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ごちゃまぜ
家政婦の勝呂くん 1(柔勝)


俺は志摩柔造28歳。
翻訳家業を生業としている、独身男性である。
翻訳家と言えば案外と不安定な職業で、歩合もピンからキリまでなのであるが、有難い事にそこそこの収入を頂いている中堅クラスである。

この歳になっても一人身、特定の恋人は居らず、仕事以外では金も時間も自由に使い放題だった。
趣味は山登りくらいなもので、新しい登山道具を買うか旅費以外はとりたてて金を使う事もない。
蓄えもかなりあるので、たまには使って見るのも良いかと、ある日少し生活を楽にしてみようと家政婦を雇った。
家での仕事が常なのだが、逆に家にずっと居るからこそ家が片付かなく、家事も億劫であったから。


初めて雇った家政婦はイメージ通りの普通のおばちゃんだった。
まん丸な体系のまん丸な顔の、それなりに仕事の出来るご婦人。
是非も付けようの無い、本当に至って普通の人。
掃除もそこそこ、洗濯も、料理もそこそこ。
そんなに五月蝿くも無く、生活に支障の無い程度に仕事をしてくれるので極普通に助かった。
テレビで見るような事件にすぐに首を突っ込みたがる家政婦や、表情も無い家政婦が来たらどうしようかと、実は最初は不安だったのだ。
彼女には週に1〜2回ほど、有体な家事をしてもらうために半年ほどずっと通ってもらっていた。




いつも朝9時前にインターホンが押され、「おはようございます。正十字家政婦紹介の○○です」と言う挨拶から始まるのだが、ところがその日は少し違っていた。

朝9時前にインターホンが押され、挨拶されると言うことは一緒なのだが、インターホン越しに聞こえる声もモニターに映る風体も明らかに違うのだ。
思わず「誰や?」と、低く訝しげな声を上げてしまった程に。

すると、インターホン越しに少し戸惑った低い声で、

「あ・・・・すみません・・・。今日は○○さん体調崩しはって、来れなくなってしもて・・・。それで代理で来たんですけど」

代理・・・なるほど。
しかし、モニターに映る姿は正しく男。
しかもお世辞にも柄が良いとは言えそうにも無い金髪と黒髪のツートーンの頭に、耳にはいくつものピアスをつけた厳つい見た目。
どう見ても家政婦になんて見えない。
どちらかと言うと目付きも悪そうだし、ヤンキーのような姿である。
新手の強盗?ゆすり?殺人?

なんや俺恨まれるようなことしたか?

と、考えてみたけれど、生憎経歴にそんな汚れたものは無いはずだ。

ふむ、と少し考えて、取りあえず通すことにした。
もしも襲われるような事があったとしても、こちらは一応柔道も剣道も空手も、ありとあらゆる武道はそれなりにたしなんでいるので、まぁきっと大丈夫だろう。

あー・・・でも銃で撃たれたらちょっとヤバイかも知れないな・・・。

なんや怖いし一応腹にフラインパンでも仕込んどこうか、などと考え、フライパンを持って取りあえず玄関に向かった。

玄関の呼び鈴が聞こえ、覗き穴から覗けば先程の男が玄関の前に立っている。
じっと穴から覗けば、リュックは背負っているが、手ぶらに見える。
銃も持っていなければ、ナイフも持っていなさそうだ。
よし、と、とりあえずの安全確認をして、扉を開けた。

「おはようございます」

扉を開けると、律儀に体を45度倒して挨拶された。

「おはよう」

挨拶を返せば、体勢を元に戻し、

「正十字家政婦紹介から来ました、勝呂竜士言います。今日は○○さんの代理で代わりにお仕事さしてもらいに来ました」

と、真っ直ぐに俺を見詰めて彼はそう言った。

その視線を見れば、何の淀みも無く本当に真っ直ぐで、直感的に『コイツは悪いヤツじゃない』と、そう思った。
悪いヤツやないんやったらまぁええか。
家政婦って言う風には見えへんけど、バイトかなんかなんやろ。
仕事が出来るかどうかはさて置き、

「そうなんか、ほんなら・・・・よろしく頼むわ。まぁ、上がり」

そう言って、彼を玄関に通す。
靴を脱いで上がらせれば、きちんと脱いだ靴は揃えて置き直した。
行儀は良いらしい。

こちらを向けば目が合ったので、

「俺は志摩柔造言うんや」

と、名を名乗ってみる。

「お名前や年齢や必要最低限の個人情報と、諸々の仕事内容は聞いて来てます」

「あーそうか。ほんなら何も言わんでも仕事やってくれるって事なん?」

「一応お休みされてる○○さんからもある程度の事は聞いてきてますんで」

「そうなんや」

「・・・朝ご飯作ってる最中やったんですか?」

「は?」

「あ・・・いや、・・・フライパン・・・」

そう言って、彼の視線は俺の手元をじっと見詰めた。

あ、忘れとった。
防犯用に所持してたんや。

「あー・・・目玉焼きでも焼こうかと思て・・・」

「作りましょか?」

「・・・・ほんなら、お願いしてもええ?」

「はい」

苦笑しながらフライパンを渡せば、また彼は俺をじっと見詰め、

「あの、すんません」

「なに?」

「俺、目付き悪いし、こんな髪型してますけど、別に怒ってたり不機嫌なわけやないし不良でもないんで」

眉を少し寄せて少し困った表情を浮かべ、そう言った。

「そうなんや。別に気にせぇへんから大丈夫やで?」

そう答えれば、安心したのかほっとした表情を見せた。
なるほど、彼は彼なりに自分の姿を気にして訪問してきたわけか。
しかし、良くこんな身なりで家政婦なんて仕事にありつけたものだと、少なからず思った。





成り行きでそんなにお腹は減ってはいなかったが、朝食を食べた。

簡単にハムエッグとトーストとコーヒー。
彼はほんの少しの躊躇はあるものの、思ったよりもテキパキと体を動かし、すぐに朝食を用意した。
卵は良い焼き具合で、半熟。
ハムも程よい焼き加減で、上手く仕上がっていた。

「へぇ、中々上手い事出来るねんな」

そう言って、彼を見れば、


・・・・・あれ?


目を合わせた瞬間、彼はほんのり頬を赤くして、少し目を泳がせた。


「いや・・・大した事ないです」


こんなほんのちょっと褒めただけで照れるのか。
なんだかその反応がとても初々しかった。



食事を済ませ、俺は仕事をしなければいけないので書斎に籠もる。
その間、彼は独りで仕事をすることになるわけだが・・・。

まぁ、こればかりは放置してみないと仕方あるまい。

昼飯までに掃除、洗濯、昼飯の準備を何時も来ていた家政婦はしていた。
それが彼にこなせるのだろうか?
無理であれば、職務怠慢と言うことで家政婦紹介所に文句を言って、話をつければ良い。
仕事の出来具合を見なければ何とも言えない。
この書斎以外に貴重品も置いてはいないし、盗まれるものも無いし大丈夫だろう。
五月蝿くしたならば、仕事が出来ないと注意するか、酷ければ追い出せば良い。


取りあえずは俺はいつもの通りに仕事に没頭することにした。











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あきゅろす。
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