B
俺の拳が秋屋の腹部を深く抉り、鈍い音を放つ。
教室へと歩き出した俺の後を、若干脂汗を滲ませながら、力無い足取りで彼はついてきた。
何だかおかしくなって、こっそり胸中で笑ったのは秘密にしておこう。
「秋屋、一限目の体育頑張れ」
「愛が痛い…」
そんな秋屋の、本日二度目の台詞はチャイムによって掻き消えてしまった。
「藤原、避けてるの?」
「己の所業を省みて、俺がお前に対する当然の行為だとは思わないか」
「思わないなー」
ニコニコと、一般生徒が敬い称える天使の笑みを端正な顔にはりつけつつ、佐野元はじりじりと俺を生徒会室の隅へと追い込む。
いつもなら自分も対等な態度などを取る事が出来るのだが、昨日の出来事が脳裏を掠めて、うまく相手をあしらうことすらできないでいる。
「そういえば昨日の藤原可愛かったよ」
「っ」
顔に熱が集まるのを感じて、思わず俯く。
そんな俺の行為を許さないと言わんばかりに、佐野元は顎を捕らえて無理やり上を向かせてニコリと微笑んだ。
その時、恐怖以外の感情は俺の中から完全に消失していて、佐野元がまるで悪魔の様に見えた。
「藤原」
「…」
名字を呼ばれただけで、惨めに俺の肩は震える。
怖い、近づくな、やめろ、そんな負の感情だけが硬直した俺の体を支配していた。
「ねぇ昨日の藤原を見せてあげようか」
ズボンのポケットから自分の携帯を取り出す佐野元に、今までで一番最悪な状況を想像してしまう。
制止の声をかける前に、俺の目前に写し出される昨日の鮮明な悪夢の残滓。
「可愛いね、藤原」
「やめろ佐野元!」
「ほら、これとか」
「やめろと言っているだろう!!」
悲鳴にも似た大声に、佐野元は一切反応も見せず次々と俺の痴態をそのディスプレイに映し出していく。
目を背けようとしても、顎を固定されているので反抗という反抗も出来ない。
震える体がどうにかなれば、まだ幾分抗いようもあるだろうに。
「あ、ムービーもあるんだ。音は誰かに聞かれたら僕が嫌だから音は出さないよ」
「…なん、でだ」
「ん?」
「何が望みなんだよ佐野元」
こんな痴態をいつまでも直視できる筈がない。
こんな、こんな――…。
「何故かわからない?藤原にもわからない事あるんだね」
「学年主席に、言われたくない」
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