだ瞳で俺を睨み付けるんかも知れんな。
そりゃそうや。
何されるか分かったもんやないもんな。
男に犯されそうになるやなんて、そんなもん普通やったら死んでも死に切れんほどの苦痛やろ。
信じてくれてはった思いを、汚い欲で塗りつぶした。
「ははっ・・・」
乾いた笑いが零れる。
「くははっ・・・・」
目頭が熱い。
「ほんま・・・・こないな阿呆な話・・・・」
笑いが止まらへん。
「くっ・・・くくっ・・・・」
目尻から零れる熱い雫。
「情けのうて、笑けてくるわ・・・・」
いっそ狂えてしまえたら・・・・・
楽やろうになぁ・・・・。
***
それでも日常は普通にやってきて、過ぎて行く。
ぼんやりとした頭で、普通に朝食を取り、いつものように出社した。
心は空っぽなのに、仕事だけは淡々とこなせるものなのかと初めて知った。
(なんや・・・・感情なんて無くても、別に生活に支障は無いんやないか)
カタカタとパソコンのキーボードを打つ手は、いつもとなんら変わりなかった。
ただ時折同僚らに、
「何か・・・あった?」
と、心配げに声を掛けられた。
「いや、何も」
多分、そう答えたと思う。
どんな表情を作ったかも覚えてはいない。
定時の時間になり、少しばかりの残業をしようか思うと、上司に、
「今日はもう帰った方が良い」
と言われ、無理やり会社を追い出された。
職場を出、ぼんやりとしながらもスーパーに買い物だけは行き、食材を買い足す。
カゴには坊の好きな食べ物だけを入れた。
責めて飯ぐらいは作らせてもらえるならば・・・。
唯々、そう思った。
家に帰り、玄関の扉に手を掛けようとすると、ギリリと胃が痛くなった。
家の中にはきっと坊が居てる。
どんな顔をすれば良い?
ああ、そうだ、いつものように接しよう。
何も無かったことにしてしまおう。
ただ、一言だけ謝って、何も無かったことに。
許してなどはもらえないだろう。
口をきいてももらえないかも知れない。
目も合わせてくれないかも知れない。
けれど、いつも通りに振舞おう。
そして、夕飯を作って、食べてくれたならば、それで終わりにしよう。
また逃げれば良い。
坊から遠く、遠く離れてしまえば、これ以上傷付けることも、自分が傷付くこともない。
この家を出よう。
坊には一人でここに住んでもらえばいいじゃないか。
飯の支度や、家事は良い家政婦でも雇ってあげよう。
こんな獣がお世話をするよりも、きっと心安らぐだろう。
そうだ、そうしよう。
今夜が最後の晩餐に。
俺の全てに終止符を打とう。
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