B

自重しようと吉丸の髪から手を放す。
このままでは抑えがきかない。
しかし俺はむしろ抑えがきかないまま吉丸を壊してしまった方が良いのではないかという焦燥に駆られそうになる。
吉丸を壊して俺の事だけを考えるように仕向ける事だって可能だ。
このまま誰かに奪われたり、俺の側から離れたりするのならば…。


「秋屋、顔怖いぞ」

「あ…何でもない」


俺は慌てて訝しげに見つめる吉丸に笑いかける。
上手く誤魔化せたつもりはないが、吉丸は何も言わないので変な言い訳をする必要はなかった。


「吉丸って幸せな環境で育ってきたんだろうな」

「?」

「勿論嫌味とかじゃなくて、ただ漠然と思っただけ」

「幸せかどうかはわかんないけど恵まれてはいたと思う」


吉丸は不快な顔一つせず、俺の言葉に耳を傾けて答えてくれる。
今の一言なんて、喧嘩の原因になってもおかしくないのに。
彼はただ淡々と受け取って、にこりと笑う。
吉丸は、大きい。


「俺のところは今でも両親健在だし、何の問題もなくただ平凡に育ってきた。幸せかと聞かれたら難しいけど、状況的には恵まれてる」

「じゃあ、不幸だと思う時もあったって事か?」

「んー…まぁそこそこに。幸せって後からわかるもんだろうし、不幸だって泣いたり嘆いたりした事は少なくとも今のところないかな」

「そっか」


吉丸は、きっと俺が傷つかないように丁寧に言葉を選んでいるはずだ。
彼の瞳はずっと、迷う様に揺れて俺を窺っていたから。
そんな彼の優しさを利用する俺。
本当に最低だな。


「秋屋、寝ないのか?」

「またどこかに行くだろ」

「行かないから眠れよ、お前最近寝てないだろ?」

「寝てる」

「嘘つくな」

「痛…」


額を小突かれてしまった。
さすっていると、吉丸の手が俺の服を掴んで引っ張る。
首を傾げていると俯いたまま吉丸がぼそりと呟いた。


「……お前が心配だから言ってんだよ」

「吉丸…」


何だかこちらまで照れてしまいそうな錯覚に陥ってしまいそうになる。
あぁ、好きだ。
こういういきなり素直になるところも、全部ひっくるめて彼が好きだ。


「どうかしたのか?」


黙り込んだ俺を不安げに見上げて、服を掴んだ手に先程より力がこもった。
俺はそんな吉丸の頭を自分の胸に押し付けて息を吐く。





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