D
連呼される俺の名前。
薄く開いた瞳に映ったのは、滲んだ視界と、苦しげな表情の佐野元だった。
「ごめん」
消え入りそうな声が、確かに聞こえた。
「吉丸ー!次体育だから着替えろってー!」
「いややっぱり俺休む、いやサボ…いや上からジャージを着ればなんとか…」
「何ブツブツ言ってんだよ」
澄打が首を傾げて、俺の顔を覗き込むが今の俺にはそんな事どうでも良かった。
先程トイレに行き、鏡の前に立った俺の首筋に僅かに覗いた鬱血の痕。
それは間違いなくキスマーク以外の何物でもなくて、首もとを開けると更にその量は増した。
今朝着替える時は気付かなかったのに、何故――…という疑問が頭をよぎったがすぐにその疑問は払拭された。
(確か今日は後ろから首に腕を回されて、上の方のボタン全部秋屋がしめてたんだっけか…)
やられた。
完全にしてやられた。
頭を抱える俺の耳には、澄打の声は全く届くことなく、秋屋にどう仕返してやろうという考えでいっぱいだった。
「げ、秋屋…」
と行う澄打の声にも反応出来ず、俺は頭を抱えて悩む。
それほどまでに、俺は秋屋の困った顔を想像しながら策を練る事に集中していた。
それはもう、授業を受ける時と雲泥の差が出るくらいに。
だからなのか、俺はとある失態をしてしまった。
「よ、し、ま、る」
そう、秋屋の接近を許してしまったのだ。
「あ、きや…」
「何か困り事?」
「…………」
どの口がそれを言うんだ、と喉元まで出かかった言葉を呑み込む。
近くで仁王立ちした澄打に聞かれると、もともと秋屋嫌いだった彼の嫌悪感丸出しオーラに拍車がかかる気がしたからだ。
「あぁ、そうだ。昨日吉丸のジャージ借りたまんまで、寮に忘れてたー」
「は?いつ借りたんだ?」
「え?昨日コソッと」
「堂々と借りろよ!」
ありえないありえないありえない。
もしや見学させる事が秋屋の狙いなのだろうか。
しかしその理由が全くわからない。
「おい猿、吉丸保健室つれてくから先生に言っとけ」
「あ?何でお前に命令されなくちゃなんねーの。意味わかんね、つかお前の存在が意味わかんね」
「猿が人間の言葉使うなんて凄いよなぁ…バナナでも貪ってたらどうだ?」
「おっ…まえ!」
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